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君に伝えたい、たったひとつの気持ち  作者: 山橋和弥
第3章 合成
14/23

3-6 

 僕たちは学校から少し離れたマクドナルドに立ち寄った。寄り道は禁止されているので、教師の監視の目が届かなそうな場所を選んだ。

「昔。10年以上前に知らない子に感情ファイルもらったんだ」

 雨宮はホットティーをちびちびと口に含みながら言った。

「もらったんだよね。もう小っちゃかった時の記憶だからだいぶぼやけてるけど」

「どんな感情なの?」

 雨宮はスマートフォンを持ち出した。体験させてくれるのだろうか。でも脳に何らかの悪影響があると発表されてから自然と避けてきたのでちょっと躊躇した。いや、これまでは普通に使ってたのだからそこまで深刻なものではないということはわかっているのだが。

 僕の戸惑いを察したかのように雨宮は言った。

「大丈夫だよ。これは新しい保存形式に変えたやつだから。オリジナルじゃないけどだいたいどんな感情かわかるでしょ?」

「あ、うん」僕は自分のヘッドエモーションを取り出してプラグを雨宮に渡した。

 雨宮が知りたがっている感情が流れてくる。それは明るい感情だった。目につくもの、自分のやることすべてが楽しくて嬉しいような弾んだ気持ち。なにをしている時の感情だろう。体験しているとこっちまで前向きで楽しい気分になってくる。

「楽しい感情だね」僕は言った。「誰の感情が知りたいとか?」

 この感情ファイルの持ち主のことが知りたいのだろうか。

 雨宮はふるふると首を振った。

「ううん。それはもういいんだ。その時に一回会っただけでどこの誰かもわからないし、探そうったって方法がないしね」

 確かに以前は識別番号もなかったからこの感情が誰のものかを調べるのはかなり難しいだろう。

「それよりも、もっと色々とこの感情のこと。そもそもESSのこととかをもっと知りたいって思えたんだ。ほら、あるのが当たり前になってて今までどういう仕組みで保存されてきたとか、どういう人が使ってるかとか、どういう意味が込められてるのかとか、何度も聞いてはきたんだけど自分で調べたことはなかったなと思って、それで入部してみようかなって」

「そうだったんだ」

 そうだとするとESP部は期待外れだったんじゃないだろうか。僕らの部はみんな好き勝手やってるし、そもそもそういった専門的なことを調べたりすることは少ない。 

「部活はすごい楽しいよ」僕の疑問に先回りして雨宮が答えた。「すごい。色々な感情に触れられるしね」

「そっか」そうだと嬉しい。

「そういえば尾道くんコレクションとかないの?」

「お気に入りの感情?」

 雨宮は頷く。

 僕はスマートフォンを取り出した。何か面白い感情があっただろうか。気になった感情はとりあえず保存するようにしている。

「例えばこれとかどう?」僕は手を差し出した。雨宮が察してヘッドエモーションのプラグを僕に渡す。僕は操作してある感情ファイルを開いた。

 感情が流れ出す。

「これは」雨宮は複雑な顔になる。「もしや、冬の寒い日に温かい布団にくるまれている感情?」

「惜しい。これは目玉焼きが双子だったときの感情だよ」

 ちょっと驚いた顔になったと雨宮は言った。

「うんうん。そんな気がしたよ」

 ほんまかいな。

 それから僕は自分が持っている色々な感情を雨宮に渡した。楽しい感情から嬉しい感情、不思議な感情を雨宮に体験させた。

 雨宮はそれのひとつひとつを楽しそうに体験している。

「あー。おもしろいね。そいえば尾道くん自身のはないの?」

 雨宮は目尻にたまった涙を拭いながら訊いた。

「あー。僕のはいいよ」

「えー。なんで? 直結以外はもう大丈夫なんじゃないの?」

「大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど」

 でも、どうしてだか雨宮に自分の感情を送ることは躊躇われた。

「ふーん」雨宮は何かを探るような表情をみせたあと笑った。「じゃあ、そういうことなら代わりにわたしのお気に入りを沢山あげよう」

 そう言って雨宮は雨宮自身の感情を僕に沢山送ってくれた。

 道路わきにあるチェーンを飛び越えようとしたら足が引っかかって転んで恥ずかしかった感情。おいしいアイスクリームを食べたときの幸せを噛みしめる感情。試験のヤマがあたって興奮している感情。自転車で一度も足をつけずに山の中腹にある学校まで登り切った感情。

 雨宮の保存していた感情は本当に多種多様でそれでいてどれも純粋というか、なににも抑えられていないありのままの感情のようだった。

 僕は雨宮の感情を体験しながら、その感情がどういう時に抱いた感情なのか説明を聞いていた。

「学校まで自転車で来てるの?」

「バスと自転車半々ぐらいかな。尾道くんは?」

「バス通」

「あらあら」雨宮はやれやれというように手を挙げてかぶりを振った。「それじゃあ尾道くんは自転車で坂道を駆け降りるあの爽快感を未だに味わったことがないってことね」

「そんな憐れむような感じで言われても」

「ちょっと待ちなさい」雨宮はスマートフォンをいじる。っと何かに気づいたようにその手を止めた。「いや。せっかくなら今から一緒に駆け降りてみる?」

「え?」突然の提案に戸惑った。

「いいじゃん」雨宮は自分で自分の提案を褒める。「やっちゃおうよ。尾道くん」

「今からって自転車あるの?」

「もちろん。家にあるよ」

「……とすると一旦雨宮は家に帰って自分の自転車を持ってきて、それで学校の上に登って、そこから降りるってこと?」

「うん。そゆこと」雨宮はにかっと笑った。

 かなり手間がかかる行為に思えるが。

 僕はマクドナルドの店内の時計を見る。時刻は午後6時。窓から見える町の景色も徐々に赤らんでいた。

「うん。やろう」

 なぜだかわからないけど、無性に自転車で駆け降りたくなった。雨宮と一緒に。

 そして僕らは一緒に笑った。

 僕たちはまず雨宮の家に向かった。雨宮の家はマクドナルドと学校のちょうど間にあり、住んでいる家は三階建てのきれいなアパートだった。外観からすると中はそこまで広くないように見える。

「この二階の一番右がわたしの家」雨宮がそう言って指さしたベランダには色々な鉢植えが置かれていた。「育ててるんだ。いろんな植物」

「好きなの?」

「割とね。けっこう枯らしちゃうけど」雨宮は呆れたように笑う。「けっこう難しいんだこれが」

「へー」僕はそもそも植物にそこまで興味をもったことがなかった。

「いつか植物がなに考えてるのかもわかる日が来るのかね」

 植物にヘッドエモーションをつけて感情を読み取っている未来を想像してみた。 

「それはそれで楽しいのかもね」

 雨宮は駐輪所から水色の自転車を取り出す。

「さあ、いっちょやってやりますか」雨宮はそう言って僕に自転車を譲る仕草をした。

 よし。サドルを調整し、自分の脚に叱咤激励して僕は雨宮の自転車にまたがった。

 雨宮を後ろに乗せてペダルを力一杯踏み込んだ。

 自転車の速度が徐々に上がっていく。

 身体が風を感じ始め、景色が後ろに流れていく。

「やっぱり男の子だね」雨宮が後ろで楽しそうに言った。

 その言葉に呼応するように僕はさらに脚に力を込める。

 学校の正門にたどり着いた時にはもうすでに太陽が沈みかけていた。赤い光に建物と道路が照らされている。ここから見るとまるで下にある街並みまで赤い道ができているようだった。

 僕たちはお互いにヘッドエモーションをつけてスマートフォンと接続し、ESSを準備する。

 今から体験する感情を保存したかった。

「それじゃあ行きますか」僕は雨宮に声をかける。

「やりましょう」

 それから僕らは顔を合わせて一緒にESSを起動させて、山の下に向かって自転車を走らせた。

 風を切る。いつもは夏の湿気を孕んだじとじとした空気も今は気持ちよかった。

「いえーい」後ろで雨宮が片手を上に挙げた。

 気持ちいい。まるで身体の中を風が通り抜けていくようだった。

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