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君に伝えたい、たったひとつの気持ち  作者: 山橋和弥
第3章 合成
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3-2 合成

 それから僕は好感度ランキングの企画を進めながら雨宮のきゅんきゅんランキングなるものの手伝いも始めた。

 部活動に熱中する健全な男子高校生の生活を送って数週間が経ち、6月の半ば。

 月曜日の朝。登校してホームルームの準備をしていたら嬉しそうに佐藤が教室に入ってきた。

「ビッグニュースだ」佐藤は開口一番そう言うとスマートフォンを制服のポケットから取り出した。

「なに?」

「聞いて驚け。好感度ランキングの結果が出た」

「終わったの?」

 僕も手伝っていた企画がついに終わりを迎えた。

「ああ、ばっちり終わった。そしてこれが面白い結果を生みだした」

「見せてよ」

「もちろん」

 佐藤はひとつのファイルを開く。そしてモニターを僕が見やすいように傾けてくれた。そこには男女それぞれの好感度ランキングが列挙されていた。男子78名。女子75名。それぞれ1位から順に表示されている。

「ちなみに20位以下は悪い気がするから削除した。だから上位20人までだ」

「それがいいと思うよ」

「ちなみにおれとお前の名前はこの中にはない」

「改めて言われると少しショックだけど、想定内だね」

 僕はランキングを目で追った。自然と女子のランキングに視線が向く。雨宮光奈の名前は簡単に見つかった。第3位だった。

「雨宮の順位が意外か?」

 僕の表情を見て佐藤が訊いた。

「うん。意外だ」

「おれもどういう特徴があるのかと考えてみたら、容姿って言うのも重要なんだろうけど、やっぱりどれだけ色んな人と接しているかが大切なんだろうなって思った。男子も上位のやつらは誰とでも話して仲良くなる社交性の強い奴らだな。女子も積極的に男子と話す子が全体として順位が高かった。その中でそんなに色々な人に接してない雨宮が3位なのは十分にすごいと思うぞ」

 確かに雨宮の容姿は目を引くが、性格は目立つようなものではない。自己主張が強いわけでも、なにかの才能に溢れているわけでもない。けど、確かに雨宮は周りの人を明るくさせてくれる。一緒にいるだけで楽しくて嬉しくなる。それはやっぱり普通のことじゃなくて、すごいことなのだろう。

 そして女子の一位の名前を見て僕自身も納得できた。

「堀田和美か」視線を動かすと教室の隅で生徒数人で固まって談笑をしている彼女の姿が見えた。男子にも女子にも気さくに話しかけみんなに好かれている。大人は僕らのことを箸が転がるだけで笑うと表現することもあるようだが、堀田は埃が空中に舞っているのを見ただけで腹を抱えて笑っていたことがある。身長は小さくて背の順の列はいつも一番前。前髪を全部後ろまで引っ張ってくくっているので、いつでもおでこが全開だ。

「まっ、納得の結果だよな。とりあえずさ、部誌に載せる前に試し本というか、部誌でこんなことやってますよって宣伝をしようと思うんだがどう思う?」

「いいね。けどこのランキングの結果を全部載せたら部誌読む必要がなくなっちゃうんじゃない?」

「だから1位から3位まで試しに発表して、部誌には10位まで載せるってのはどうだ?」

「それなら1位から3位までを当分隠して部誌で発表したほうがいいんじゃない?」

「いや、だめだ。だっておれはこの結果をみんなに知ってもらってすぐにでも反応が見てみたいからな。文化祭までこの情報を黙っているなんてできそうにない」

 なんてすがすがしいほど個人的な意見なのだろう。

「じゃあ、それでいいと思うよ」そもそも佐藤の企画のなのだから佐藤が楽しめればそれが一番だろう。

 そしてその日の放課後に佐藤は学年の掲示板に好感度ランキングの男女1位から3位までを発表して、10位まで知りたい人は文化祭で部誌の紙面上で公表すると伝えた。掲示板と言うのは連絡事項やらを掲載できて一瞬にして同学年のすべての生徒に情報を送れる。ただし教師が削除権限を所持していて、誰がどんなメッセージを送るか検閲されているので悪ふざけに使用することはできない。まあ、そもそもそんな掲示板を使わなくても仲のいいもの同士はそれぞれネット上にグループコミュニティーを持っているので、本当に生徒全員に何か事務的なものを伝えたいとき以外は掲示板を使用する生徒もいないのだが。

 好感度ランキングの情報はその日の夜の僕らの学年の話題を独占した。

 ESP部のグループチャットも盛り上がって、雨宮からもなかなか面白い結果だねと言われて嬉しかった。

 しかしその空気を一変させることが起こった。

 その日の深夜に高校二年生の学年掲示板に正体不明の感情がアップロードされた。午前一時ということもありほとんどの生徒は就寝していたのだが、起きていた誰かがまずその感情を何の気なしに体験した。そして体調を崩した。深夜でも活動を継続していた何人かにその情報が伝わって、誰かがやばい感情をアップロードしたと騒ぎになった。

 教師たちも早朝に事態に気づき、すぐにその感情を削除して誰も体験できないようにした。

 僕が知ったのは朝のホームルームでその経過を担任教師が伝えた時だった。男性教師は声に緊張を孕んで伝える。

「もう知っている人も多いと思うが、昨夜学年の掲示板に異質な感情が載せられた。それを体験して体調が悪くなった生徒もいた。さいわい学校を休むほどの症状ではなかったが、ちょっとした悪戯だとしても度が過ぎている。夏休みが近づいて浮かれているのかもしれないが、こういったことが起こるなら学校でのヘッドエモーションの使用を禁止せざるを得なくなるかもしれない」

 担任の説明にどよめきが広がる。

 授業で使うんだから持ってくる必要があるとか、誰がやったかは知らないけどそいつだけが禁止されるべきだとか口々に不満を漏らしていた。

 これはEPS部の部長としても見過ごすことはできない。

 僕はそこで視界の中の違和感に気づいた。

「いいか。くれぐれも。今後こういうことがないように注意するんだぞ」

 男性教師は再度念を押して朝のホームルームを終えた。

 生徒たちがそれぞれ授業の準備を始めたり談笑を始める。その中で僕は気づいた違和感を視線で追う。堀田和美。好感度ランキングで一位になり、いつも元気で明るく自分から色々な人に積極的に話しかけに行く彼女が、今は両肘をテーブルについて手を組み、その上に顎を乗せて険しい表情をしている。

 周囲のクラスメイトも彼女の異変に気付いて遠巻きに様子を窺っていたりするが声をかける人はいなかった。

 なにかあったのだろうか。

「ほんといい迷惑だよな」佐藤がそう不満を漏らしながら近づいてきた。僕の前の空いている席に座る。「こっちはみんなの楽しむ反応が見たかったのに、あの感情のせいで吹き飛ばされたわ」

 確かに佐藤が言うように今朝は誰がなんのためにあの感情を載せたのかがみんなの話題の中心だった。

 もしかして堀田が不機嫌そうなのもそれが原因なのだろうか。自分が一位だった好感度ランキングの話題が潰されたことに苛立っているのだろうか。

 じっと堀田を見る。

 いや。そんなことあるわけないか。堀田はそういうことに関心なさそうだし、だいたいそんな理由で落ち込む姿を他の人に見せるとは思えない。

「こっちはあのランキング作るのにかなり頑張ったっていうのにさ」佐藤はまだ悔しさを消化できていない。

「そんなにひどい感情だったの?」僕は長く睡眠時間を取らないと次の日活動できないタイプなので、昨日も問題の感情が出回った頃にはすでに寝ていた。

「なんだよ。お前も好感度ランキングよりも変な感情の方が気になるってのか?」

「いやいや。そうじゃないけど、気になるでしょ? どんな感情が問題になってるのかって」

 佐藤はしばらく黙って僕の顔を見る。

「試してみるか?」

「え? 持ってるの?」

 すでに学校側が対応していて掲示板の感情は消されているはずなのに。

「ダウンロードしたやつが回してきたからな」

 教師たちの知らぬところでこうやって確実に広まっていくわけですね。

「それって体験しても大丈夫なの? 気持ち悪くなったりしない?」

 これから長い一日が始まるのだ。体調が悪くなって保健室で過ごすはめになるのは勘弁して欲しい。

「まっ。ちょっとなら大丈夫だろ。おれも朝体験したけど問題なかったし」

 その言葉を信じて佐藤が送ってきた感情を体験してみた。不快感が身体を支配していく。けれど単純な感情ではなく、ぐちゃぐちゃな、悔しがっているようなそれでいて苛立っているような、よくわからない感情だった。少しだけ体験してヘッドエモーションを外す。

 意識して大きく深く呼吸した。

「確かに変だね」この感情を体験して気分が悪くなった人の気持ちがわかる。

「合成した感情なんじゃないかって言ってるやつもいたぞ」

「だとしたらたちが悪いね」

 ESSっていうのはそもそも感情を写真みたいに読み込むシステムで、何もないところから一から感情ファイルを作成するのは理論的には可能でも、実際はほぼ不可能って言われてて、でも感情同士の合成なら新しい感情を作成することが可能だ。けれど二種類の感情を合成して新しくできた感情は普通ではなく異質のもので、それを体験すると気分を害する人が多かったことから合成するためのソフトウェアは今では発売されていない。ネット上の奥底では合成できるサイトがまだいくつも残っているらしいが、そもそもそこまでして感情を合成したいという人もいないのでそれらが取りざたされることも少ない。

「まあ、どうでもいいよ」

 佐藤はそう投げやりに言った。見るからに不貞腐れているが、佐藤が言ったように時間が経てばみんなこの小さな事件のことは忘れていくだろうとこの時は思っていた。

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