オピオンの卵 その17
2060年6月17日
バルパラッソ
ブレーズ隊第1部隊アスラー・アスワド先任軍曹
「それは2人で作るということでしょうか?」
ジゼルは声を張ってそう言う。もし、同じ隊だったらどちらが隊長をやるのかを懸念してのことだろう。
「いや、2つ作ると仰ったので、それぞれの隊だろう」
自分の隊を持つ。これはパイロット養成時代には誰もが夢に見て、前線に配備されてからも憧れを持つも、成し遂げられず無念の死を遂げる者がほとんどなのだ。
また、たった1年足らずで部隊長になるのは異例中の異例であった。
「やらして下さい!」
そう言ったのはジゼルであった。彼女が目標「最強のパイロット」のことを考えると、即答するのも当たり前であった。テイクはジゼルの返事を聞くと、満足したように頷く。
そして、次はお前が「はい」と言えというような顔でアスワドを見る。だが、黙り続けているアスワドを見て少し首をかしげる。
「本当に我々でよろしいのでしょうか」
アスワドは分かりきった質問をしてしまう。だが、どうしても確認しておきたかったのだ。
「アスワド、お前は自分が思っている以上に期待されているのだぞ」
「期待、ですか」
その期待という2文字の言葉にどれだけの重みが何人の思いが思惑が含まれているのだろうか。アスワドはその期待という言葉を素直に受け取ることは出来なかった。
「・・・ったく、自分の隊が持てるのよ、しかも特殊部隊、いったい何を迷ってるの? 軍人としたら花道以外の何でもないじゃない。即決しないとかまさか、ことわ」
「いや」
アスワドが返事するのにためらっていると、ジゼルがしびれを切らすが、言い切る前にアスワドは決断する。
「やります。FCLの先駆けになります!」
アスワドはそう言うと、足をそろえて敬礼をする。ジゼルも「さっさと答えろよ、のろま」と嫌みを言いながらも、アスワドに倣って敬礼をする。
テイクは2人の意思を受け取ると、デスクに戻り紙を1枚取ると2人に見せる。それは提督直々の2人にあてた辞令であった。
「早速だが、アリシカのFCL研究所に向かってくれ、そこで新開発のFCLを受け取って来い」
アリシカとはアメリア大陸の最北部で夏といえども厚着しないと凍えるような極寒の地であった。
「わざわざ、そんなところに行かなくても、南アメリアにも研究所はあるじゃないですか、しかもそんなところに施設があるなんて聞いたことないです」
「ああ、表向きにはあそこは何もないことになっている。だが、あくまでも表向きだ」
「まさか、極秘の」
ジゼルの返しにテイクは無言で頷き肯定する。
「言っておくが、今回の特殊部隊の創設は極秘扱いになっている。くれぐれも他言しないように、それと敵の諜報員がいると思われるので、軍の航空機や車両は使えない自力でアリシカまでたどり着いてくれ」
極秘と言っときながらいきなり放り投げだが、まだアスワド達の顔が敵に割れている可能性が低いと考えるとそれほど無茶な指示ではなかった
「多分、今は上空規制、海上規制があるから陸路でいくしかないな」
「陸路ってことはリニアモーターカーでしょうか?」
ジゼルが言ったリニアモーターカーとはアメリア大陸を南北に縦断する長距離移動に使う列車で南アメリアと北アメリアを約6時間で結ぶ交通機関であり、いつも多くの利用者で満席であった。
「そうなるなまあ、今すぐ向かってくれ、それと隊が正式に設立されるまで書類上では異動で事務部のどっかにでも所属させておく」
テイクは案外、重要なことをサラッと言うと、思い出したようにデスクから財布に入るようなカードを4枚持ってくる。
「これは軍のクレジットみたいなやつだ。移動の際の出費は全部これに任したらいい、カードが使えないところは知らんがな。で、これが部隊設立前までのお前たちの軍コードだ。
もし、途中で関係者とかかわることがあるならこれを使え。今持っているFCLパイロットの物は使えないから注意しろ。以上行ってこい」
テイクは言い終わると、カードを2枚ずつアスワド達に手渡し、デスクに戻っていくアスワド達は敬礼をすると部屋から出ていく。
「じゃあ、2時に正門集合ね、それまでに移動の準備を整えなさい」
ジゼルは部屋から出るといきなり仕切り始める。アスワドは不快に感じながらもいちいち指摘するのも億劫だったので、素直に従う。
アスワドは部屋に戻ると、早速準備に取り掛かる。用意されている部屋は1人でやっとなぐらいの狭さでベットと机だけでほとんどの床面積が占領されている。
外行きの服や部屋着などは壁から壁に吊るした紐にハンガーで吊るしてある。これは先輩方から教えられた部屋の活用法であった。
外行きの服を一着だけ残していつも使っている旅行用の大きめの黒色のリュックに詰めていく。制服を脱ぎしわがつかないように丁寧にたたんでそのままリュックに詰め込む。
残しておいた外行きの服はジーパンと、黒色の無地のTシャツであった。職業上特におしゃれをする必要がないので持っている服のほとんどがこれに似たようなものであった。
ドア近くの掛け時計を見ると2時の10分前だったので正門に向かうことにする。
今思うとこの部屋で過ごしたのは1週間もなかった。そのせいかまだベットはしわができておらず、最初に来た時と同じであった。
部屋に出ると「行ってきます」と小さく誰もいない部屋に向かって言い、寮を後にする。
正門に向かうとまだジゼルの姿が見えなかった。丁度良いと思いアスワドは全世界で流行しているスマートフォンの次世代通信機プラスサポーターを起動させる。
プラサポは手のひらサイズの円盤形の機器でポッケ等にいれた状態で真ん中にある大きなスイッチを押すと所有者の手元にホログラムが移りそれを操作するといったものであった。その上、機能性はスマホと同等の能力を発揮する便利物なのである。
アスワドはリニアモーターカーの今日の空席具合を確かめるが、どの時間帯にしても満席状態であった。南北を短時間でつなぐ主要交通機関なので何日も前から予約をしなければ、2席も確保することなんて不可能であった。
参ったと思いながら頭を掻くと、軍の施設には似つかわしい女性の姿が目に映る。白のワンピースに腰に黒のベルトをしていて、ハットを斜めに被り、動きやすさを考慮してかスニーカーを履いていたが、おしゃれ女子そのままであった。
「お前、なんていう格好を」
「それは似合ってるという意味よね」
そう言って裾を持ち上げて昔の育ちの良い少女のような真似をする。
「知るか、てかリニア席空いてないぞ」
「何よそれ、どうすんの」
ジゼルは自分の目で確認しようとアスワドのプラサポを覗き、満席なのを確認すると舌打ちをし「何してんの!」と言いながらアスワドを睨みつける。アスワドは「俺のせいじゃねえだろ」と思いながら代案を考える。
「あ、確か寝台列車で中部の都市まで行くのがあったろ」
「ふざけんな、何日かかると思ってんの」
アスワドは近くでアメリア中部行きの寝台列車が止まる駅を探し、何日かかるのか調べる。
「1週間ぐらいだな」
「冗談じゃない、リニアの空きを待ったほうがマシね」
「空くことなんてないと思うがな、それこそ1週間先の予約を入れるぐらいしか乗れないと思うがな」
「・・・ったくもういい、それで席は空いてるんでしょうね」
「うーんと」
アスワドは一番早い列車の席の確認をする。
「・・・ツインしか空いてないな」
すると、いきなりローキックがアスワドのすねに当たる。
「痛って! なにすんだよ!」
「なめたこと言ってるからでしょ! ツインとかあんたと!? ふざけんな!」
アスワドは納得させるためまた画面を見せる。
「ほら、見ろ、あきらめろって、できるだけ早くって言われたろ。今から行きゃあ18時代のに間に合うそれまでに服とか買えばいいだろ」
ジゼルはしばらくしゃがみ込んでうなだれると覚悟を決めたのかこちらを見上げる。
「・・・変な気、起こさないでよね」
アスワドはジゼルの拍子抜けな忠告にあきれて頭を押さえる。
「俺は思春期の男子か!」
「だって、雄じゃない」
「ああ、理性を兼ね備えた人間の男な!」
アスワドはジゼルは本気で馬鹿なんじゃないかと思い始める。
今日、めっちゃ大きい入道雲見ました。ラピュタあったかな