オピオンの卵 その14
2060年5月30日
ファジー島
ブレーズ隊第1部隊アスラー・アスワド先任軍曹
アスワドの昨夜の意気込みに反して、翌日は戦闘はいっさいお起こらなかった。
陸軍が到着してからは海軍は蚊帳の外になってしまい、敵の援軍の警戒に終始徹したのであった。そしてそれは、ファジー島制圧までの2日間続いたのであった。
ファジー島の制圧を陸軍から聞いた第9艦隊司令官テイクはその事を本国の鎮守府に報告する。当然、作戦終了で帰還命令が下るとテイクは思っていたのだが、下ったのはファジー島を南太平洋での前線基地とするため、基地建設に必要な資源が現地に届くまでファジー島を防衛しろとのことであった。
テイクは驚きを隠せず顔に出てしまうも、我に返り資源を積んだ輸送部隊の詳しい到着日数を聞く。すると、鎮守府からは1週間と短く返ってくる。
テイクは上っ面だけの了解の意を上官に示すと通信を切り頭を抱えてうなだれる。そして、上官の戦地への無関心さに急に苛立ってきて机に当たる。
何回もの戦闘ですでに第9艦隊は疲弊しきっていた。それなのに、1週間も防衛をするのは不可能に近かった。だが、命令に逆らうわけにもいかないため顔を引き締め艦長たちにファジー島防衛の件とその経緯を話す。
誰もが良い顔をしていなかったが、テイクは「これは命令だ」と念を押して通信を切る。てっきり帰還すると思っていた兵士は士気を大きく落としたのであった。
兵士は防衛中といっても敵が見当たらないので、警戒体制ではありながらもある程度の自由は利いた。なので、アスワドはジゼルの様子を見てみようと思い医務室へと向かった。
ジゼルは未だ眠っており船医に聞いてもいつ覚めるのか分からないと言った。来たついでなので一目見ておこうと思い彼女のベットへ向かう。カーテンを開けると、ベット一つにジゼル一人だけであった。
ベットの下を見ても椅子らしきものがないのでしょうがなく、彼女の足元辺りのベットの上に座る。改めて見ると、ジゼルは綺麗な顔立ちをしているのに気づく。初対面の時からあまり仲のいい関係ではなかったため、気づかなかった。
毒も吐かない、FCLも動かさない今の眠っている姿を見ているとどこかのお姫様ではないかと錯覚するぐらいであった。
王子様のキスで起こしてやろうかと考えたが、ばれたら殺されてしまうのと、日ごろの彼女の態度を考えるとビンタで起こしたほうがマシだと思いやめることにする。
そして、アスワドは我に返ると、そんな馬鹿な考えを頭から追い出す。そして、そんな考えをする自分は疲れてしまっているのだと思う。
それからぼんやりとしていると何回もの出撃による慢性的な疲れがとうとう眠気を誘う。アスワドは抗うことができず、座ったまま横になる。ちょうどジゼルの体が枕になる。
医務室なので格納庫のような機械音や仮眠室のような汗臭い臭いやうるさいいびきもないので、居心地の良さにそのまま意識が落ちかける。
だが、いきなり頭に強い衝撃が走る。まるで殴られたような、いや、実際に殴られたのであった。
「なに人の上で寝てんのよ、この変態」
アスワドは痛さに身もだえながらベットから落ちる。そして、声から誰が犯人かは一瞬でわかったというか、こんなことをする奴はアスワドが知ってる中で1人しかいなかった。
「もうちょっと静かに起きられないのかお前は?」
アスワドは頭をさすりながら立ち上がる。ジゼルは上体を起こしていて、ジト目をこちらに向けてくる。外見から見ると、悪いところはなさそうであった。
「起きたら、体の上に誰かが寝ている状況で落ち着いていられる人なんていやしないでしょ」
「ったく、調子はどうだ?」
「え? ええまあ、特に悪いところはないかな」
「そうか、船医を呼んでくる」
アスワドはそう言って、カーテンを開けようとする。
「ま、待って。あんたずっといてたの?」
ジゼルはそう言ってアスワドが出ていこうとするのを遮る。
「いや、なんせ自由が許されたのは今日からだからな、まあ暇だから寄ってみただけだ」
アスワドはそう言って、カーテンを開け、船医を呼ぶ。その後、ジゼルの検査が行われる。結果は特に異常が見られなかったため、艦長の指示通り2,3日様子を見たら復帰することになった。
結局、防衛1日目には敵が現れることはなく、無事初日を終えた。兵士たちは日没なると気を緩めたが、いつどのくらいの規模の敵が攻めてくるのか分からない状況に後6日も怯えなければならないのかという事を考えると、完全には気を緩められなかった。
だが、FCL隊員たちを常時戦闘準備させるのはさすがにストレスが強すぎるので行われなかった。よって、彼らは何とも言えない雰囲気のなか防衛任務をこなさなければいけなかった。
そして、アスワドもその雰囲気の中にいた。妙な緊張感で寝ようにも寝れないので、今日もアスワドはジゼルのところへと向かった。
「よお、元気にしてるか?」
そう言ってアスワドはジゼルの元へ向かう。彼女は上体を起こして読書をしていたが、アスワドの姿を見ると、本を閉じる。
「あんた、友達いないわけ? 昨日も来たけど」
ジゼルはいつも通りの毒を吐く。やはり、ジゼルはこれだなとアスワドは思う。
「いや、同期は俺ら2人だけだろ、先輩らもなんかそれぞれでなんかしてるし、しょうがないからお前の話し相手にでもなってやろうかと思ったんだよ」
「ふん、まあいいわ、少し歩きましょ座り飽きた」
そう言って、ジゼルはベットの下から、サンダルを取り出し布団から出る。
「お前、ここから出たらダメだろ」
「別に、医務室のベランダに出るくらいいいでしょ」
アスワドはジゼルの後をついてベランダに出る。景色は青一面で、反対側であったのなら島が見えていたのに残念であった。
「ところでお前、あの時の記憶覚えてるのか?」
海風が、2人の髪を逆立てる。ジゼルは振り返ると、曇った顔をしていた。
「昨日も聞かれたけど、ほとんど覚えていない。あの時はただ、フライアー隊長の仇を取る一心だけだったわ」
「・・・・彼のドックタグが島の浜で見つかったらしい。遺体はー」
「私のせいだ。私が部隊の指揮を執ったりしたから、隊長は」
そこで、ジゼルが涙声になる。うつむいているので、どんな表情かは分からなかったが概ね予測できた。
「お前のせいではないだろ、あの時あの行動が最善だったと思う。それに、敵があんな武器を持っていたなんて誰も予想できなかった。だから—」
「しょうがないって?」
突然、アスワドに掴み顔を上げる。その顔は涙であふれていた。彼女はさらに続ける。
「そんな言葉で、人の死が片付けられてたまるか! 確かに攻撃をよけられなかった自己責任かもしれない。でも! そんな状況下に追い込んだのは私だ。私のせいなんだ!」
アスワドは彼女の肩を取り、彼女の手を離す。
「ああ、もしかしたらお前のせいかもしれない。だが! 今、俺たちは戦争をしているんだ! 特に何の恨みもない、というか見たこともない奴を殺しに来てんだ!
そしてそれは向こうも同じことだ! そんな異常な空間で自分のせいで人が死んだなんて責任の負い目を感じる暇は1秒たりとも無いんだよ! 明日は俺たちがそうなるかもしれないんだ! 分かったら前を向け!」
ジゼルは初めて熱く語ったアスワドに驚いたのか涙を止め、目を丸くする。が、すぐに我に返りいつも通りの鋭い目つきに戻る。そして小さく「何よ今回が初作戦のくせに」と小さく呟いた。
その後2人はあまり会話せず、海を眺めていた。カモメが場違いな程、穏やかな声で鳴く。青空と光を反射する海の穏やかな風景が俺たちが何をしに来たのか混乱させて来る。
アスワドが柵に頬杖をついてカモメに眺めてると、ジゼルが口を開く。
「私決めた。今後、私がいる戦場で誰1人殺させない」
「最初から、ヒーローになるとか言っていなかったか?」
「それとは違うわ、私がこの手で味方が死ぬ必要がないよう敵を殺す。これから、もっともっと強くなってやる私にはその力があるんだ」
ジゼルの決意を聞くと、アスワドはピンと一つのアイディアが浮かぶ。
「・・・なら俺はお前を戦術でカバーしてやるよ。この先、力だけじゃあ切り開けない事もあるだろ、それを俺が支えてやるよ」
ジゼルはこちらに向く。目はまだ赤くなっていたが、顔は晴れ晴れとした表情だった。
「期待してる」
そう言って、ジゼルは笑った。彼女の笑顔に日が差し眩しかった。
海の日だ~