オピオンの卵 その16
2060年6月15日
バルパラッソ
ブレーズ隊第1部隊アスラー・アスワド先任軍曹
第9艦隊は帰還命令が出てから2週間で南アメリア大陸の南部に位置する港町、バルパラッソに帰港した。ここは南太平洋を主な管轄としているバルパラッソ鎮守府があり、第9艦隊はそこの所属であった。
バルパラッソは古くから栄える港町で特徴的なのは港から唯一の平地にある大通りを挟んですぐの急斜面に所狭しと建物が建っていて、昔の名残でカラフルにペイントされているのだ。
今では南北で一つの国に統一されてからはここは主要の海軍基地になり更なる活気に溢れている。大通りには高層ビルや、おしゃれな飲食店が街路樹のように建っていて、企業のオフィスや複合商業施設などが入り混じっていた。
そして、この町に構える鎮守府は港の軍の管理地にあり、土地柄似合わせて外見は簡素なコンクリート作りの平屋になっていて、アメリア軍のエンブレムであるアメリア大陸をモチーフにして白星を縦に三つ並べた三星旗がなければその建物が軍のものであると分からなかった。
第9艦隊は全艦に錨を下ろさせると、作戦終了を告げた。乗組員達は各艦の損傷した箇所を改めて調査し、ドックに入り修理の手続きをする。
その間、パイロット達は手持ちぶさたなので、艦内でと限定付きではあったが、自由行動が認められた。と、言っても彼らは自然と甲板に上がり、どこから持ち込んだのかボールや、ラジオを持ち出してグループを作って各々と楽しんでいた。
アスワドも海風に当たりながら、バルパラッソの町の風景を眺めていた。雲は一つもなく、海風が心地よかった。港近くの簡易テントが張られただけの魚市場には今朝釣りあげたばかり鮮魚を買おうと多くの買い物客であふれていた。
既に昼近くなので昼食の食材を求めているのだろう。大通りも多くの飲食店があり、バルコニーで談笑したり、第9艦隊を物珍しく見ている人でほとんどだ。
「あんた、やっぱボッチなんでしょ」
甲板のへりに腰かけていたアスワドに後ろからジゼルが声をかけてくる。
「別にどうだっていいだろ、てかお前だってそうじゃないか」
「一緒にしないでくれる? あんたと違って私はモテモテなのよ」
すると、遠くの方から「ジゼルちゃーん」と自分のグループに誘おうとする男の声がする。ジゼルはそれを笑って手を振りながら受け流す。
「ほら?」
ジゼルはこちらを振り返るとどや顔で見下してくる。
「別に、ここにいないだけで同期にはちゃんと友達いるし」
「どうせ、数人だけでしょ」
「・・・なんでわかんだよ」
「何でってあなた万人受けしなさそうだし」
「逆に何だよ万人受けするやつって」
すると、ジゼルは片足で一回転する。アスワドはその行動の意味がわからず、首をかしげる。
「私みたいな華麗で、それでいて女の子にもすかれる魅力があって後輩にも慕われるようなカリスマ性を持っている人のことよ」
「んなやついるか! てか、自分を棚に上げてんじゃねえ!」
アスワドは立ち上がってジゼルを否定する。そんな2人の平和的な会話にスクアラが水を差す。
「お前ら暇そうならちょっと手伝え」
そう言って渡してきたのは今回の作戦によって消費したブレーズ隊の補給の要請報告書であった。
「こんなの部隊長がやることでしょ」
ジゼルは不満げに言って、「自分の仕事ではない」と訴える。
「俺は他にも色々あるんだよ、それ今日中に終わらせないと補給が遅れるから速くしろよ」
スクアラは書類をジゼルに押し付けると「じゃ、頼んだぞ」と手を上げてさっさと艦橋に戻っていった。
ジゼルは振り替えると上目使いでアスワドを見る。
「ねー、おね」
「悪いが、お前の媚びには全く効かないからな」
アスワドはジゼルの頼みを聞く前に先手を打つ。
「せめて言い終えるまで待ちなさいよ!」
アスワドもめんどくさいので出来ればやりたくなかったが、スクアラに従わないわけにはいかないので、仕方なくバルパラッソの町並み観賞をあきらめることにする。
「ったく、さっさと終わらせるぞ」
アスワドはそう言うと、ジゼルが持っていた書類の束を奪うと、それは燃料、弾薬、替えのパーツ、予備機など出撃したごとにそれぞれの消費量の報告を細かく求めていて、アスワドの顔を引きつらせるには十分であった。
この書類を海に投げようとするのを何とか抑え込みつつ、どこかに行こうとするジゼルの襟を引っ張りながら、とりあえず格納庫に行くことにする。
2人で何とか書類の項目を全部埋めたころには日が傾きかけていた。食堂で作業をしていたスクアラに提出しに行くと、アスワドはスクアラの手元に戦死者報告書の書類があることに気付く。
「部隊長、これって」
「これか? 明後日葬儀だからな今日中に上に出さなきゃならん」
「葬儀って遺体があるわけじゃあるまいし」
ジゼルがアスワドも気になっていたことを言う。FCL乗りは役柄上遺体が残ることなんてまずめったにないのだ。それにスクアラは作業をしながら答える。
「まあ、棺の中には形見か彼らの所持品を中に入れるんだよ。ぶっちゃけこの戦死者の名前を書いていくのが一番つらいね」
「部隊長が弱音を吐かないでください」
ジゼルはスクアラの弱音を許さなかった。アスワドは慈悲もないなと思いつつ、ジゼルの考えも何となく想像できた。
「ってあれ? ってことは俺達陸に降りれるんですか?」
「そういうことだな、多分急務がなければ艦の修理が終わるまでは外出許可は出るんじゃないか?」
アスワドは久しぶりに良い事を聞いたと思った。修理が終わるのは大体1か月弱くらいだ。その間は陸で過ごせると思うと、わずかに心が躍った。
「あんた、まさか葬儀があるっていうのに陸に降りれるのを楽しみしてないよね?」
「べ、別にいいだろそんくらい!」
まさか、ジゼルに見透かされると思っていなかったアスワドは言葉に詰まる。
「まあ、ずっとこんな狭いとこにいたしな喜んでも罰は当たらんだろ」
そこで、スクアラが肩を持ってくれたのでアスワドは自分だけが浮かれていたのではないと知りホッとする。
スクアラは立ち上がり伸びをすると、「終わったから提出しに行ってくる。手伝ってくれてありがとな」と言い、食堂から出る。
「んじゃあ、また甲板に上がるかぁ」
アスワドはそう言って食堂から出る。ジゼルも自然とついてくる。
「そんなにバルパラッソが好きなわけ?」
「うんまあ、町並みというより見かける人達が何のためにそこにいるのか、そこからどこに行って次に何をするのかを考えるのが楽しい」
「・・・ふーん、変態ね」
「何でだよ!!」
アスワドは真面目に答えたのが恥ずかしくなってきた。
「てか、何でついてくるんだよ」
「風に当たるのが好きなだけよ」
そう言って、2人でバルパラッソの夜景を夕食の時間になるまで眺めていた。
そして、明後日アスワド達は陸にある寮にいったん帰り、制服に着替えると用意されたバスに乗り墓地へ向かう。バスは町外れの森に入り、小一時間で開けた場所に出る。
そこが墓地であった。そこは奥に大きな十字架がありそこから手前まで等間隔に石板が建てられていてその一つ一つに戦死者の名前が記されていた。
アスワドはバスから降りると、今回の戦死者の数だけ既に穴が掘られているのに気づく。太陽がまぶしく帽子を深く被り直す。それから、遺族が来ると、式は始まり1時間ほどで終わった。
それからまた、鎮守府に戻る。その間、アスワドの頭に何度もフライアーの家族と思われる若い妻が泣き崩れる姿がフラッシュバックした。
鎮守府に着くと、アスワドは寮の自室で休もうと思ったらどあの下に第9艦隊司令テイクの元へ来いといった内容の招集命令を受けたので、何かやらかしたと必死に頭を回しながらも、鎮守府の本部に向かった。
アスワドは重厚な木製のドアを開けてなかに入ると、中は近代的なオフィスのような造りで入り口のすぐ前にあるのはエントランスがありここで受付を済ませ、用事のある部屋へ行くのだ。
そこから右には作戦司令室、提督の執務室で左に行くと第9艦隊司令執務室から始まり、第10、第11の執務室と続いている。
アスワドは受付に司令官からの招集状を見せる。受付の女性は慣れた手つきでアスワドから受け取ると、ディスプレイと向き合い指令の確認を取る。
アスワドは既に入室許可が出ている事を事務的に教えてもらうと、招集状を返してもらい、司令官の執務室へ向かう。ダークブラウンの風格ある木製のドアをノックすると、間髪いれず「入れ」と返ってくる。
室内は大きなデスクとその前に応接するときの高級そうなテーブルとフカフカなカウチが向かい合わせに2脚あり机にはポットとインスタントコーヒーがあるだけであった。
「失礼します」
アスワドはドアを閉めると緊張して気を付けの姿勢で動かないようにする。アスワドはテイクの姿を見るのは初めてで司令官となると階級的には中将や大将になるので、てっきり老練な方だと思っていたら40代いくかいかないかぐらいで若い印象を受けた。
だが、髪をすべて後ろにして固めていることも関係するのか威厳はあった。
「少し待ってくれ、実はもう1人呼んでいてな話はそれからだ」
テイクは今回の出撃の後処理に追われ、手を動かしながらアスワドにそう伝える。アスワドは急に放置された事に驚きながらも、命令通りに手を後ろにやり直立する。
そろそろただキーボードを叩く音が響く空間に気まずさを覚え始めた頃、ノック音がする。テイクは再び「入れ」と短く応える。そして、入って来たのはジゼルであった。
入ってきた瞬間にアスワドとジゼルは目線で「何であんたがいんのよ!」「それはこっちの台詞だ」という会話をする。
「よし、揃ったな今日はお前たち2人に命令がある」
テイクは立ち上がって、デスク前に出る。
「先日、FCLによる活躍が著しかった報告を受けている。それを提督に申し上げたところ、お前らを中心としたFCL部隊を設立しろ言われた。
しかも今までとは違った部隊にするらしい。つまり、FCLが戦場の主力にとって変わる特殊部隊だ」