12.歌い手知らずの子守唄
彼は特にもたつくこともなく、わたしを馬車の荷台の端っこに降ろした。それから御者台側の脇に積まれた木箱を漁りだす。メァラが言っていた毛布を探しているのだろう。
月明かりも細い不明瞭な視界でなんとか毛布を引っ張り出すと、彼は馬車の隅に腰掛けて膝を叩いた。
「ここに寝転がって。私の足では硬いかもしれないけれど、枕がないよりはマシだろうから」
「結構よ。あなたにそこまでしてもらう義理は無いわ。早くお戻りなさいな」
「義理ならいくらでも。いつも私が介抱してもらう側だからね。ほら、下を向くと吐き戻しやすくなるから、酒気が抜けるまでは頭を高くしておいた方が良いだろう?」
毛布だけ渡してくれれば良いものを、彼は急かすように膝を叩いて毛布を小脇に抱えている。寝転がらないと渡さないという意思表示なのだろうか。
しばらくにらめっこさながらに無言で見合っていたけれど、切りがないなと思い至ってため息をついた。何だか、今日はこんなことばかりしている気がする。
諦めて彼の膝を枕に寝転ぶと、エディも同じことを考えていたのか、わたしに毛布を掛けながらぽつりとこぼした。
「昼間は、本当にすまなかった。きみがどう受け取るかなんて考えもしないで、無遠慮に暴くような真似をして」
「もう、良いわよ。今日は色々あって、気が削がれてしまったもの」
「きみの“良い”はたまに“どうでも良い”が含まれるね」
ふ、と呼気の塊がこぼれて、胸が嫌な跳ね方をした。自分でも無意識だったよろしくない癖を、的確に指摘されて気付かされたせいだ。
今のわたしは物事をしっかりと考えられるほど頭が回っていない。だから、今日になって次々と降って湧いた面倒事や気がかりを、ひとまず脇に投げておきたかった。どうでも良い、とはそういうことだ。
いつまでもわけのわからない彼の行動原理を考えてもやもやしているより、諦めて許容してしまった方が楽だから。
「今回のは、良くないよ。きちんと聞いて、それから受け入れられないことはきちんと突っぱねて。あれは、多分、私の甘えだったから」
「……甘え?」
「そう。私の知らない誰かが、きみの髪に触れて、飾り紐を与えた。それが話を聞いたあの時の私にとっての不安で、私の知らない間のきみを知れば、安心できるような気がしたんだ。
きみが私の知らない誰かのエギュイエットを大切そうにするから、きみに返すのが不愉快だった。
城を追われるまでろくに人と関わって来なかった私は、その不愉快さの正体もよくわかっていないんだ。正直、今も」
「物々交換とは言え、頂いたものだもの。大切にしないと失礼でしょう」
「うん。だからこそ、あれは私のわがままで、甘えだった。きみは優しいから、『何を言っているの』って鼻白んで一蹴して、でもその後で絆されてくれるんだろうと、勝手に思っていたんだ。
故に、これは私の甘えなのだよ。こどもじみたやり方でしか、この名状し難い感情を表せない私の」
こどもじみた、と復唱すると、頭上で彼が苦笑するのがうっすらと見えた。月明かりは淡いけれど、この馬車の中の暗さにもだいぶ目が慣れたらしい。
わたしから彼の表情が窺えるということは、彼からもわたしの顔が見えているのだろうか。
わたしは今、どんな顔をしているのだろう。
「だから、どうか覚えておいてほしい。きみが今日、そうしたように、逐一私のわがままに付き合って応える必要は無いんだ。
嫌なことは嫌だと言ってくれて構わないし、私の期待するような返事をくれなくてもいい。ただ、これは私の稚拙な甘えだったんだとそれだけ、きみの心の片隅に置いておいてくれれば」
「理解しなくて良いから、知っていた上で向き合ってほしい、ということかしら」
「ああ。それからグウェン、きみも」
それまで彼の心情を吐露されていたところに、急に話の矛先を向けられて目を瞬かせた。彼の言わんとするところを考えてはみたけれど、針の先ほども思い当たらない。
「わたし? 何のこと?」
「きみも、もっと甘えを見せた方がいいということだよ。たとえば、さっきのようにひとりで立てないときは、『手を貸して』と言えるような、ね」
痛いところを突かれて、わたしはむっつりと黙り込んだ。余計なお世話だと撥ね付けられれば良かったけれど、こうして手を煩わせてしまった後では無駄な意地っ張りに他ならない。
そうね、と彼の甘えを許容するのと同じように、頷ければ良かった。けれど自分でも困ったことに、是の言葉は出ない。
素直に甘えを見せられないのは、わたしの業のようなものだから。
母が居た頃は、まだ素直に甘えられた。
無条件で甘やかされることが当たり前だったからだ。それが当たり前のことではなかったのだと気付かされたのは、母を喪ってからのこと。
猫以外には誰もいない山間でひとり、甘える相手の居ない生活が待っていた。彼女は寂しさを紛らわしてはくれたけれど、猫である以上、わたしを甘やかすことはできなかったから。
誰も頼れない状況で、自分の甘さは直接自分に返ってくる。だから、甘えは怠慢だと思っていた。弱みを他人に見せることも一種の甘えであるから。その考えが深いところまで染み付いているんだろう。
今さら素直に甘えるには、ひとりで居た年月が長すぎたのだ。
相手が彼ならば尚のこと。イングランド人である彼に素直に助けを乞えるほど、わたしはまだ、彼の存在を受け入れられないでいた。
(それでも、今こうしている以上、この人が一番近しい人であることは間違いないのでしょうけど)
頭上の茶色い双眸から逃れるように視線を逸らす。すぐそばにある壁の木目に目を凝らしていると、さらりと前髪を撫でられた。
否応なく目線が引き戻されて、見上げた彼の顔には、それをこそ許容する笑みが浮かんでいる。どこかで見たような眼差しだと考えていると、遠い昔に見たものだと思い至った。
母がわたしを甘やかす時の目だ。
けれどその中に、少しだけ別の感情の欠片が見え隠れしている。慈愛だけではない、わたしの知らない色の感情。
「きみのこれまで生きてきた環境が、己に甘えを許さないのだろうけれど……きみは、もう少し他を頼るということを覚えたほうが良い」
「いつもは、もう少し呑めるのよ……極力呑まないけれど。果実酒二杯で酔ったことなんてないもの。今は、だいぶ、油断していたから」
彼が言っているのはそういうことではないと理解した上で、敢えて論点からずれたことを答えた。
そっか、と彼は言う。否定も肯定もしないで、わたしの逃げを許容する。
これもまた、甘やかされているということだろうか。頭を一定間隔で撫でられていることも相まって、背中がむず痒くなった。
同時に、弱みを見せたくない相手に宥められていることが情けなくなる。どんなに情けなくとも、その手に抗う気力さえ萎えているわたしに抜け出す術はないのだけれど。あぁ、もどかしい。
「……心の隅に留めるだけ、留めておくわ」
「うん」
彼の諭す言葉にはそう答えるのが精一杯で、寝返りを打って顔を背けた。急に動くと、やはり胃の中が揺すられてやっと落ち着いてきたと思っていた気分の悪さがぶり返す。
うぅ、と濁った呻き声を上げると、心配そうな瞳がこちらを覗き込んだ。
「気持ち悪い? 吐きそうならもう一度外に連れて行くけれど」
「多少気持ち悪くはあるけれど、吐けそうにはないから大丈夫よ。それより、気を紛らわせるために何か話をしてほしいわ。それか、唄でも歌って」
後で二日酔いの薬を飲んでおこう、と心に固く誓って、気分の悪さが抜けないままに重い瞼を下ろす。とろとろと忍び寄る微睡みと胃の不快感の間で葛藤していると、「そうだなぁ」と間延びした声が頭上から降ってきた。
「私が話せることなど、だいぶ限られているけれど」
「話の中身は何でもいいわ。気を紛らわせればそれでいいから」
「うん、わかった。……あぁ、そう言えば、こんなふうに馬車で賑やかに旅をするなんて初めてだな」
「そうなの?」
「うん。城を出るときは母上の侍女……前に話したかな。私の乳母でもあるのだけれど、彼女とふたりだったし、彼女と離れてからも吟遊詩人の師に拾われてふたりだったから」
瞼を瞑ったまま相づちを打つと、彼はぽつぽつとこれまでの長くも短い旅の話を語りだした。
道連れが多いと人目につく。彼の師は、彼に何らかの事情があることを察して、亡くなるまでずっとふたりで旅をしていたらしい。
誰かと居るときはそれが隠れ蓑になったけれど、ひとりになってからは極力人目を避けていたから、馬車に乗せてもらうこともあまり無かったようだ。
「精々、短い距離を行く荷馬車の荷台に乗せてもらうくらいで」
「そんなふうで、よくこれまで無事に生きてこられたわね。南部を旅していたとは言え、ウェールズ語もろくにわからなかったのでしょう。どうやって寝泊まりしていたの?」
素朴な疑問を投げ掛ける。これは本当に、彼がわたしの家を訪れてから幾度と考えた疑問だ。エディにウェールズ語を教え始めて知ったのだけれど、彼が知っているウェールズ語は極端に偏っていた。
ありがとう、こんにちは、さようなら。それから簡単な数字と、己の歌う詩に出てくる単語の内のいくらか。
北部訛りすら知らない体たらくで、よくコンウィ近くのわたしの小屋までたどり着いたものだ。
「酒場のあるような町や村なら、酒場に入ってエールを一杯頼むかな」
「なに、それ」
質問の意図とはまったく関係のなさそうな答えが返ってきて、わたしは胡乱な声で聞き返した。彼は笑い混じりの吐息をこぼして、わたしの横槍に構わず続ける。
「そうして目立たない、けれど店の隅よりは少し真ん中寄りの席に座るんだ。聞き耳を立てながらちびちび呑んでいるとね、英語を使う人とそうじゃない人の垣根が見えるんだよ」
「はぁ」
「そこで英語を使う人の席にさりげなく近づいて話題に交じるんだ。流れの吟遊詩人をしていることを話しがてら、今日の宿が見つかっていないことを会話に織り交ぜる」
「……ん…?」
「お酒が入って気が大きくなっている人は、結構、自分の家に来いって誘ってくれるんだよ」
「あなた、案外と……」
「うん?」
「……いいえ、なんでもないわ」
したたかね、と口にしかけて飲み込んだ。どこかぼんやりしていそうに見えるけれど、ここまでの道中で、彼が旅の段取りに粗相をしているところを見たことがなかったことに気付かされる。
例外はあの、わたしの住んでいた山から逃げ出した夜のことくらいだろう。充分な準備ができなかったので、朝食はわたしが調達したし、山道を走り回ったせいで翌晩は筋肉痛に呻いていたけれど、それを除けば概ね手間取ることもなくここまで進んできた。
彼の新たな一面を垣間見た気分だ。
「あとは、極力人目を避けていたから、ひとりになってからは洞窟や山小屋を転々と。狩り場になりそうな野山には、貴族の別邸や狩人のための小屋があるからね」
「それも吟遊詩人のお師匠さまから教えてもらったこと?」
「いいや。これは兄上達から。たまに母上を訪ねて城にやって来ると、狩りや晩餐会の話を聞かせてもらったから、その時に」
そう言えば、腹違いの兄たちが居ると言っていたのだったか。その内のひとりが、今のイングランド王ヘンリー五世。
父親である、今は亡き前王ヘンリー四世と共に、ウェールズのいくつもの町を焼き払った男。
「兄弟仲は良かったの?」
ぎゅっとお腹の上で組んだ手のひらを握り込んで、燃え上がりそうになる心の隅の熾火を宥める。わたしの尋ねたことには、それまで頭を撫でていた手がぴたりと止んだ。
「悪くはなかったと、思いたいけれど」
歯切れの悪い答えの裏にあるのは、母親と共に謂れのない罪で捕らえられそうになった過去だろう。
彼の過去を想像すると、多少の同情が湧いて、たった今掻き立てられそうになっていた激情はたちまち鳴りを潜めた。
わたしにはわたしの、イングランド人を敬遠する理由があるように、彼には彼の、ウェールズ人の中で生きなければならない理由がある。
「ごめんなさい、配慮の無いことを聞いたわ」
「構わないよ。それに、城を追われたからこうしてきみに出会えたのだし」
彼は真実、何の憂いも衒いもない笑みを見せて再びわたしの頭を撫ではじめた。規則的に動く手のひらの熱に、一度遠ざかっていた眠気が戻ってくる。
わたしがうとうとし始めたことに気付いたのか、彼が調子を刻むように鼻歌を歌い出す。さすがと言うべきか、それを生業にしている彼の歌声は、低く柔らかく夜の静寂に染み入るように優しく響いた。
「ひとつ、ふたつ、セージを摘んで
みっつ、よっつ、タイムを束ねたら
いつつ、むっつ、ローズマリーいっぱいの手押し車で
眠れよい子、すやすやと眠れ」
そのうち、音律を取るためだけの鼻歌がわらべ歌のようなものへと変わる。
「その唄……初めてきいた」
夢うつつに呟くと、エディはそっか、とどこか満足そうに返事を返した。どうしてそんなに嬉しそうなのと尋ねると、彼は「きみの知らないウェールズのことを教えられたから」と答えた。
「今日、村のこどもたちが歌っていたんだ。セージとか、タイムとか、ハーブの名前が沢山でてくるから、グウェンのことを思い出してた。きみが知らないということは、ウェールズに古くから伝わるような唄ではないのだね」
臆面もなくそう言う彼は、どんな顔で村のこどもたちにこの歌を教わったのだろう。少し、その現場を見てみたかった気もするけれど、閉じた瞼はとうとう持ち上がらなくなった。今の彼の表情さえわからない。
「ええ。そう。とてもゆったりとした唄ね」
「リンディーロン?」
「ゆっくり、とか、のんびり、とか、そんな意味のウェールズ語よ。でも、それだけじゃない。覚束ない歩みだとか、熱意の欠如した、怠惰な、といった意味もあるわ」
「表裏一体だね。ゆっくりということは、勢いを欠く、という意味でもある」
こくり、こくり。舟を漕いでいるのだか、頷いているのだかわからない調子で同調した。そろそろ意識も良い感じに落ちそうだ。
「……それ、好きだわ。もっと……」
唄って、と要望を伝えきる前に、わたしは眠気に負けて口を閉ざした。
――セージ、タイム、ローズマリー。そう言えば、最近そんな並びの調合をどこかで目にしたような気がするけれど、どこだったかしら。
▽ ▲ ▽
すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえ始めて、私は囁くように紡いでいた歌声を止めた。
いつも意志の強い光をたたえる眼差しも、閉ざされると、寝顔はひどくあどけない。恐らく十代も後半である筈の彼女は、こうしていると本来の年齢より幾らか幼く見えるほどだ。
きっと、普段はずっと気を張っているのだろう。眠っていても時おり眉間に皺を寄せるグウェンが、今この時ばかりは穏やかな顔で眠っている。酒が入ったせいで、緊張感や警戒心が薄れているのもあるのだろうな。
そう思うと、酒気にあてられているとは言え、彼女が私の膝の上で無防備に眠っていることに嬉しくなった。
もう少し甘えを見せた方が良いと言った私に、決して頷かなかったグウェン。そのグウェンが、無自覚であれ、私の前で力を抜けていることがたまらなく嬉しく、また愛しかった。
先ほど、彼女に言った「城を追われたお陰でグウェンに会えた」というのは本心だ。もっと言うならば、外の世界に出られて、数多いる人々に出会って、その殆どの人たちと別れた――それら一連の経験が、私にとって途方もない価値のあるものだ。
名前も知らない人と出会って、言葉を交わせることの喜びを知った。
名前も知らないまま別れて、寄り添えないことの寂しさを知った。
そして心を砕くたびにすり減らしてしまうならと、一歩引いた目で接するようになった。“私”という個が誰の心にも残らなければ、兄上たちに連なる縁もやがては切れるだろう。一石二鳥ではないか。そう言い聞かせて。
いくつもの一期一会を経て、寄り添ってくれた師さえも見送って、その果てに彼女と出会い、こうして共に旅ができることのなんと幸運なことだろう。まだしも今日は、彼女の繋いだ縁のお陰であれほど楽しく賑やかな食事ができた。
グウェンがメァラに出会わなければ、こんなにも心満たす夜は無かったのだから。
「沢山の人に囲まれるというのは、悪いことだと思っていた。あるいは、危ういことだと。私は人目についてはいけない存在だったから」
グウェンが、恐らく甘えを悪だと思っているように、私にも敬遠していたものがある。
大勢の人に交わること。埋没して息を殺すのではなく、誰かの記憶に強く残ること。あるいはそういった、私という“個”の思い出を残すこと。
吟遊詩人の唄だけでなく、私という存在ごと強く記憶に残すことは、もしかしたら私に掛かっているかもしれない兄上からの追手を引き寄せることになりかねなかったから。
そうでなくとも、私は本来、生まれていないはずの存在だ。肩書きや生まれが世間に知られれば、大きな混乱は避けられない。故にあの、母上と僅かな使用人たちの居る城の離れで、唯々諾々と生きてきたのだ。
「けれど、嗚呼……優しい人たちに囲まれて日々を過ごすというのは、とても、楽しいことなのだね」
一度その喜びを知ってしまったら、きっとあの狭い鳥籠には戻れない。飢えも寒さも危険もない代わりに、変わり映えのない安穏が約束された檻の中には。
一度飛び立った鳥は、吟遊詩人という自由の翼を手に入れてしまったのだ。今はそれを、ただの手段ではなく、確かな己の道として研鑽したいとも思い始めている。
「その切っ掛けをくれたのもまた、きみなのだよ、グウェン。わかっているかい?」
聞いていないことを知りながら、私はグウェンに語り掛けた。月の光を受けた白い頬に指を滑らせる。日頃から薬草を扱っているせいか、彼女の肌は滑らかでつやつやとしていた。
「きみがウェールズ語を大切だと言ったから……国を失った人々の誇りだと言ったから。きみの故郷を奪った私たちが、それを軽んじてはならないと思った。
きみは確かに、たとえ僅かでも、消え行くひとつの国の魂を救ったんだ。誇るべきことだよ」
昏々と眠る少女の頬を撫でていると、擽ったかったのか彼女が身じろぎする。起きたかと一瞬身構えて、けれど途切れない寝息に安堵の息をついた。
薄絹の手触りから名残惜しく思いながらも手を離す。代わりに身を屈めて、その額にそっと口付けた。
「きみの眠りに祝福がありますように」
母親が眠る前のこどもにする、児戯のような口付けだ。そこに純粋な庇護欲だけがあるかと問われれば自信は無いけれど、せめて彼女の見る夢が安らかなものであれという願いは本心からのものだった。
神様への願いが聞き入れられたのか、グウェンの口角が微かに上がる。起きているときは滅多に私へ向けてくれない微笑み。それを正面から向けてもらえたならどんなにか幸せだろうと思うけれど、彼女の忌むべきイングランド人である私には、現状、望むべくもないことだ。
だから私は、彼女の緩んだ寝顔を眺めながら、もう暫く、この心地良い夜を堪能することにした。




