ー7話
ー7話
モアッとしたマイクを巧みに使って、クッキリと歌詞を歌う。透明感の有る高音が心地良い。
抑え目の導入から展開が、サビの極限まで張った声を生かす。
言ってしまえば、このレベルのプロはケッコウ居る。しかし、気持ちに食い込んで魂を揺さぶるこの感じは、光治が知っている中で数人しか居ない。
娘だからだろうか?
いや。
客席の全員が食い入るように、ステージに集中している。誰か一人くらいはよそ事を考えているものだ。ロン毛の髪サラサラ兄ちゃんまで、バーの中で手を止めている。
3曲が終わった。
「え~それではですね。最後の曲になります。今夜はリクエストして下さった、憧れのほの子さんの為に歌わせて下さい……あいたい」
それは。客席すべてが涙に暮れた。春菜も大粒の涙を落とす。
普通涙を流すと、鼻の中にも流れ込んで歌えない。ボイストレーニングを受けていると、その歌い方を教えてくれる。
春菜はちゃんと受けているんだろう。
曲が終わった。
春菜はステージでうなだれたまま。客席も拍手を忘れた。
光治は立ち上がって拍手した。隣の若者が立ち上がって拍手してくれた。そして、全員がそうしてくれた。
やがて、
「ハルナ!ハルナ!ハルナ!……」
のコールに変わった。
グシャグシャの顔を上げて、春菜は笑った。
「ありがとうございます。わたし、負けません!みんなが名前を呼んでくれるから、何度だって立ち上がってみせます!!」
ライブの出演者達がステージの春菜を囲んだ。いい仲間に恵まれている。光治は安心した。
彼らが春菜の危機をチャンスに変えてくれるだろう。
物販で、春菜のCD3枚と、名前入りのピックとカポタストに、鳥のキーホルダーを買った。CDプレイヤーもギターも持っていないが、まぁ良い。
断ったが、春菜とチェキで写真を撮らされた。お買い上げの特典だそうだ。
仲間達とじゃれあう春菜に背を向けて、エレベーターに乗り四谷天窓を出た。
ビルの外で狭い空を見上げる。東京の空は曇っていて、星も月も見えない。
だが、涙を商店街の灯りが照らして、月のように見えた。
「四谷天窓の月か…一生忘れない月だな」
光治は、高田馬場駅に向かった。