表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒラエスの魔女の唄  作者: 待雪天音
リンディーロンの子守唄
28/41

7.シャン・ノースと追うケルズダント




 翌朝はやくに走り出した馬車は、日がそう位置を変えない間にアムルフの村へたどり着いた。


 村外れの木立に馬車を停めた親父さんは、馬の番のためにそのまま残ると告げてメァラたちを見送った。何故馬車を村の中まで乗り付けないのか。湧き上がった疑問は、ホリーヘッドでのくだんの騒ぎを思い出して自分の中に押し留めた。


 足を踏み入れたアムルフの村は、村と言うよりも少し鄙びた田舎町のような風景の村だった。背の低い家々を取り囲む緑と、遠くに見える海の碧に目が眩みそうになる。


 このあいだ立ち寄ったバンガーの村ほど静かではなく、けれどもホリーヘッドやアベルフラウの町ほどの賑わいは見当たらない、のどかな趣きの村だ。


「鉱床よりは漁業の方が盛んそうに見えるね」


「実際のところ、アングルシー島(アニス・モーン)では大抵の村の収入源が漁業で成り立っていると聞いたわ」


 目を細めて方々を見回すエディへ頷く。それは途中で立ち寄ったアベルフラウやホリーヘッドで、世間話のついでのように聞いた話だった。


 四方を海に囲まれた狭い島は、自然、少ない土地での農耕や牧畜に限界が出る。メナイ海峡はそれほど幅広くもない割に潮流も荒く強いので、土地が緩やかに削られ侵食されれば尚のこと。収入の大部分を海に頼るのは必然だった。


 だから、近くに鉱床があると聞いたときには驚いたのだ。鉱石が採れるのに、村の収入の大部分は漁業で賄われているのか、と。


 今も、村に入ったばかりのわたしたちの脇を魚の積まれた荷車を押す人々が通り過ぎていく。


 その後ろを、籠や網を抱えた女性たちが追い掛けた。漁師とその妻たちだろうか。早朝に捕れた魚を、市に出すのか、あるいは加工するために何処かへ運んでいるのだろう。


「また亡くなったのかい?」


 興味の薄れた視線を隣の連れへ向けようとしたところで、そんな不穏な声が聞こえた。


「らしいねぇ。これで今年に入って何人目だったか」


「三人、四人くらいかねぇ」


「みんな赤ん坊なんだろ? 昨日までは元気に泣いてたのに、朝起きたら眠るように冷たくなってたって話だ。あたしゃ怖くておちおち眠れもしないよ」


 彼と一瞬かち合った目を瞬かせて、声のした方へ視線を投げる。荷車が去って行った方角から、今度は洗濯物を抱えた別の女性たちが歩いてくるところだった。


 少し離れたところに井戸があるので、朝の洗濯に来たのだろう。思わず、そちらへ耳を澄ませた。


 盗み聞きするのは行儀が良いとは言えないが、聞いているわけではなくて、彼女たちの声が大きいから聞こえてしまっただけなのだ、と自分に言い聞かせる。ちら、と隣をもう一度見上げると、彼も真剣な顔つきでそちらを見つめていた。


 聞いていれば、この村では近年、しばしば赤ん坊が眠るように亡くなることが相次いでいるそうだ。原因はわかっていないようで、一部では何らかの呪いだ祟りだと囃し立てる者も居るらしい。


「赤子だけじゃないよぉ、こないだなんか、酒屋の旦那さんが全身真っ赤に腫れ上がって倒れたっていうじゃないか。喉も塞がりかけたってんで、息が追っつかなくて死にかけたって話だよ」


「死人が出て喜ぶのは、棺桶屋とプレンティン・ネウィードだけさ」


「違いないね。いっそ本当に、あいつが呪いでも掛けてるんじゃないかい? あのキャス・パリューグ。最近じゃ墓穴掘りの仕事が主な収入だろ。仕事を増やすために、こう……」


「赤ん坊なら大きな墓穴を掘る手間も省けるもんねぇ。おお、怖い」


 口さがない女性たちは、どうやら嫌われ者の何者かの悪態に話題をすっかり変えてしまったようだった。


 これ以上、見ず知らずの人の悪口を聞いているのも気分のいいものではない。視線を逸して先程の話について考えてみた。


 このご時世、幼いこどもが栄養失調や急な体調変化で亡くなることは珍しくもなんともない。とは言え、村人が違和感を覚えるほどに頻発しているとなれば話は別だ。


(妙な病が蔓延していなければいいのだけど)


 もう一度エディを見上げると、彼は不思議そうに首を傾げた。


「あなたもわたしも、滞在中に病を拾ってこないように気をつけないとね」


「うん。……ところでグウェン、“プレンテン・ネィード”とは何だい?」


 素直に頷いた彼が、すぐに別の疑問を呈した。耳慣れない言葉だったようで、少しだけ発音がおかしい。


 これはウェールズ語(カムライグ)特有の名詞だったのか。英語ではなんと言うか知らないわたしは、その昔、母に聞いたお伽噺の一端を語った。


ウェールズ(カムリ)では、金の髪の、人ではない美しいものたちのことを、タルウィス・テーグと呼ぶの。あなたたちが“善き隣人”とか、“平和好きの人たち”とか、“金髪族”と呼ぶものたち――つまり、妖精――のことよ」


「へぇ。ウェールズでも妖精は金の髪なのだね」


「そうね。それらがたまに、ほんの気まぐれに、人間の赤ん坊を浚って自分の子にしてしまうことがあるの。代わりに妖精のこどもを置いていったり、身代わりの木の人形を残していったりね。その行動をクリムビルと呼んで、置いていかれる妖精のこどもや木の人形を、わたしたちは、プレンティン・ネウィードと呼んでいるわ」


「人の子を浚って……あぁ、“取替え子(チェンジリング)”か。置いていかれる木の人形はストックだね」


「英語ではそう呼ぶのね」


 妖精の取替え子というと、おかしなこどもや気違いじみた人を指すこともある。それまで聞き分けの良かったこどもが、ある日を境に駄々をこねて親へ反抗的になると、人が違ったように喚くこどもを指して人々は「取替え子(クリムビル)に遭ったのではないか」と言うのだ。


 こどもの頃に親に聞かされるそういった言い伝えを、わたしも小さな頃に母から聞かされた。単に、小さなこどもにはそういう、なんでも嫌がる時期があるのよ、と笑った母は、その後で「あなたもそうだったわ」とわたしの鼻の頭をつついた。母がまだ元気だった頃の話だ。


 プレンティン・ネウィードという言葉を茶化して使う場合もあるので、それ自体は問題ではないけれど、わたしは洗濯女たちが口にしていたもうひとつの呼称が気になった。


 キャス・パリューグ。昔話に登場する、白い猫の魔物のことだ。豚から生まれたその魔物は、メナイ海峡で拾われ優しい兄弟に育てられるが、やがて彼らに牙を剥き、町を破壊し尽くさんばかりに暴れだす。


 呪われた魔物。人をその名で形容する悪意は、如何ほどのものなのだろう。


 背筋にそわりと嫌な悪寒が走る。この件には首を突っ込まないようにしよう。ろくなことにならなそうだ。


 ただでさえ、先日、首を突っ込むともなしに大司教の毒殺未遂騒動に巻き込まれかけたばかりなのだから。


「周辺の薬草の分布を確かめたいから、わたしは村の外を軽く回って来るわ。あなたはどうするの」


 それまでの考えを追い払うように頭を振って尋ねると、彼はお上りさんのように一頻り村を見渡してから答えた。


「村の役場で興行の許可をもらって、それから人の集まりそうな場所を探してみるよ」


「そう。それならお昼頃……そうね、日が真上に来て、影が一番短くなる頃にもう一度ここへ戻ってくるわ。今日の宿を探すのはそれからで構わないかしら」


「寝泊まりするトコが見つかんなかったらウチの馬車に来なよ。昨日みたいなザコネでよければ、毛布くらいはかすからさ」


 宿の――この場合は寝泊まりさせてもらえる納屋や、厩や、畜舎なのだが――算段をしていると、何やら両腕に布の掛かった箱を抱えたメァラが口を挟んだ。


 昨日から散々世話になっているのでこれ以上は、という思いで逡巡してしまう。けれどわたしの考えなんてどこ吹く風で、連れの男は「ありがとう」と屈託なく微笑んだ。


 差し伸べられた手を素直に取れないのは、長く独りで暮らしてきたわたしの良くない癖だ。


「もしもの時はお願いします」


「ああ! オヤジのトコにもどったら伝えとく」


 本当に万が一、寝泊まりする場所が見つからなかった時はお世話になろう。同じ野宿でも、外套一枚で気を張って眠るよりは、毛布に包まって絶えない焚き火の前で眠れる方がずっといい。


 彼に釣られて頭を下げると、メァラはこの海辺に差す真夏の日差しよりも目映く笑った。




 ▽ ▲ ▽




 流れの吟遊詩人と言っても、好きな場所で得手勝手に敷布を広げて商売をしても良いわけではない。身分を明かすものを示して、村や町の役場に幾らかの前金を払い、許可を得なければ法で罰せられる世の中だ。


 鞭で打たれるのはごめんこうむるし、痛い腹を余計に探られるのはなお勘弁願いたい。故に、グウェンと別れた私はまず、村の商売事を取り仕切る機関を訪ねた。


 村や町の規模によって、それはギルドへの申請だったり、村長へじかに申し出たり様々だけれど、基本的な手続きはどこもえてして変わらない。


 私は吟遊詩人ギルドに属していないので、“かつてそこに属していた吟遊詩人”の弟子として師の名前で見世物の申請をしていた。


(こういうときは、グウェンの薬売りの生業(なりわい)が羨ましいな)


 ハープを爪弾き、声高らかに詩を奏でるこの生業だ。無断で披露して金子(きんす)を頂こうものなら、すぐにお役人の目に留まる。グウェンのように人の目を掻い潜ってできる商売であったなら、わざわざ記録を残すようなことをしなくて済むのだけれど。


 できるだけ顔を覚えられないように、暑くとも頭から外套を被って申請へ向かった。もし万が一、私に追っ手が掛かっていても彼らの目を欺けるように。


 ――系譜にさえ載らない隠された身分とは言え、先代のイングランド国王・ヘンリー四世の息子であると知れれば、面倒事は避けられないだろうから。


 ふ、と受付人に気付かれない程度の息をつく。実母であるジョーン・オブ・ナヴァール前国王妃が魔女の濡れ衣を着せられて投獄される際、秘密裏に私を城外へ逃してくれたのが三年近く前のこと。共に投獄されそうになった私は、母上の侍女と共にイングランドを脱し、スコットランドからウェールズに向かう船着き場で彼女とはぐれた。


 人波に流されてひとり船に乗り、見知らぬウェールズの地で行き倒れかけたところを救ってくれたのが吟遊詩人の師だった。


 老い先短い彼から乞われるままにハープを手に取り、なぞるばかりのケルズダントを得て吟遊詩人と名乗り始めると同時に彼は逝ってしまった。以来、独りで細々と旅を続けてきたのだが、数奇な縁でグウェンと出会い、こうして今ともに旅をしている。


 逃亡から三年近くも経った今、果たして本当に追っ手が掛かっているかも定かではないけれど、用心はしてし過ぎるということもない。最近、同行者ができて警戒が緩んでいたので、余計に気を引き締めなければならなかった。


「ひとまず三日、それ以降はまた四日後に手続きに来ておくれ」


 受付人の案内に首肯してペニー硬貨を六枚差し出す。旅暮らしの身には結構痛い額だった。一日二ペンス以上は稼がなければ大損だ。


 一人旅のころなら、まだトントンでも安心できた。その日暮らしでも、ひとまず飢えなければ充分だったから。


 今は、グウェンという道連れが居る。私の我が侭で半ば無理矢理連れ出した以上、命ふたつ分を(あがな)えるだけは稼がねばならない。


(彼女は、全然私を頼ってはくれないけれど)


 ここ最近の道中を思い出しては、外套のフードの下で苦笑する。彼女が十分の一税を支払うと言うので肩代わりしようとすれば、自分で支払わねばならないと譲らないし、朝食をご馳走すれば昼食がいつの間にか用意されている。


 律儀と言うかまめまめしいと言うか、不器用な人だ。憎きイングランド人相手に、借りを作りたくないという気持ちも大きいのかもしれない。普通、そういう人間は精々相手から搾取しようと企むものだと思うのだが、彼女にはそのようなこと、思い付きもしないのだろう。


 同時に、彼女の不器用さもまた、彼女の愛すべきさがだと思っている。何せ、その不器用な優しさに、私こそ救われているのだから。


 申請を済ませて建物を出ると、待ち構えていたかのように見知った顔が飛び出してきた。


 見知った、と言っても、グウェン経由で昨日知り合ったばかりなのだが。


「ごくろー、ごくろー。見世物のシンセーはきっちりしっかりすませたね? そんじゃ、行くよ!」


「行くって、何処へ?」


 濃い焦げ茶の髪を雑に一本三つ編みにしたメァラが、両手に抱えた木箱のかどで私の背中を小突いた。地味に、なんてものじゃなく痛い。


「モチロン、村の広場さ。いや、人目のつくトコならこのさいどこだっていいよ。アンタ、吟遊詩人なんだろ? ちょいとこっちの見世物を手伝ってくんな」


 彼女、私の興行申請に便乗して自分たちの申請費をちょろまかすつもりのようだ。ちゃっかりしている。儲けによっては幾らか取り分を頂かなければ。


 けれどそれよりも、気になるのは「手伝ってくんな」のその一言だった。


「手伝うも何も、きみたちは鋳掛屋(ティンカー)なのだろう? 吟遊詩人の私が手伝えることなんて」


「あるよ。大いにある。歩く人々(ロフト・シュール)が鋳掛屋だけやってると思ったらおおまちがいさ。そのショーコを見せてやるよ」


 大口を叩いて、彼女は布の掛かった木箱で私の背中を小突きながら村の中心近くへと向かった。


 放射状に伸びる建物とあぜ道の並ぶ集落は、大体その中心に人の集まる場所がある。例に漏れず、アムルフの村も定期市の開かれていそうな広場が中心にあった。


 メァラはそこで重々しい音を立てて木箱を下ろすと、鋳掛業に必要な器具を掘り返して底から少し厚みのある木板を取り出した。


 半ヤード(約四十五センチ)四方ほどの板切れは、親指ほどの厚みがあって中央が汚れている。何かを打ち付けたような傷が無数に付いていて、それが、板を足場にして上に乗り上げた彼女の靴で付けられたものなのだと遅れて理解した。


 彼女が髪を縛っていた紐を勢い解く。三つ編みを解いたその手で髪を根本から一本に縛り上げて、メァラはカツカツと踵を踏み鳴らした。


「なんでもいい、なんか音をちょうだい! できるだけ明るくて軽快なヤツね」


 勢いに圧されて、私は手早く鞄からハープを取り出した。ポロン、シャロン、と今日はまだ調弦していない弦が不満を訴える。仕方ない。私の人生同様に成り行き任せな演奏を始めると、いくらか前奏を聴いていたメァラが目の覚めるような動きで突然踵を踏み鳴らした。


 カカカン、カン、カカン。

 トタタン、タタン、タン。


 軽快なタップが、広げた半ヤード四方の板の上で高らかに響く。


 踵を落としたと思った瞬間には爪先を蹴り上げ、小刻みに足を動かす動きに、悠長に指の腹で弦を撫でている暇などない。次第に(はじ)くような演奏になり、ハープは奏でる速度を上げた。


 コカカン、カン、トカカカン。


 踊る、踊る、踊る。貴族が踊るような形式張った優雅なダンスとは全く違う、それは小刻みに踵を打ち付けて跳ねるように舞う、躍動感あふれる踊りだった。


 情熱が服を着て飛び回っているような踊りに、負けじと私もハープを爪弾く。


 柔らかな弦の音色と、意識して深く伸ばす私の歌声に、彼女の踊りは食らいつくどころか、それを飲み下そうとする勢いだった。


 ぶわっ、と毛穴が広がる感覚が全身に巡る。喉元から心臓が迫り上がってくるようだ。初めて見る彼女の踊りに、私の未熟な吟遊詩人としての意識が飲まれていた。


 メァラがスカートの裾を摘む。からげるように翻し、道行く男たちはそのあわいから見える日に焼けた脚に釘付けになる。女たちはそれを見て眉を顰めるが、それでも軽妙ながら熱の籠もった踊りに惹きつけられて足を止めた。


 結わき直した彼女の髪がはらはらと跳ねる。こんなにもありったけの力で踊っているのに、彼女の靴音は(おもて)に浮かべる笑顔同様、どこまでも軽やかで高らかだ。


 次第に踏み抜く足の力は強くなる。三歩踏み出しては爪先で跳ねてバック、それから小刻みに跳ね上げるたびくるりと半回転。


 いつの間にか、観客たちの足までもリズムを刻むように打ち鳴らされ始めた。彼女があまりにも楽しそうに踊るからだろう。


 知らずの内に、体を動かさずにはいられなくなるのだ。


 最後のフレーズを奏でる。三、二、一。メァラがその詩を知っているのかもわからなかったが、私が手を止めたのと同じタイミングで最後の一歩を踏み切って足を揃えた。爪弾き終わった弦の震えが、ィン、と空気を振動させる。


 メァラが、道化師がそうするように片腕を背へ回し、もう片腕を胸の前へ掲げて深くお辞儀する。


どうもありがとう(ディオルフ・アン)ございました(・ヴァウル)


 圧倒されていた夢から覚めたように、私は感謝を述べてから同じようにお辞儀をした。それは足を止めて見入っていた観客にだったのか、それとも、この一瞬、誰よりも注目を集めていたメァラに向けた言葉だったのか。


 閑静だと思っていた村の広場で、町中のような歓声がどっと湧いた。


 板の入っていた木箱に、ペニー硬貨や、布に包んだパンの切れ端や、リンゴや、リボンや、野花の一輪が投げ入れられる。


「今のは、何」


 まだ半ば呆然とした声で尋ねると、彼女はペニー硬貨を投げてくれたお客さんに笑顔で手を振りながら答えた。


「コナハトの血に刻まれたダンスだよ。シャン・ノース――『古風な踊り』とか『いにしえの唄』ってよんでる。そういや、さっきのアンタの歌い方もシャン・ノースに似てたな。声でふくざつな音をかなでるようにうたうんだ」


「踊りも唄も、どちらもシャン・ノースと呼ぶの?」


「そ。引っくるめて、シャン・ノース。ホントはもっとピーブ・イーランとか交えて早いテンポの音楽で踊るんだけどさ」


「ピーブ・イーラン?」


「こっちにはなかったっけ? ほら、かわ袋にくだ(・・)がいっぱい付いててさ、息を吹き込んだり、ワキにはさんだふいごで空気をおくりこんでエンソウする楽器」


「あぁ……」


 革袋に管、という形状を思い浮かべて、そういえばスコットランドへ逃れた時に、そんな形の楽器を見たなと思い出す。町中の演奏を見ていた誰かが、バグパイプと言っていたはずだ。


 構造から違う楽器なので、ハープとは音の響きも全く異なる。それでも彼女は私のケルズダントに引っ張られることなく、それどころかこちらを引き込むほどの踊りを見せた。


 そう、引き込まれたのだ。師が亡くなって久しく、これほど心震えることも数えるほどしか無かったと言うのに。


 グウェンの献身に心動かされたときともまた違う、言うなれば、羨望と憧れのようなものだった。


 形は違えど、彼女もまた芸を磨く人なのだ。そして私は間違いなく、彼女の努力の足元にも及ばない。素直に、凄いなと口を突いて出た。


「そう言えるアンタの方がすごいよ。アタシたちのダンスは、ほら、見てたろ。かかとを鳴らすように踊るから足に注目あつめるし、足を出すし、下品だって言うヤツもおおいんだ。でも、ありがと。そうやってほめてくれる人もいるから、やめらんないんだよね」


 メァラが照れたように頬を掻く。すると、足を止めて拍手をしていた見物人のうちから「もう一曲」とせがむ声が聞こえた。


 その「もう一曲」は、恐らく私の演奏や歌声ではなくて、それを伴奏にした彼女の踊りを望む声だ。


 私はメァラの新緑に染まった瞳を見やる。彼女は不敵に笑っていた。それで、私は英雄叙事詩の一番盛り上がる節の詩を奏でることにした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ