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君に伝えたい、たったひとつの気持ち  作者: 山橋和弥
第3章 合成
13/23

3-5

 僕と雨宮は放課後情報処理室で堀田を待っていた。

「雨宮は堀田のことどう思ってるの? 堀田が言ったように別の人が送ったと思ってる?」

「あの感情は和美ちゃんのなんだと思う。分析結果がそう出てるんだから間違いないんだろうね。けど、わたしはあの感情を体験した時にただ単にぐちゃぐちゃな感情とは思えなかったんだ」

「合成した感情に思えたけど」

「合成っていうのがよくわからないけど、不自然は不自然だよね。ただ、奥底には他の人に対する優しさがあった気がしたんだよね。それがなんだといえばそうなんだけど」

 その時扉が開いて堀田が入ってきた。相変わらず小さいなとしみじみと思う。

 その顔は不機嫌そうでもなく、悲しそうでもなく淡々としていた。堀田は僕らを認めると向かいに座る。

「それで、どうかしたの?」堀田は薄く笑う。「どうかしたのって、きっとこの前の掲示板に貼られた感情のことだよね」

「ああ。うん。そうだね」僕は頷く。いきなりの本題なので、回りくどい言い方はせずに直接的に訊ねることにする。「あの感情が堀田ので、けど自分が掲示板に載せたんじゃないとしたら、どうしてなにも言わないの?」

 僕が周りから聞いている堀田の反応は、怒ることもなく苛立つこともなく、声を荒げて反論するわけでもなく、ただ黙っているというものだった。

「それは言ってもしょうがないから」堀田は僕らの目を見ながら話す。

「どういうこと?」僕は訊く。

 堀田は僕らから視線を外す。

「できれば誰にも言わずに段々とこの話題が沈静化することを願ってるんだけど、もうそれも難しいのかもね」

「わたしはあの感情を体験した時に、奥底に優しい感情があると思ったんだ」雨宮は言う。「合成ってやつがされてるのかわからないけど、もともとも和美ちゃんの感情は誰かのことを思っているように感じた」

 堀田は目を見開く。

「すごいね。光奈ちゃんはそんなことわかるの?」

「なんとなく、だけどね」

「まあ、そうだね。うん。きっと元はそんな感情だったんだと思う」

 そこまで堀田の言葉を聞いて理解した。堀田は今回のことをすべて理解している。誰がなんでどうしてあんなことをしたのか。ちゃんとわかった上で、それで黙っているのが一番いいと結論したんだ。

「僕らにできることがあったら手伝いたいと思ってるんだ」

 堀田は頷くように身体を前後に揺らす。

「うん。そうだね。光奈ちゃんがあの感情をわかったこともすごいと思うし、せっかく訊いてくれたんだから、わたしも誰かに話したかったから聞いて欲しい。けど、きっともうすぐこのことは解決するし、これ以上大きな問題にはならないからね」そう前置きして堀田は続ける。「あの感情はわたしの感情。けど、掲示板に載せたのは真紀」

 真紀というのは同じクラスの河名真紀のことだろう。

「なんで? 和美ちゃんと真紀ちゃんは仲いいんじゃないの?」

「うん。仲いいよ。仲がよすぎて、たまにはこうやって上手くいかないこともあるんだよね」堀田は悲しそうに笑みをつくる。「真紀とはずっと仲が良かった。中学からの仲だしね。二人で遊ぶことが多かったの。高校に入ってお互いにヘッドエモーションを買ってもらったら、感情を交換することも多かった。けど、段々と関係が変わっちゃったんだよね。わたしとしては高校に入って色々な人と仲良くしたかった。もっと色々な友達をつくりたかったし、その仲良くなった子たちが笑っていてくれるようになんでもしたかった」

 予想外だ。てっきり堀田は天真爛漫というか、純粋で子供のような感情と行動が直結している子かと思ってたのに、実は色々考えてその上で他人と接していたんだな。五季とは真逆の性格なのかもしれない。

「それで、わたしが色んな人と話したり遊ぶようになったら真紀がちょっと拗ねちゃったんだよね。わたしのことを無理してるって言いだして、みんなに優しくするのは八方美人だって批判されたこともあったし。きっと真紀は真紀で寂しかっただけだと思うけど。で、真紀はわたしが他の人に優しくしている時の感情を体験させて欲しいって言ってきたの。本当に純粋にみんなのことが好きなら、親切にしているときも心の中は幸せで満たされているはずだって。ふざけるなって思ったよ。だってわたしは誰かに優しくしているときにいつも嬉しくて楽しいわけじゃない。そういう時もあるけど、大抵は相手のことを考えて自分の感情を押し殺しているときもある。真紀はわたしが拒否したら、動機が悪いだの、本当はみんなのことが好きじゃないだの色々と言ってきたから、それで喧嘩になっちゃって」

 堀田は一度そこで区切って息を整える。

「それで真紀はわたしが前に送った感情を合成して、わたしが変な感情を抱いていることにしたいように掲示板に載せた。わたしは真紀にしか自分の感情を送ったことないし、朝のホームルームで担任が注意した時の反応を見れば真紀だってことはすぐにわかった。きっと真紀はわたしの心の中は邪悪だからみんなが好きになるのはおかしいとでも言いたかったんでしょ。きっと好感度ランキングの結果も見てただろうし、これ以上わたしが色々な人と仲良くするようになるのが嫌だったんだろうね」

「そこまでわかってて、どうして堀田はなにも言わずに黙ってるの? 怒ってないの?」

「まさか。わたしは怒ってるよ。ちゃんと怒ってる。わたしは真紀のことが大好きだし、気持ちもわかる。けどちゃんと怒ってる。でもあんまり騒ぎを大きくしたいわけじゃない」

「それで黙っているのが一番いいと思ったの?」僕は訊いた。

「うん。だって真紀はわたしに謝りたそうにしているんだもん。それにわたしも真紀を許したいし、謝りたい部分もある。けど、わたしから謝ったんじゃもとの関係に戻れない。だから真紀が謝ってくれるのをずっと待ってるの」

「なるほどね」色々なことが絡まりあってはいるが、すでに当事者同士がそれを解きつつあるのか。

「だから、もう大丈夫。けど、今回のことで思ったのはESSもいいことばかりじゃないね」堀田はそこで何かに気づいたように申し訳なさそうな顔になる。「ごめん。ESP部の人に言うことじゃないね」

「いや。全然大丈夫だけど。どうしてそう思ったの?」

「だってESSは心の奥底まで探られちゃうじゃん。わたしは確かに色々なことを考えて自分を説得しながらもみんなと仲良くしたい。けど、その時に心の奥底が純粋じゃなかったら責められるってなんだかひどくない? わたしだって時には笑顔でいる時でも心の中では苛々したりしているときもある。けど、それってしょうがないじゃん。そこまで詮索してほしくないよね」

 そうか。そうだよな。言葉が他人を傷つけるときもあるように、自分が抱いた感情が相手を傷つけるときもあるんだ。

 堀田は自分の経験からESSがあんまり好きになれないと言った。もしかして僕がESSが苦手だったのも、いまだに直結ができずにいることにも何か原因があったんじゃないだろうか。

 と、その時に情報処理室の扉が開いて今にも泣き出しそうな顔で河名真紀が立っていた。

「ほらね。きっとわたしがすぐに帰ってないから心配になったんだと思う」堀田は自分の予想通りになったとでも言いたげだが、その声には安堵の色が滲んでいた。

 僕らに小声でそう告げて堀田は河名に近づいていった。河名が涙を零しながら堀田に謝る声が聞こえる。

 堀田は河名の背をさすりながら、自分の目にも涙をためて情報処理室を出ていった。

「まあ、解決してよかったね」雨宮が頷きながら言う。

「結局話聞いただけでなにもできなかったけど」

「聞いたってことに意味があると思うよ。直結が苦手な尾道くんみたいな人もいれば、和美ちゃんのようにESS自体を疑問に感じている人もいるんだね」雨宮は難しい顔をしたあと笑顔になる。「けど、やっぱりわたしは好きだよ」

 その言葉にどきりとする。そして雨宮は逡巡するような仕草を見せたあと口を開いた。

「わたしがこの部活に入ったのはさ昔もらった感情ファイルのことがすこしでもわかったらいいなって思ったんだよね」雨宮は僕の顔を見て親指を立てた。「マック寄ってこうよ」

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