オピオンの卵 その3
同日
同場所
ベクター隊第1部隊アスラー・アスワド軍曹
「こちらベクター1-1。全隊、帰艦せよ! すぐさま第2次攻撃に移るぞ!」
アスワド達、ベクター隊は第1次攻撃を済ませた後、次なる攻撃の為に一度母艦に戻り補給をしようとしていた。
「司令部、こちらベクター1-1。ベクター隊はこれより補給の為、帰艦する」
「了解ベクター1-1。これより戦艦ミニッツ3世が弾道射撃を行う。射線上から退避しなさい」
「了解した」
メイキットは司令部との通信を終えると次に隊員に「射線から避ける」と命令し、少しだけ進路をずらす。弾道射撃とは、戦艦が搭載する大口径主砲で行うもので目標との距離が50キロメートル以上離れている時の射撃の事を言う。
ベクター隊は艦隊の後ろに旋回すると、メイキット達、第1部隊から着艦を開始する。
「こちらベクター1-1。司令部、着艦するので指示を願う」
「了解ベクター1-1。1-1、1-2、1-3は第1デッキから順番に着艦してください。・・・速度、高度体勢、共によし。1-1着艦してください」
ターニャの的確な指示によりメイキットは速やかに着艦をし、甲板を走るとゴム状の減速器により格納庫へ続く甲板エレベーターの上で止まる。
メイキットの着艦準備開始から完了まで計数十秒であった。このぐらい早くないと全てのFCLの着艦が間に合わないのだ。
「続いて1-2。・・・速度、高度、体勢、オールグリーン。どうぞ」
「ありがとよ、ターニャ。1-2着艦する」
ドグレスもメイキットと同じように綺麗な体勢で甲板に乗り、メイキットの隣の甲板エレベーターに止まる。
空母の着艦は波で動く甲板やらでかなり難しいのだがやはり、熟練の技と言うものなのだろう。
「1-3。着艦コースに入りなさい。高度少し下げて・・・オールグリーン。着艦いいわよ」
「了解、1-3着艦する」
着艦準備の時に出しておいたタイヤが甲板の上に乗る。そして、次の瞬間には減速器により激しくアスワドの体が前に持って行かれる。甲板エレベーターに着くと、アスワドの機体は固定され、メイキット達と3機同時に格納庫へと降りる。
格納庫へ到着すると、FCLの固定が外され、また上り用の甲板エレベーターに向かい、その間に次の出撃のための補給等を済ませるのだ。
アスワド達はコックピット内で各種の操作をし、補給の準備を始める。
「エンジン、パワーオフ。給油ボトルオープン、防風ハッチ開放、補給お願いします」
アスワドは確認を終えると、ヘルメットを外し深いため息を吐きながら背もたれに体重を預ける。周りでは、整備士達が洗練された動きで補給を始めていく。すると、隣にいたドグレスがお互いのFCLを挟んで調子を聞いてきた。
「おうルーキー、だいぶお疲れのようだな。どうだい初陣は?」
「なんかもう、いっぱいいっぱいでした」
「ははははは! そりゃあそうだ。にしてももう力が抜けてやがる、才能あんぞおめえ」
「いや、今めっちゃ手震えてます。何か空母の乗組員が目にはいちゃって」
「・・・それって、罪の意識ってやつか?」
「はい、それです」
「・・・早急にそれは捨てときな、いつか潰れるぞ」
「分かってるんすけど、もうあの目が忘れられないです」
整備の作業音が鳴り響く中、ドグレスは珍しく真剣な顔で何か考える。そして、こちらにまっすぐ目線を向け再び話し出す。
「例えばだが、もし俺らがいなかったらここにいるこいつらってどうなると思う?」
ドグレスの真意が読み取れず、困惑するがドグレスの真剣な顔から見て真面目は話だと想像し、答える。
「・・・最悪の場合、死ぬかもしれないっす」
「本土の人達は?」
「同じです」
「だったらそいつらを守ってる、と思え。いくらか重みが違ってくるだろ」
「・・・心がけます」
ドグレスの言葉にアスワドの手の震えは収まる。
「なんとか、震えが止まりました。先輩ってどうやって克服したんですか?」
「あぁ? ああ俺はなー、まあ、軍に入ったときから色々あったからなあ、そんなことがまずなかったわ」
アスワドはドグレス言葉に引っ掛かるが、整備員がコックピットに上ってきたので気をそちらに向ける。
「アスワド隊員、換装、燃料補給が終わったので作動チェックお願いします」
アスワドはモニターを見て、燃料や兵装が正常か確認する。
「了解しました。燃料、よし。火器兵装、よし。出撃可能です」
アスワドは整備士に「ありがとうございます」とだけ言い、
メイキット隊長の無線チャンネルを合わせる。
「メイキット隊長、アスワド機出撃可能です」
「こちらメイキット、了解した。・・・こちらベクター1-1、第1部隊出撃準備完了、いつでも行ける」
「こちら司令部、了解第2、第3部隊の準備完了まで待機せよ」
「だってさ、聞こえてたよねアスワド。といってもコックピット内での待機になるけど、まあリラックスしときな。今精神がまいってるだろうから」
「そうします」
アスワドはそう言って、体を伸ばそうとするが、突如激しい衝撃と轟音がする。その激しい揺れは艦全体を大きく揺らし、格納庫のいたるところできしむ音や、工具が落ちる音がする。
「え!? 被弾!?」
「んな訳ねーだろーが馬鹿!」
ドグレスのきつい突っ込みが返ってくる。
「もし本当に被弾なんてしたらこんなもんじゃないよ。多分近くの海にでも砲弾か対艦ミサイルが落ちたんじゃないかな」
「ああ成る程、って今戦闘中ならリラックスなんてしてる暇ないじゃないですか!」
「いやいや、だからこそ心を落ち着かせることが大切なんだよ。落ち着かせないと冷静な判断なんて出来やしないからね、常に冷静でいることが大切なんだよ」
「メモっときます」
「あははは、そうしときなー」
なんて、アスワド達は力を抜いてると、整備士の1人が慌ただしく格納庫に入ってくる。肩で息をしながら膝に手を付いていたが、そのうち息を整え、顔を上げると何やら緊迫した顔をしていた。
「左翼の駆逐艦がやられた!! 艦橋が燃えてる!」
「救護隊は!?」
格納庫内の誰かが言った。
「今向かっているが、艦橋にミサイルが直撃じゃあ・・・」
「まだ沈んではねーだろ!」
「いや、俺が見たときは船体が傾いていた」
「だったら、俺達が仇を撃ってやるぞぉ!」
どうやら、さっきまでの声はFCLのパイロットのものだったようで、声には士気に溢れていた。そしてその声に反応して色々なところから雄たけびが聞こえてくる。
「見ろアスワド、これが戦争ってやつだ。首脳部どもは国のためつって抜かしてやがるが、ここ戦場ではそんなもんは関係ねー。あるのは誰かの仇討ちか、そんなもんつまりは私情ばっかだ。どうだ? おもしれーだろ?」
「おもしろいかどうかは知りませんけど、なんかもっとお国のため~っとか、正義のためーって感じかと思ってました」
「そんな奴もいるにはいたがどれも胡散臭い奴らだよ」
「じゃあ、ドグレス先輩も何かしらの理由でここに?」
「ああ、そうなるな。まあ、人に言えたことのようなもんじゃねえけど」
2人がFCL越しに話し込んでいると、とうとう第3部隊までの出撃準備が完了する。
「第3部隊までの出撃準備完了を確認したわ、第1部隊、準備はいいわね」
「こちらベクター1-1、いつでも行ける」
「りょーかいベクター1‐1、第1部隊、リフトアップ」
ターニャの言葉と同時に甲板エレベータが作動し、アスワド達を乗せたFCLは上へ運ばれていく。
「こちら司令部現在、重巡艦と、戦艦の攻撃により敵艦隊の約6割の戦力を削っています。あなた達、ベクター隊は敵艦の機関部を破壊し足を奪って下さい」
「ベクター1-1、命令を受理した。現在の敵艦隊の状況を教えてくれ」
「空母1大破、航行不可。重巡1轟沈。重巡1中破、ミサイル攻撃不可航行可能。駆逐艦2大破、航行不可。残り空母1、重巡1駆逐艦3は健在以上です」
「ありがとう、助かった。・・・聞いたかお前ら、ベクター1は空母を、ベクター2、3は駆逐艦を優先的に攻撃を仕掛けろ」
「ベクター2、了解」
「ベクター3、了解した」
メイキットの作戦の伝達が終わると丁度、甲板に固定された振動がアスワドの体に走る。
「ベクター1-1、甲板エレベーターとのロック解除、エンジンパワーオン・・・出力よし、出撃可能」
「ベクター1-2、同じくロック解除・・・エンジンよし、いつでも行ける」
「ベクター1-3、ロック解除よし、エンジン・・・出力安定、出れます」
「ベクター1の全機出撃の準備完了を確認、ベクター1-1から出撃してくだーー、命令中断! 出撃止め! 繰り返す出撃止め!」
「んだよ、どうしたってんだ。これじゃあ拍子抜けじゃねえか」
「重巡洋艦ミシシッピ3世のミサイルが敵最後の空母に命中、甲板を完全に破壊の模様、よって我が艦隊はこれ以上の追撃は必要ないと見え本戦闘を終了する。が司令官の見聞です。よって格納庫に戻りなさい」
「んだよ、しゃーねーなー」
「ってことだね。降りようか」
ドグレスは不満を隠さず表しながら、エンジンを切っていく。アスワドもいそいそとシステムを落としていき再度甲板エレベーターにロックする。彼は出撃できなかった事を少し嬉しがっている自分に気づいて小さく舌打ちをした。
今回、アスワド達が所属する艦隊は駆逐艦を1隻、戦艦1隻が船体に損害を負ったものの、敵艦隊を6隻無力化させた。そして、本来の作戦目的であるファジー島に進軍を再開した。