時の海からの贈り物
今日も今日とてホログラムのコンソールを叩く。目の前には黒く鈍い黄金の輝きを放つ金属がある。そこにいくつものレーザーが照射され、膨大な情報が僕の脳に雪崩込んでくる。
分子構造の楔、連結するそれらが梯状に形を成し、この手のひら大の道を形づくっている。
でも、僕にはこれを作る事はできない。今の自分は知識も技術もない。ましてや専門職でもない。一から作り方をたった一人で考えるなんて不可能かもしれない。
だけど僕はやるんだ。たった一人のために。
するっ、と何かが僕の背中を擦った。そのまま上がり、腕のあたりにゆるく絡みついた。
「ご主人」
舌っ足らずの低い声で彼女が僕を呼んだ。投影された画面を見れば、進行度はちょうどいい塩梅だった。もしかしたらタイミングを図っていたのかもしれない。
「うん。少し休もうか」
っと。
いきなり抱きつかれた。ぎゅっと腕が背中の後ろで交差している。どうやらずいぶんと不満なようだ。
「長いことかまってやれなくてごめんね」
言いながら絹糸のような長い金髪を梳いてあげると「ふす」と笑うような吐息を漏らした。喜んでいるみたいだ。
彼女の名前はテオドラ・ルドヴィーク。長い鋼糸の尾に、アンテナが付いているその外見の通り、機械だ。それ以外は殆ど……そう、人間と変わらない(含みがあるのは僕も人間じゃないからだ。でも、姿形はよく似ていると思う)。僕たちはお互いに故郷を失って以来、長いこと一緒に旅している。
僕は少し椅子を動かしてテオドラを受け入れやすい姿勢になった。それに合わせてテオドラはもっと身体をくっつけてくる。彼女なりの精一杯の愛情表現。口づけを交わす舌もなければまぐわる事もできないテオドラは自分の感情を証明する方法をこれしか知らない。
そんな彼女が愛おしくて、愛おしくてたまらない。僕は少し背を曲げて、テオドラとおでこを軽く触れ合わせた。すると、恥ずかしかったのか、しっぽが僕の頬をぺしぺしと叩いてきた。
ああ、かわいいな。本当に君のためなら何でもできそうだ。
ふと、テオドラが僕の後ろに手を伸ばす感覚があった。さっきからずっといじっていた金属が気になるらしい。
椅子を回し、二人でそっちを向く。テオドラの機械の手が金属をつまみ上げた。青い無垢な瞳でそれをしげしげと眺めている。
「ヒヒイロカネって言うんだよ。テオドラの骨はそれで出来てるんだ」
それを聞いてテオドラは空いている左手と見比べた。そういえばテオドラの手もヒヒイロカネでできていたっけ。戦うためにカバーで覆われていないから中身がむき出しだ。爪の先で彼女の手を突っつくとカチカチと音がした。
「すごいよね、この金属。惑星の爆発を間近で受けてもまだ形になってるんだから」
きゅっ、とテオドラが僕の手を握った。冷たいけれど暖かな感情が溢れんばかりに詰まってる。どうしたの、と顔を覗き込むと瞳の真ん中にある▽がぶれていた。ちょっと強い感情がこみ上げてくるといつもそんなことが起きるんだ。
「昔の事を思い出しちゃったのかな」
故郷が滅びる時の事とかかな…と邪推してみる。
「ご主人、わたしとはじめてであったときのこと、おぼえているか」
「覚えてるよ」
聞かせてほしいってことなのかな。
僕は少し記憶を遡りながら話し始めた。
「…今から七年前かな。僕は魚座の星雲間を飛んでたんだ。少し粒子風が強かった気がする。きっと、テオドラのいる星が爆発して、大量のガスが飛び散ってたんだろうね。宇宙船の制御がすごく難しくて、流されないようにするのがやっとだったんだ」
喋りながらあやすように体を揺らす。
「その宙域を抜けるまでに一週間かかったかな…。流石に疲れ果てて寝る事にしようと思ったら何かが船体にぶつかってさ。それがテオドラだった……どうしたの?」
テオドラのしっぽが左右にくねくね動いている。なにか言いたい事があるのだろうか。
「…」
なんでもない、と首を振ったので僕は続きを話した。
「外周カメラを点けたら最初は骨みたいなのが見えてさ。すごく驚いた。でも、よく見たらエグリゴリとは違うって気づいた。より人に近くて、均整がとれてて、きれいで」
テオドラが僕の胸に顔を埋めてきた。ほんとにどうしたんだろう。
僕はあまり急かさずにテオドラの反応を待った。
「……どこまでみた」
「何を?」
しっぽが動いてテオドラ自身を指した。この流れだと……骨、フレームだけの状態のテオドラをどこまで見たかってことなんだろうか。
「えっと…フレームなら、直さないといけないから全部見たけど」
ぎゅっ、と襟のあたりを握りしめられた。恥ずかしいみたいだ。げしげし、としっぽで頬をつつかれる。
「いたた、ごめんって。あの時はどうしても直さなきゃって思ってたから」
そういうとテオドラがしっぽで攻撃するのをやめた。おずおずと顔を上げて僕の目を見ながら首を傾げる。
「なぜ」
「なぜって……」
直感のようなものとしか答えられなかった。だからなんて言えばいいのだろうか。
「話し相手が……欲しかったのかな」
僕の言葉をテオドラが黙って聞いている。
「故郷の星がなくなって……一人生き延びてる。毎日をだだっ広い宇宙船で孤独に過ごす。正直死のうかとか考えてたよ」
手にかかるテオドラの髪を指先で揺らす。
「だから……テオドラに出会ったとき、僕は本当に嬉しかった。本当に、君は神の贈り物だと思ったよ」
言い終わってからなんだか無性に恥ずかしくなった。こんなに感情を表に出して話したのは初めてだ。
でも、本当にそう思ってる。テオドラと一緒に過ごすようになってからは毎日が楽しいんだ。
彼女の為を思って、全部行動しているという確信がある。そして、誰かのために生きられるって言う事は何よりも幸せなんだって、僕はわかったんだ。
「ご主人」
テオドラが僕を呼んだ。どうしたの、と聞く前に彼女は僕の耳元で魔法の二文字を呟いた。
あぁ、今日もテオドラがいてくれる事に感謝を。