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君に伝えたい、たったひとつの気持ち  作者: 山橋和弥
第2章 彼氏が欲しい
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2-3 好きという感情も色々

 佐藤浩太はまだ放課後の教室に残っていた。僕と一緒に企画した好感度ランキングの作成のために、まだ作業を続けていたのだ。

 教室の中で一人作業していた佐藤を僕ら三人が取り囲んだ。

「な、なんだよ?」

 突然のことに佐藤は戸惑った声を漏らす。僕らは近くの机から椅子を引っ張り出して一つの机の三方を固めた。

「それで話してもらおうか?」僕は詰め寄った。

「なにを?」佐藤は警戒するように言った。

「あれはダメだと思うよ」雨宮が言う。

「だから、何が?」佐藤は心底わからないというように眉間にしわを寄せる。

「もうちょっとやりようはあったでしょ」五季の声は興奮している。

「だから、なんだっていうんだよ」

 佐藤の声に不満が混じる。

 僕は一呼吸置いたあと言った。

「矢田花梨のことだよ」

 その名前を聞いたとたん佐藤の表情が一変した。感情が抜け落ちたかのように無表情になり、そのあと顔色を青くさせた。

 その表情を見て確信する。こいつは黒だなと。さっき見つけた感情は佐藤浩太の矢田花梨に対するストーカー感情だったんだ。

「ストーカーはまずいと思うよ」雨宮は言いにくそうに、けれど核心を突いて言った。

「佐藤、もしかしてだけど家までつけたり、隠れて会話を盗み聞きしたりとかしたの?」

 僕の質問に佐藤の目が泳ぐ。まさか、思うだけでなくストーカー行為を実行していたとは。

「というか、どうしてそんな感情になっちゃったわけ?」五季が興味津々といった様子で訊ねる。

 佐藤は喋らない。口を引き結んで机の一点を凝視している。

「佐藤、僕らは佐藤を責めたいわけじゃないんだよ」僕は優しくそう告げた。

「いや、でも被害がでてるならわたしは責めるよ」五季が僕の優しさを打ち消すように言った。

「まだ佐藤が何かしたかわからないじゃん」

「けど、黙ってるってことはそうなんじゃないの?」

「まだわからないし、そもそも当事者じゃない僕らが責めてもしょうがないよ」

「花梨ちゃんかわいそうじゃん。光奈ちゃんもそう思うでしょ?」

「とにかく本当のことがわからないと」

 僕らが言い合っていたら佐藤が割って入るように言った。

「いや、おれの感情はストーカーとは違うから」

 僕らは一斉に佐藤を見る。この期に及んでしらばっくれるとは。

「いや、もうそれはいいんだよ」僕は諭すように言った。今さら誤魔化すことは無意味だ。

「いや、ほんとに違うんだ」

 頑なに否定する佐藤。罪を認めようとしない。

「僕だって事を大きくしたいわけじゃないんだ。ただ、佐藤がそういう感情を抱いてるってわかって、友達として止めたいだけだよ」

「お前らは誤解してる」

「いや、確かになかなか認めづらいとは思うけどさ。反省して気持ちを改めればさ」

「だから、そもそもストーカー行為なんてしてないし、ストーカー的な感情を抱いたこともまったくない」佐藤はそう断言した。

 あまりに強情な態度に僕も苛立った。

「じゃあ、この感情はなんだって言うんだよ」

「それは……」佐藤は口をつぐむ。「言えない」

 僕はがっくりとうなだれた。

 押し問答を繰り返して疲れてきた。どうしてこの状況になっても佐藤は認めようとしないのだろう。その疑問がわき上がったら、横から雨宮が言った。

「ちょっと佐藤くんの感情わたしにも共有させてもらっていい?」

 今さらそんなことして何になるのか。そう思ったが雨宮の表情は真剣だった。そういえば、雨宮だけは五季華音に対するストーカー感情も、佐藤浩太の矢田花梨に対する感情も体験していない。

 ちらりと佐藤に視線を送るが、佐藤は反応しなかった。佐藤がだんまりを決め込んでいるので、雨宮の言われたとおりにする。

 雨宮にヘッドエモーションを渡し、僕は二つの感情を順番に開いた。始めに五季華音に対する感情、そして次に佐藤の感情だ。ねっとりとした粘着性のある感情。雨宮が言っていたきゅんきゅんなんて感情の正反対にあるような感情。こんな感情を雨宮に共有させるなんて、それは真っ白いワンピースに泥水をぶっかけるようなひどいことなのではないか。そもそも雨宮はストーカー感情を共有したことすら初めてなのではないか。この感情を開く前に止めるべきだったのではないだろうか。そんな後悔がふつふつとわき上がってきた。

 僕のそんな思考を気にせず雨宮はただじっと感情を体験している。

 黙ってその感情を共有していた雨宮は、最後にぼそりと言った。

「これストーカー感情じゃないかも」

 驚きで目を見開いた。全くの予想外の展開。

 雨宮は自信なさげに眉をひそめる。

「たぶん……だけど」

 確かに五季が使った雑誌の付録なんて、精度に関してはそれほど高くないだろう。だから間違えることだって沢山ある。けれども、ストーカー感情ではないというのは体験した身から言わせてもらえば、にわかには信じられない。

「えっ? わたしにはストーカーとしか思えなかったけど……光奈ちゃんにはどう思えたの?」

 雨宮は少しの間逡巡するように下を向いた。

 佐藤はその間ずっと黙っていた。

 雨宮はゆっくりと、自分の言葉を自分で確認するように口を開いた。

「これって家族に対する感情に思えた」

 佐藤の肩がびくりと震える。僕は思いも寄らない言葉に驚きを隠せない。家族の? 誰の家族? 佐藤は家族にストーカー行為をしてたってこと?

「えっ? そうなの?」

 五季は僕よりも先に何かを悟ったのか佐藤の顔をまじまじと見つめる。どういうことなのか僕も考える。そこではっと気づいた。強い独占欲と保護欲。

「そういうこと?」

 僕の問いに佐藤は少し躊躇したあと渋々といった感じに頷いた。

「そうだよ」

 そういえば聞いたことがあった。佐藤の従姉妹がこの学校に通っていることを。

「従姉妹をストーカーしてたの?」僕は確認した。

「いや、だからストーカーなんてしてねえって」佐藤は少し間を置いてぼそぼそと続ける。「確かに大切に思ってるし、陰から見てるって言えば、変な男が寄ってこないか確認することはあるし、どんなものからも守ってあげたいって思うし、帰りの道が危なそうだったら家まで見届けたいってのもあるし、確かにあいつに彼氏ができたらどんな奴か確かめたいし変な奴だったら許せないと思うし、それに変な風には成長して欲しくないっていうのもある」それから佐藤は顔を上げて真剣な面持ちになる。「けど、ストーカーじゃないぞ」

 どう考えてもストーカー行為にしか聞こえない。

 ただ、確かに言われてみれば他人に対してするなら完全なストーカーだが家族に対してしているなら違った意味になるだろう。けど、

「従姉妹にその感情って」

 ちょっと過剰すぎないかと僕は不審な目を向ける。親戚とはいえ従姉妹は自分の子供でも妹でもない。その相手に対して抱く感情としてはストーカーではないと言い張っても異常だろう。

「いや、わかってるよ。確かにやりすぎだと思う。従姉妹に対してこんな父親みたいな感情持ってるってちょっと変だと思うし、だからお前らが来たときも本当のことなんて言えなくてさ」

 佐藤は目を伏せた。

 僕ら三人も互いに表情を窺う。

 ストーカー感情ならやめさせようと思った。けど従姉妹との関係なら僕らが口を出すことではないだろう。

 何はともあれ僕の友達はストーカーではなかったらしい。安心した。あれ、けどそれならもう一つの五季に対する感情はどうなのだろう。

「もしかして華音ちゃんも親戚とか?」

 雨宮が訊ねた。

 五季は大きく首を振る。

「全然。親戚なんていないよ」

「華音ちゃんが知らないだけとか?」

「いや、従姉妹は全員顔がわかってる。確かに遠い親戚まではわからないけど」

 そこまで遠い親戚ならそもそも五季に対してあんなに強い感情を持っているのがおかしい。

なら、五季の知らない血の繋がりが強い人物だろうか。腹違いの兄弟とかそんなドラマみたいな事実が隠されていたのだろうか。

 僕が推測を続けていたら佐藤が一言で解答を告げた。

「いや、五季って双子の兄がいたでしょ?」

 佐藤の問いに五季は平然と答える。

「うん。いるけど?」

 みんなの視線が五季に集まる。五季は何のことかわからないようで顔をしかめた。

「なに? 双子がいたら悪いの?」

「たぶんその双子のお兄ちゃんの感情だと思うよ」

 佐藤の言葉に五季は心底驚いた顔をした。

「えっ? そうなの?」

 五季は始め驚いた顔で固まり、徐々に整理ができたのか複雑な表情になった。

「いや、それはそれでキモイんだけど」

 それはそうだろうな。

 つまりはシスコンだ。妹を過剰に大切に思い、保護し独占したいという欲望。

 一気に力が抜けた。

四人はお互いに顔を見合わせて乾いた笑いをこぼす。

 事の顛末はなんともあっけないものだった。

その後五季華音の双子の兄に会った。兄はどうやら妹の男を見る目がないこと。妹が感情に任せてなんでもやってしまうことを心配に思っていたらしい。それで自分がいなければ妹は生きていけないかもとまで思うようになり、現在の感情が生まれたらしい。

 五季はドブに落ちたゴミを見るように自分の兄を軽蔑の視線で見ていた。

 不思議な結末だった。

 言ってしまえば家族の問題に僕らが巻き込まれただけだ。それにしても五季も折原雄矢の感情は折原のものだって気づけたのに、双子の感情は気づけないってどうなのだろう。

 そう思ってそもそも僕も家族の感情がちゃんとわかるか自信がなかった。妹や両親の感情を共有したことなんてあっただろうか。ちゃんと家族の感情を見つけるつもりじゃなきゃわからないかもしれない。

 僕と雨宮は情報処理室で帰り支度を始める。

「それにしても、よくあれが家族に対する感情だってわかったね」

 僕がそう訊ねると雨宮も曖昧な笑みを浮かべた。

「ほんとにただの直感だね。ふとそう思えてさ」

 そういう感覚が鋭いのだろうか。

 恋愛の好きと家族の好き、それにストーカーの好き。どれも全く別の物ではなくてそれぞれが共通している部分もあるのだろう。僕には恋愛経験も、もちろんストーカー経験だってないから他人のそういった感情を体験してもすぐにそれがどんな感情か判別できなかった。

 と、唐突に雨宮が笑顔を輝かせた。

「わたし決めたよ」

「なにを?」

「尾道くんがもっとESSが好きになれるように手伝う。部誌を通してもっともっとESSが好きになって、いつか誰かと直結できるようになる手伝いをする」

 雨宮はそう笑顔で言い放った。

 そこまで頑張らなくても大丈夫だよと言おうかと思ったが、雨宮が僕のためにESP部の部活に熱意を注ぐようになることはなんだか嬉しかった。

 僕も微笑みを返す。

「ありがとう」

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