織部夏樹は寡黙な彼女の母親的存在
朝
俺の名前は織部夏樹。
どこにでもいる普通の高校二年生だ。俺には生まれてからずっと一緒にいる幼馴染みがいるんだが、朝はいつも弱い。だからこうして毎朝そいつが遅刻しないように自宅の隣の家の玄関で待っている。
──ガチャ
「…」
「おはよう きぃ。」
彼女は小野清里。
先程言ってた俺の幼馴染みだ。俺自身は「きぃ」と呼んでいる。仲の良い友達は「きーちゃん」や「きよりん」など呼んでいる。
そんなきぃは、整えてないのか、ボサボサの髪の毛の状態で玄関に眠そうな顔で姿を現した。着崩しすぎた制服が寝起きの証拠であった。
「きぃ、また寝起きか?」
「…(コクッ)」
「はぁ…髪とかしてやるから洗面所行くぞ。失礼します!」
俺はきぃの手を掴んで彼女の家の洗面所に向かい玄関を後にした。子供の頃からお互いの家を行ききしていたから把握している。毎朝彼女の髪をとかすのが習慣になってる俺は慣れた手つきでブラッシングをする。
「…」
「痒いところはあるか?」
「…(フルフル)」
「あ、朝飯は食ったか?」
「…(フルフル)」
「またか…俺が作ってやるから後は自分でやれ」
「…(コクッ)」
そう言うときぃにヘアブラシを預けて、今度は台所に向かった。預けたのはいいが、きぃはちゃんとやるだろうか…。
朝はだいたいこんな感じで始まる。
この後は2人仲良く学校までパンくわえて全力疾走(正確には俺がきぃを背負ってだけど)。
ギリギリ校門を通過してなんとか遅刻は免れたが、毎朝人間ひとり背負って全力疾走はさすがに身体に堪える。
校舎前に着いた俺はきぃを降ろして肩で呼吸するように息を整える。
「…」
「…あ?気にすんな、いつもの事だ…ハァ…ハァ…」
「…」
「…あぁ、今日も晩飯作ってやるよ…ハァ…おばさん今日帰り遅いし…」
「…」
「おう、またな」
会話が終わると、きぃは小走り気味に校舎内に姿を消した。
その場に残った俺はまだ息を整えていた。
「ったく…もう少し早く起きられないもんかな…?」
「オッス!夏樹!」
呼吸を整えていた俺の肩をポンッと叩いた感触と、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
声がした方に顔を向けるとこれもまた毎日のように見る顔だった。
「今日も熱いね〜!ヒューヒュー!」
声の正体は菊原信太郎だった。
俺のクラスメートでサッカー部のレギュラー。
中学の時にたまたま席が隣だっただけで妙に仲が良くなった楽天家である。
持ち前のコミュニケーション能力や彼自身の辛いもの知らずの明るい性格、さらにサッカー部のレギュラーでもあるため同学年の女子にはモテまくりの憎んでも憎みきれない奴なのだ。
「信太郎…毎回言うけどな──」
「分かってるって、少しからかっただけだ」
「てか信太郎がこの時間に来るなんて珍しいじゃん。朝練は?」
「あぁ、サボり」
ただ少々サボり症なのが玉に瑕。
なんでこんな奴がモテモテなんだろうな…。
「そうだ夏樹、今日の現国宿題出てたじゃん。見せてくんね?」
「はぁ…授業までには返せよ」
俺はそう言うとカバンからノートを取り出して信太郎に渡した。
「サンキュー!今度ジュース奢るわ!」
ホントお調子者だから。
すると、ノートを渡した信太郎の後ろにある2階の教室の窓から顔を覗き込むきぃの姿を見つけた。
何やらそわそわしているが…。
キーンコーンカーンコーン
「「あ…っ!」」
そういやまだ外にいた…。
学校の遅刻は免れたが、ホームルームの遅刻は免れなかったみたいだ。
昼
4時限終了のチャイムがなって昼休みに入り、生徒一同はそれぞれの位置にばらける。
俺ときぃは今日は中庭でお昼を過ごそうとした。
ちなみに俺は自分の分の弁当と一緒にきぃの分も毎日作っている。
「…」
「おう、今日は自信作だぞ きぃ。今日はハンバーグだ」
「…!」
「おぉ!!美味そう!!」
「だろ?──ってなんで信太郎がいるんだよ!?」
「便乗!一緒飯食おうぜ〜」
今日は+αで信太郎も一緒にお昼を過ごすことにした。
普段信太郎は同学年の女子達に囲まれて昼飯を食べているため俺は少し珍しく感じた。
そう彼に言うと──
「俺はあーいうの苦手でさ…こう少人数でワイワイ飯食うの好きなだけ」
らしい。
「…」
「言ったろ?自信作だって!」
「…」
「おう」
「…」
「次は生姜焼きがいい?しょうがねぇな」
「(なんで夏樹って清里ちゃんの思ってることが分かるんだろ?)」
「あーあー、口の周りに米粒付いてんぞ」
「…」
「誰がオカンだ!」
「(な…なんで分かるんだろ??)」
永遠の謎である。