オピオンの卵 その13
2060年5月29日
ファジー島
ブレーズ隊アスラー・アスワド先任軍曹
日没後、FCLと戦闘機による空中戦は終了し、艦隊は夜襲を受けることを警戒して一度沖へ出る。
初日の結果はあまり目立ったものは無く、司令部があるとされる岩山の麓までの密林を燃やし、陸軍が進行しやすくしたぐらいであった。一方、アメリア軍の被害はミニッツ3世が一部炎上したぐらいであった。
アスワドは格納庫の隅で横になっていた。本当はベットに入ってしっかりと休みたかったのだが、有事の際に備えてすぐに出撃できるようにしなければいけなかった。だが、無気力になり動きたくなかったのもあるだ。
彼にとって今日の戦闘はかなり激しいものになった。1つは隊長の死、フライアー隊長は殉死が確定されると、2階級特進し大尉となった。
そして2つ目はジゼルの暴走ともいえる覚醒。それはフライアー隊長が撃墜された直後の事であった。
「隊長ぉぉーー!!」
ジゼルはもう届かない人へ声を送る。アスワドはあまりに一瞬の大切な人の死に感情が追い付かなかった。ジゼルほど、長い付き合いでなかったにしろフライアー隊長にはかなり良くしてもらった。その記憶が一つずつ出てはフライアー隊長は死んだと告げる。
だが、アスワドには悲しんでる暇はなかった。ジゼルは茫然としてしまっているのか、聞き取れないような声でぶつぶつと呟いている。
どちらにせよ、今は敵が迫っているどころじゃないと思えたのでアスワドは今、彼女を守り、フライアー隊長の仇を取らなければと考えたのだ。そう考えると、彼の中に強い怒りが湧いてくる。
「ぜってぇ! ぶっ殺す!!」
一発でアウトの槍がなんだというのだ。一対六十がなんだというのだ。不可能か可能じゃない今、奴らを殺しに行かなければアスワドの気が済まなかった。
迫りくる槍は不思議と遅く見え小さな動きで躱していく、小銃にすでに弾がないことを知ったアスワドは小銃を投げ捨てナイフを装備する。そして、ついにナイフを振ろうとしたその時、後ろから高速で飛んできたFCLがそのままアスワドが殺そうとしたFCLを手刀で貫く。
よく見ると、それはジゼル機であった。だが、少し様子が違った、「願い星」が埋め込められているFCLの目の部分は通常は石の色のエメラルドのような色なのだが、赤く光り輝いていた。
まるで、FCL自体が怒っているように。だがそもそも、本来のFCLで出せるスペックを凌駕していた。
そこからの進展は早かった。彼女は誰の視界にも収まらなかった。目で追っても残っているのは彼女の手にかけられたFCLと赤の眼光が尾を引いているものだけであった。
通信を通して彼女の声がかろうじで聞こえるが、なんて言っているのかは分からなかった。そこから数分で敵のFCLは全滅した。逃げる者もいたが、彼女には許されなかったのだ。最悪の事態になっていることを察した戦闘機の集団も退却をした。
獲物がなくなったジゼルは力なく落ちてゆく、アスワドはそれに素早く気づき腕をもって何とか落ちないようにする。何度も呼び掛けても反応がなかったので、意識を失ってるのではないかと思われた。
スクアラ部隊長から、アスワドにジゼルを連れて帰艦せよとの命令が下る。ジゼルを持ったままでは飛行形態にはなれないので、戦闘形態のまま甲板エレベータの上に着艦する。
ターニャさんからは「大丈夫?」と気遣いの言葉をくれたが、アスワドにはさっきまで何が起こったのか頭と気持ちが全然ついていけてなかった。
格納庫に戻ると、整備士たちはジゼル機の損傷の激しさに圧巻される。何でこんな状態になってまで飛べていたのかが不思議なくらいだと誰もが言っていたのをアスワドは耳にする。
ジゼル機を横にすると、自分も三角座りのような態勢で座り、両手を床につけバランスを取ってコックピットから出る。アスワドはジゼルのFCLを見ると、整備士たちがジゼルを取り出そうとコックピットに集まっている。
コックピットが外部から開けられると、ジゼルは意識を失っており、ヘルメットを外されるとそのまま担架に乗せられ医務室へと連れていかれた。
アスワドの元にも「医務室へ行ったらどうか?」と整備士の一人が言ってくれたが、首を横に振り「整備、お願いします」と言って、誰にも邪魔になりそうにない所で横になりうずくまった。
アスワドは既に慣れたはずの波の揺れが今になって気になり始める。日没にはブレーズ隊の全員も帰って来ているが、アスワドの心中を察してか誰も声はかけなかった。アスワドは特に泣いたりはせずただ単に横になっていただけだった。
軍全体の様子は夜間のうちに陸軍は到着した。陸軍は2個歩兵大隊、3個戦車隊、2個攻撃FCL隊、1個戦闘FCL隊を引き連れ、戦力の増加だけではなく、海軍の士気も上がったのであった。そして、海軍、陸軍両司令官は挨拶も程ほどに早速、島への上陸作戦案は作られた。
また、日中の敵の航空隊を壊滅にしたというその部分だけがアメリア軍に広まり多くの兵士が士気を更に上げた。
アスワドは戦闘で負った心身の疲労により睡魔を感じ始めた頃、艦内放送で艦長の元に呼ばれた。アスワドは正直、何もしたくない気分だったが、この前のこともあるので駆け足で艦長室に向かう。
アスワドが一言いって入室すると、艦長以外にスクアラ部隊長、白衣を着た船医、そして整備長がいた。
「ふむ、急いでは来たようだな、お前を呼んだのはジゼルとお前の今後の事だ」
アスワドは「それでこの面子か」思いながら、彼女の様態を聞く。艦長は自分では答えず、船医に答えさせる。
「彼女は別に命危機とかではない、まあ疲労って感じだな。まあ、2、3日したら元気に起きるだろ」
と言うと、船医は口を閉じ、整備長にアイコンタクトを送る。すると、整備長は後を引き継ぐ。
「彼女の機体を見てみたんだがまあ、損傷が激しい。それはあの戦闘、というか虐殺か? を見ればわかるんだがな。ただ、不思議な事に『願い星』が焼け焦げてた、基本焼けることがないのにな。
だから、多分あのハイスペックが可能にしたのは『願い星』が関係しとると見た。ま、詳しい事は全く分からんな」
というのが、整備長の会見であった。つまり、ジゼルは「願い星」の何かしらの力を引き出したが、自身の身に大きな負担をかけたという事だ。アスワドはあの時の彼女の姿を思い出す。
圧倒的な力による、一方的な殺し。武器を使うまでもなく、身を傷つけながらも両手でFCLを貫いていく所業は悪魔か鬼神の類を思わせた。
「で、ジゼルはどうなるんです?」
アスワドは彼女の処遇について端的にいたって単調に聞いた。それに、さっきまで黙っていた艦長が答える。
「起き上がったとしても奴のFCLは使用不能、それに安全のために一応の安静は必要だろう。特別な指示があるまでは医務室にいてもらう」
アスワドはすぐに「隔離か」と思った。味方さえも脅威を感じるほどの力を発揮することができる奴にそうやすやすとFCLに乗ってもらいたいとは思わないだろう。
そして、そのチームメイトにはどんな対処が待っているのだろうか?
「それで、私は?」
その質問に答えたのは艦長ではなく、スクアラ部隊長であった。
「それについては俺から言わせてくれ、惜しいことにフライアーを失い、ジゼルも戦闘不能となった今実質第3部隊はお前だけだ。よってお前を第1部隊に入れることにする」
「了解しました」
アスワドは悲しいとは思わずむしろ少し嬉しかった。短い期間であったが、フライアー隊長とジゼルがいない第3部隊はどうも受け入れ難かったのだ。
「にしても、この前会ったときよりずいぶん印象が変わったな、貴様」
艦長は背もたれに寄りかかって言った。アスワドは自分に言われてるのに気づくと、スクアラ部隊長から艦長に向き直る。
「特に変わってはいませんよ。ただ、自分達は殺し合いをしてるんだなって思い知らされただけです」
すると、艦長は口角を上げて笑う。
「ふん、新人から毛が生えてたのが兵士の雛鳥になったみたいだな。スクアラ、夜明け前まで特になにもない、部下に休息を与えておけ。以上全員下がってよし」
その言葉に従い3人は一礼をしながら退出する。アスワドは扉が閉まるのを確認すると、船医を呼び止める。
「あの、今からジゼルの元へ行ってみてもいいですか?」
だが、それに答えたのは船医ではなく、スクアラ部隊長であった。
「やめとけ、お前飯食ってないだろ、それに疲れきってる顔してるし。明日も出撃ださっさと飯食って寝ろ」
アスワドは特に疲れたとは思わなかったが、人から見てそう見えるのだったら素直に休もうと思いなおす。
「そうします」とアスワドは答えると、食堂は既にしまっているのでFCLにしまってあったレーションを取りに一度格納庫に戻ってから、仮眠室へと向かう。
仮眠室は異性で分けられ、そこから自分が所属する役職で部屋が分けられている。どれも細長い作りで壁際にパイプで疲れた簡素な二段ベットが奥の方まで設けられてある。
プライバシーの保護はカーテン1枚というセキュリティーの甘さであったが、寝ること以外使うことがない部屋なので充分であった。
オレンジ灯が小さく光ってる仮眠室の中はほとんどがカーテンが閉められていてちらほらいびきも聞こえた。アスワドは何とも言えない異臭に我慢しながら、自分のベットに向かう。
上の段の人を起こさないようにできるだけベットがきしまないようにゆっくり座り、レーションを食べようと思うが食欲がなかったのでそのまま横になる。
「明日も戦争だ」と心の中でつぶやき薄い毛布を体にかぶせ、目をつぶる。
暑すぎて液体になりそう・・・