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君に伝えたい、たったひとつの気持ち  作者: 山橋和弥
第5章 別れ
20/23

5-1

 次の日に雨宮の転校が発表されて、学年全体がざわついた。

「おい聞いたか尾道?」

「なんだい佐藤?」

 昼休みの時間僕たちは教室で机を向かい合わせて弁当を食べていた。

「雨宮転校するってよ」

「聞いたよ」

「なんだ。さすがに耳が早いな」

「一応部長だしね」

「あー残念だよな。部にも入ったばっかりだったのに」

「そうだね」僕はふと気になって佐藤に訊ねた。「そういえば佐藤ってESS好きだよね?」

「んん? ああ好きだぞ」

「それってなんで?」

「なんだ急に?」

「気になって」

「なんで好きかって、そりゃあ面白いからだろ」

「じゃあ、いつ好きになったかとか覚えてる?」

 佐藤は思案する顔になる。

「覚えてないな。なんだ気になるのか?」

「ちょっとね」

「お前はなんで前はエッドエモーションが苦手だったのか覚えてんの?」

「うーん。なんとなくおぼろげに何かがあった気がするんだよね」

「そんなに気になんなら親に訊いたり昔のアルバム見てみろよ」

 なるほど。その手があったか。

「たしかに。訊いてみるよ」



 家に帰って早速母親に昔のアルバムを出してもらった。母親に訊きたいこともあったのでリビングで広げてみる。

 生まれた時からの写真がメモとともに収められていた。

 我ながらというか、赤ん坊のときはみんな可愛いな。

 ペラペラとページを捲ると徐々に自分が成長していく過程がわかった。

「なんでいきなりアルバム見ようだなんて思ったの?」母が訊いてきた。

「ちょっと昔のことで確認したいことがあって」

 僕はどうしてESSが苦手だったんだろう。どうして未だに直結ができないのか。堀田がESSを毛嫌いするのには理由があった。そして雨宮がESSが好きなのにも理由がある。なら、きっと僕にもなにか原因があったはずだ。

 そして、なぜだかわからないが、それは雨宮が転校する前に知る必要があることだと思った。

「やっぱりすごい小っちゃいときはヘッドエモーションしてないね」

「そりゃあ子供の脳には悪影響があるだろうって言われてたし、昔はもっと値段も高かったからね」

 でも、と言って母はアルバムのページを捲る。

 と、その中で違和感を覚える写真があった。ぱらぱらと流し見していたら気づかなかっただろう。

 なぜかその写真だけ汚れたものに触れるかのようにヘッドエモーションを握っている。顔が明らかに嫌そうだ。

「ああ。それね」母は懐かしそうに目を細める。「女の子泣かしちゃったやつね」

「なにそれ? というか子どもの頃ってヘッドエモーション持ってなかったんじゃないの?」

「これは確か体験コーナーかなにかのよ」

 母のその言葉に写真をよく見ていると写っていた場所に見覚えがあった。

「あんたこの時こども科学ESS博物館に行って、ヘッドエモーションの体験コーナーにはまってたのよ。何度も何度も列に並んで誰かの感情を体験したり、逆に自分の感情を伝えたりしてた。お母さんと陽介でやって変な感情体験させられたこと覚えてるわ」

「なんでそれが女の子を泣かすことにつながるの?」

「わたしも細かい部分は覚えてないけどね。あんたが自分の感情を女の子にあげて、その子が体験したら急に泣き出しちゃったのよ」

「あー」記憶がゆっくりと蘇ってくる。「あったね」

 そういえばそんなこともあった。

 あの時の僕はESSのすごさに興奮していて、それで泣いている子を見かけたときに、その子に自分の感情を体験させれば笑顔になってくれると確信したんだ。

 それで、女の子の手を引いて列に並んで僕の感情をあげたら泣いちゃった。その時は保存した感情を参加者に配布していたのだが、僕はあまりにショックでそれを受け取ることすらしなかったんだ。そうだ。それからESSのことがちょっと嫌になって、小学校でも中学校でもヘッドエモーションを使いたくなかったんだ。

「この時の感情もとっておいてあるのよ」

「え? でも僕断った記憶があるけど?」

「親は子供が断ってももらっておくものなのよ。それじゃあせっかくだから昔の感情ファイル今度探しとくから全部新しいのに変換しといてくれない?」

「あー、うん。まあ自分の感情だしいいよ」

 僕はもう一度悔しそうな顔でヘッドエモーションを握っている昔の自分を見た。

 女の子泣かしちゃって、そういうことをもう二度としたくないって思ってESSを使いたくなかったんだ。

 彼女はいまどこで何をしているのだろう。僕はあの時ちゃんと謝れたのだろうか。

 いや、どちらにしても彼女にとっては嫌な思い出のはずで、きっと記憶の奥底に封じられて僕のことなんて覚えてすらいないだろう。

 

   

 最後の金曜日に雨宮がESP部のみんなに転校の挨拶をすることになった。

 ただ、その挨拶をするまえに雨宮が転校するという情報はかなり広まっていたので、みんなで寄せ書き的なことをしようということになった。

 ESP部なのだから、一人ずつ感謝の感情を集めてそれを雨宮に渡すことになった。

「短い間だったけどお世話になりました」雨宮は深々と頭を下げた。

「これ部のみんなから」僕は感情ファイルまとめて入れたSDカード渡した。「引っ越すときの、飛行機? 新幹線の中ででも体験してみて」

「新幹線だね。じゃあ移動中に楽しませてもらうよ」

 雨宮は最後に完成したきゅんきゅんランキングを残して去っていった。「それじゃあ、みんなも元気でね」

 駅には見送りにいかないのかと佐藤に訊かれた。

「いやー。そうだね」僕は曖昧に返事する。

 その日の放課後、僕と雨宮はどちらが誘ったわけでもないが、一緒に下校していた。

「この坂を駆け降りた時の爽快感はすごかったね」

 校門を出たところで雨宮が笑いながら言った。

「あんなにスピードでるとは思わなかったな」

「あれからあの感情はわたしのお気に入りコレクションのひとつになったよ」

「僕もたまに体験してる」

 二人で自転車に乗って坂を駆け降りたことを思い出す。ああやって何かを一緒にすることももうないんだな。

「そいえばさ。なんで直結が苦手だったかわかったよ」

「へえ、なんだったの?」

「昔ヘッドエモーションで感情送って相手を泣かしちゃったことがあって。だから、あんまり使いたくないんだろうね」首をぽりぽりと掻いた。

 雨宮は数秒間黙って何かを考える顔になる。けれど、まさかそんなことありえないとでも言いたげに首を横に振った。

「そういうことがあったんだね」

「何事にも理由があったってことだ」

 ゆっくりと歩を進める。

 この坂を下りきったら雨宮ともお別れだ。何を言うべきだろうか。何を伝えるべきだろうか。

 言うべき言葉も伝えるべき感情も思い浮かばずに、ただ黙って足を進めた。

 アスファルトから熱が湧き上がってくる。肌に滲む汗を風が撫でた。

「あのさ」雨宮がぽつりと言った。「最後に頼みたいことがあるんだけど」

「なに?」

「直結させてよ。尾道くんの感情」雨宮は笑っている。

「いや、それは」戸惑った。

 雨宮の頼みなら聞きたいという気持ちがあるが、直結することは原因がわかった今でも苦手だった。

「いやなの?」

 おどけた調子で雨宮が言う。

「うん。なんかだめなんだよね」

「きゅんきゅんランキングの番外編だと思ってさ」

「そう言われてもな」

「まあ、最後なんだし、いいじゃんいいじゃん」

 雨宮は笑いながら僕のヘッドエモーションのプラグを取って、それを自分のヘッドエモーションと接続させようとした。

 その時、突然小さな女の子が泣いている映像が脳内にフラッシュバックした。

 僕があげた感情で泣きじゃくる少女。

 これは、昨日写真で見た。

 感情が身体の奥から噴き出してきて全身を支配した。

「やめろよ!」

 自分でも驚くくらいの大声が出た。

 はっと我に返る。

 周りを歩く生徒たちの視線が何事かと集まってくる。

 そして目の前に、目を丸くさせて、僕のことを呆然と見ている雨宮の姿があった。

「ご、ごめん。そんな嫌なことだってわかんなくて」雨宮は慌てて握っていた僕のヘッドエモーションのプラグを離した。「他人の嫌がることはしちゃだめだよね。うん」雨宮は必死に笑顔を取り繕っていた。

「ごめん」

 僕も慌てて謝った。自分のしたことが信じられない。さっきの映像はなんだ。あれは、昨日見た写真の。

 思考が鈍い。視線が彷徨ってさっき蘇った少女の姿と雨宮の姿が重なる。

「いやあ。わたしのずうずうしい性格もだめだね。これは」

「いや、僕があんな大声を出したから」

 雨宮は手を背の後ろで組んで、ぎこちなく笑った。

「なんか、えっと、その、今日も暑いね」

 重苦しい空気が流れた。雨宮がその空気を変えようと脈絡のない話を繰り返すが、そのどれもが空回りしてさらに気まずい空気が漂った。

 それから何を話したかはあまり覚えていない。

 ただ、自分が雨宮を傷つけたという事実が苦しくて、なんであんな顔をさせちゃったんだろうという後悔に押し潰されそうだった。

 坂道の一番下まで歩く時間は関係を修復するにはあまりにも短すぎて、僕と雨宮はお互いに気まずさを残したまま別れることになった。

「じゃ、じゃあね」

 雨宮はぎこちなく笑って手を振った。

「うん。元気でな」

 僕もそれに返す。けどその気持ちは曇っていた。雨宮が背を向けて歩き出す。

 こんな形で別れたくない。

 もっと楽しく、笑って送り出したかった。

 ESP部に入ってくれて、一緒に色々なことができて楽しかったと伝えたかった。

 けれど、言葉が喉に詰まって出てこない。

 額を汗がつたう。

 そのまま雨宮の背は雑踏の中に消えていった。

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