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魔王討伐を果たした勇者は、婚約破棄された悪役令嬢を指名する

作者: アロハ座長


「勇者アラン・ウェイカーよ。魔王討伐の功績として何か望みを言ってみるがいい」

「それでは、僭越ながら――ソフィア・ホーンビット公爵令嬢との婚約を結んでいただきたい」


 その一言に謁見の間では、ざわめきが起こる。

 王の第二王子は、その名に不快感を示し、貴族の中ではざわめきが起こる。

 この場には、王国の重鎮たちが集まり、その中にはソフィア嬢の父であるヒーンビット公爵もいた。


「勇者殿よ。望みは、それでいいのか? 我が王家には、第三王女もおる」

「いえ、俺が望むのは、ソフィア・ホーンビット令嬢ただ一人です」


 冷たい表情と切れ長な目を持ち、魔王を倒した覇気を持つ勇者の言葉に、誰も異を唱えることはできず、王命として勇者アラン・ウエイカーと公爵令嬢ソフィア・ホーンビットとの婚約が成立した。


 では、そのソフィア・ホーンビットとはどのような令嬢なのか。


 現国王の第二王子の元婚約者であり、世間一般では悪女という風説が流れている。

 偉そうな態度と身分を傘にする態度、また第二王子の恋人を虐めた罪などで婚約破棄された人物だ。

 巷の娯楽本では、それを題材として第二王子の恋人が王子の婚約者になるまでのサクセス・ストーリーが人気を博している。


 また事実とは多少は乖離している部分もあるが、王宮が開催する社交界で大々的に婚約破棄されたためにソフィア嬢は、その後の縁談は難しくなり、現在は公爵領で療養の名目で引き籠もっている。

 しばらくこの騒動が落ち着いたところでどこか静かな教会で修道女として入る予定であったらしい。


 そんな悪役令嬢・ソフィアは、王命で新たな婚約者として指名された人物と公爵領の屋敷で面会していた。


「お初にお目に掛かる。アラン・ウエイカーと言うものだ」

「……初めまして、アラン様。私は、ソフィア・ホーンビットと言います」

「…………」

「…………」


 互いに無言で見つめ合う中、お茶を用意して背後に控える侍女も緊張した面持ちで二人の様子を見守る。

 鋭い眼差しと戦いを潜り抜けてきた凄みのある勇者・アラン。

 美しくも冷たい印象を与える銀髪と青い瞳のどこか偉そうな雰囲気の悪役令嬢・ソフィア。

 そんな二人の面会は、妙な沈黙から始まり、それに耐えきれなかったソフィアからアランに尋ねる。


「なぜ、私を婚約者として求めたのでしょうか? 勇者ならば、望みは思うままではありませんか? それともまさか私を一目見て恋に落ちたなど、言うのではないでしょうね」


 胡乱げな目で勇者を見るが、もしそうなら勇者すら手玉に取る悪女となってしまいそうだ、と内心思う。

 そもそもソフィア自身は、外見が冷たいだけであり、悪女でもなんでもない。

 第二王子の婚約者として、求められるままに王妃の予備として学び、公爵令嬢の身分に見合った振る舞いをしていただけだ。

 ソフィアの本質は、冷たい外見から使用人にも気遣いできる人物なのである。

 それが勘違いされるだけであり、一部の親しい令嬢同士でなければ、近寄りがたい存在と勘違いされている。

 そんなソフィアからの疑問に――


「いや、俺は、君に会ったのは今日が初めてであり、そもそも恋や愛などと言うものを抱いていない」


 逆にそこまできっかりと恋愛感情を否定されれば、逆にこの勇者はなにがしたいんだ、と思う。

 よもや、巷で噂の悪役令嬢の顔を見てみたいなどだろうか。

 そして、アランはその答えを語れば、ソフィアが思う以上に真っ当であった。


「俺は、魔王討伐後の生活の安定のために君を求めた」

「それは、どういうことですの?」

「歴代の勇者の末路、と言う物を知っているか?」


 そう尋ねたアランだが、ソフィア自身は魔王と勇者の戦いは数百年周期で起こるものであるので古い情報は散逸している場合があり、首を横に振る。


「歴代の勇者の中には、勇者の力を恐れて国や貴族に暗殺される者も少なくなかった。そして、自らが王になるために勇者の力を振るって王位の簒奪を目論む者も中にはいた」


 他にも貴族社会に疎い勇者は、貴族たちの口車に乗せられて無茶な依頼を引き受け、その最中亡くなることもある。

 他にも田舎で暮らそうにも学がなければ騙されることもあったり、領地を得ても領地経営の知識や経験がないので結局人任せとなり、順風な人生を送るのは難しい。

 中には、冒険の仲間や各国の姫や令嬢をハーレムにして、家計を破産させたり女性問題を拗らせて背後から刺されて死ぬ勇者もいたそうだ。

 なんという醜聞の多さに勇者とはなにか、とソフィアは考える。


「俺は、そうした魔王討伐後に穏やかな生活を送るために、ソフィア嬢を貰いたい」

「それは、私に何を求めているのですか?」

「ソフィア嬢には、俺のアドバイザーになって貰いたい。王妃として学んできた知識と外交も想定された話術。貴族間のバランス感覚などを活用して俺を守って欲しい」


 そう言ってソフィア嬢に頭を下げる勇者アラン。

 その態度に唖然となるソフィアであるが、ふっと小さく笑い答える。


「魔王を倒した勇者が私のような小娘に守って欲しいと言うのですか?」

「ああ、俺は今まで戦うことが多かった。これから何かを学ぶにしても時間が足りない」


 その勇者アランの告白にソフィアは、美しい笑みを浮かべる。


「わかりましたわ。あなたの協力者となりましょう」

「助かる。それと俺の今後の身の振り方だが、幾つかの場所から勧誘を受けている。それの相談を頼む」


 勇者が取り出したリストは、現在彼が勧誘されている場所である。

 冒険者ギルドの役職や王国の騎士団長や専属顧問の身分、教会の神聖騎士の身分、魔法学園の講師としての招致、貴族への爵位と領地など様々なものがあるが――


「これはダメですわね。王国の騎士団長になると言うことは、現在の騎士団長を蔑ろにすること。専属顧問の身分は、王族に剣を教えたりする役職ですわね」

「じゃあ、無理だな。騎士団長に恨まれたくないし、冒険者としての剣は、実践的だからな」

「ならダメですわね。次に教会ですが、教会も一枚岩ではないですし、教会が勇者の権威を笠にやりたい放題の未来が見えますわ」

「だよなぁ。金払いは一番良いが、それが信者の寄付だと考えると素直に喜べもしない」

「魔法学園の講師は、臨時でいいのではないかしら?」

「俺もそれは考えているが、新しい魔法の開発という面ではなくやはり実践的な攻撃魔法の講義になってしまう」

「貴族の爵位と領地ですが、与えられる土地は、未開拓の地が多い場所ですわ。それに領内運営には、沢山の人材が必要ですわ。それを集めるには多くの貴族から人材を借り入れるんですけれど、敵対派閥の貴族家から人材を集めれば、互いに足の引っ張り合いですし、そもそも王国としてはアラン様の資産を消費して王国内の開拓事業を押し付けるつもりですわよ」


 そうして、一つずつアランとソフィアは、勇者の今後の身の振り方の候補を潰していく。

 そして――


「やはりか。なら中立地域の冒険者ギルドのマスターになりつつ、臨時の魔法学校の講師が一番だろうか」

「それが無難ですわ」


 もはや一枚のリストを隔てて戦友と言っても良いような関係をアランとソフィアは築くことができた。


 勇者・アランはソフィアとの相談の通り、中立地域の冒険者ギルドのギルドマスターに就任し、その町に屋敷を建てた。

 また、ソフィアとの結婚に関しては、一度婚約破棄されたソフィアとの結婚は非常に慎ましく行なわれ、彼女を溺愛する両親であるホーンビット公爵家と彼女の令嬢友達を集められた内々の結婚式となった。


「すまんな。公爵令嬢にふさわしい結婚をするべき立ったんだろうが」

「アラン様、気にしないで下さいな。一度婚約破棄された女が盛大に結婚を開くよりも静かにしていた方が身のためですわ。それに、第二王子の結婚式もあるのですから盛大に開くと目を付けられてしまいますわ」

「そうか、そうだな。すまなかった」


 わざと元婚約者であるソフィアの結婚式に被せ、国全体から祝福される第二王子。その煽りとして招待客の貴族が集まらずに寂しい結婚式になれ、という様な意思を感じるが、ソフィアは気にしていないことを告げる。

 それに集まってくれたのは、ソフィアにとって大事な友人であり、令嬢であり、本来はソフィアを経由して第二王子、ひいては王家を支える貴族家である。

 その当主は第二王子の結婚式を表面的に祝うだろうが、新たな第二王子の婚約者である成り上がりの下級貴族令嬢を支えることはない。


「さて、行きましょうか」

「ああ、行こうか」


 アランとソフィアは、慎ましい結婚式を行なうが、その仕立てられたウェディングドレスは、友人の令嬢の生家で作られた美しい物だ。

 そして、用意されたティアラや結婚指輪は、勇者アランが冒険の最中手に入れた様々な宝石を宝飾品の得意な職人が抱えるこれまた令嬢の友人の伝手で作られ、国宝にも匹敵するものになった。


「勇者アラン・ウェイカー。公爵令嬢ソフィア・ホーンビット。汝らは、互いに生涯の伴侶として誓いますか?」

「「誓います」」

「では、誓いのキスを――」


 そうして、令嬢にしては背の高めなソフィアに屈むようにして顔を合わせたアランがソフィアの唇を奪う。

 そして、誓いのキスが成立した二人は、こうして夫婦となった。

 すぐに、ソフィアはウェディングヴェールで顔を隠すが、初めてのキスがこれほど緊張するとは思わず恥ずかしさを覚えていた。

 悪役令嬢と噂されるソフィア嬢がそのような初心であることは、この場にいる全ての者たちが知っており、微笑ましげに見つめている。


 対する勇者アランは、冒険者として各地を周り、魔王を討伐した者であるために色恋の一つや二つ経験しているように涼しい顔をしている。

 だがその実、彼は自身の魔王討伐後の生活に汚点や生涯になる可能性があるものを極力避けていたために、娼館に行くことも誰かと恋愛することもない。

 ただ冒険者として得意なポーカーフェイスで隠していたのは、勇者以外には、本日神父になってくれた勇者の元仲間である僧侶だけである。


 こうして勇者アランと悪役令嬢ソフィアとの結婚が成立し、二人は、ホーンビット家から何人かの使用人を連れて、中立地域の町へと向かいそこで生活を始める。


 勇者アランは、ギルドマスターとしての仕事を熟しながら、難しい依頼に対しては自らが熟したり、ギルドの冒険者の能力を上げるために冒険者の指導。また実践的な魔法の使い方を教えるためにその町の魔法学校の臨時講師を務める。


 悪役令嬢ソフィアは、その町では勇者の妻という立場があり、また第二王子に婚約破棄された悪女という噂がないために心機一転して穏やかに過ごせていた。

 ただ王妃教育などでの過密な生活からアランのアドバイザーとしての立ち位置だけとなると暇になるので、アランの許可を得て王妃教育時代に行なっていた孤児院の視察と手伝い、町の奉仕活動などを行った。

 また冒険者として怪我をして冒険者を続けられなくなった者たちへの支援計画などを立案し、アランの許可と資産を得て実行するなど、精力的に活動する。


 勇者アランによる指導により、冒険者の死亡率の低下、依頼の成功率の上昇

 悪女ソフィアによる様々な支援活動により、冒険者の廃業後の生活の安定により孤児発生の抑制、孤児への支援。


 そうした治安、経済、福祉などで少しずつ町の発展に貢献された。

 そして、私生活では――


「……穏やかだな」

「ええ、そうですわね」


 勇者アランが恋愛を遠ざけていたので拗らせ、悪女ソフィアはお堅い価値観から初心であるために、結婚してからの私生活は、非常に穏やかで良好な関係を築いていた。

 戦友のような関係を求められて始まった生活だが、アランの相談による理想に憧れ、互いに尊重する一方、恋愛を遠ざけたために拗らせた勇者と王妃教育でお堅い価値観を持つ初心な悪女は、それなりに心を通わせ良い夫婦となっている。

 ただ、互いに仕事が忙しいので、こうした穏やかな触れ合いは少ないが、その会えない時間を埋めるような接触は、使用人たちから生温かな目で見られている。


 そして、勇者アランと悪役令嬢ソフィアは、子宝に恵まれ、勇者として歴史の闇に葬られることなく、穏やかに老衰で二人とも亡くなることができた。

 そんな二人の裏には、多くの人の尊敬と手助けがあったのである。



秋の夜長に即興的な短編です。息抜き程度にどうぞ。

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[良い点] ほのぼのとしていて読後感が大変良かったです。 何度でも読みたくなるお気に入りです。 [気になる点] すごく細かいのですが 「王の第二王子」という表現は「頭痛が痛い」と同じことなのではないか…
[一言] 「国家として総力を以ってしても倒せなかった魔王を倒した」 =「戦力は魔王よりも上」 となると待っているのは 「いつ牙を剥くか判らない」 という恐れ。「誰があいつに首輪を嵌めて、檻に閉じ込める…
[良い点] ほのぼのとしたあたたかいお話で、読後感が良かったです。巷に溢れる盛大なざまぁも好きですが、ほんのり心温まるこの物語も面白かったです。 [気になる点] 第二王子のその後とか少し気になりまし…
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