願い事
独りの男は、何を願うのか。
今年は一人、七夕に願いを託すことになった。もう一人だし、やめようかと思ったりしたものの、結局、去年の思い出を捨てきれることができなかった。何を高校生の書く小説のようなことを言ってるんだ、と、自分を叱ってみたりした。しかし、自分で自分を叱っても、何も変わらない。
何を深く考える間もなく、一人しか住んでいない、空気の通り過ぎる部屋には、大切そうに笹が置いてあるのだ。
一年前、自分は何を願ったろうと、記憶の箱をひっくり返す。捨てたはずの写真のデータをスマホで探す。あった。
「二人で幸せになる」
言い切っていた。この二か月後には、この願いは手の届かないところにいってしまうことになる。今までは、失恋したり、別れたりしても、それほど引きずることなく、「さあ、新しい出会いを」とあかるく振舞っていた。けれど。
昔より年を取った。当たり前だ。メンタルが少しずつ弱くなってきているのを自分でも感じていた。自分の中で悲しい思い出になっている記憶を捨てきれず、自分で傷跡を掘り返して泣く。
今年は何を願おうか。目の前の笹にむかって呟く。
今、なんの願いも持っていない。短冊はある。笹もある。なのに、そこに何を書けばいいのかわからない。
新たな出会いがありますように、か?違う。
ふっ、と息を吐きだした。気づけば息を止めていた。そうか。息が詰まっていたのかもしれないな。願い事は、別に無理に書かなくてもいいな。
とりあえず。
「天の川を越えて、二人が無事に再会できますように。」