オピオンの卵 その11
2060年5月29日
ファジー島沖
ブレーズ隊第3部隊アスラー・アスワド先任軍曹
第9艦隊と戦闘していた敵艦隊はFCLの攻撃を受けた後、後退する。第9艦隊も距離を詰めるが、駆逐艦と重巡洋艦は被弾し十分に速度を出すことが出来ず、敵艦隊に逃げ切られる。
すかさず偵察隊を飛ばし、敵を補足し続けると、敵はファジー島には戻らず、ファジー島よりさらに南に進んでいることが分かる。
これはもし第9艦隊が無視してファジー島に向かえば後ろから接近して挟撃を行いまた、敵艦隊に向かって来たのなら援軍が到着するまでの時間稼ぎとなるどちらに転じても好機になるような動きであった。
第9艦隊は勿論FCLによる攻撃を思案したのだが、既に日の入りが迫っており必要以上に損害が増えるので避けたいところであった。
この状況をどうにか打破できないかと躍起になっていた第9艦隊の司令官、テイクに駆逐艦オースティンの艦長から通信が来る。
テイクは「こんなときに何のようだ」と思いながらも、通信を開く。映像からは30前の第9艦隊最年少艦長である引き締まった凛々しい顔が映る。
「司令、通信をとっていただきありがとうございます、早速ですが提案があります」
オースティンの艦長、エシスの経歴は異例で、彼は入隊当時は陸軍であったのだが、不運な事に初陣は過去最大規模で最大の被害を出した地上戦「ハワイ島防衛戦」であった。
そこで彼は生き残った仲間を数人と共に敵の駆逐艦を奪い、アメリア軍の勝利に大きく貢献し、その時の駆逐艦を使った戦術の才が海軍将校に買われ、エシスが帰国後海軍に引き抜かれ現在のオースティンの艦長になった。
「・・・あまり聞きたくないな」
テイクは自分の艦隊にエシスを採用するときに、彼の経歴を把握していた。なので、彼のような行動派が今の状況下でやろうとしていることがテイクは想像できた。
「ですが、それ以外の方法はないと思いますが」
テイクは言葉を詰まらせる。確かに、テイクにはエシスを犠牲にする以外の方法考え出せなかったった。エシスの有能さと自分の無力さにテイクは歯軋りをする。
「・・・必ずも、いや、すまない」
「止めてください司令、貴方はただ命令してくれれば良いのです。敵艦隊を1隻のみで無力化しろと言っていただけたら」
エシスの決意は固いようで、揺るぎようにはなかった。
「・・・支援として会敵するまでの間、リアルタイムの敵の位置情報と、要請があればチャフ攻撃をよこす」
「ありがとうございます」
「やってくれるな、エシス艦長」
「承知!」
エシスとの通信を終えたテイクは背もたれに身を預け、深く息を吐く。犠牲を払うことでしか事態を解決出来なかった自分に嫌気がさし、舌打ちをする。
しばらく何もしたくない気分であったが、部下にさっきの事を伝えなければいけないことを思い出す。こういう時に秘書など側近を側近を持っておくと便利なのだが、いっつも人がついて回ると考えるとそういのは勘弁だと思うテイクであった。
テイクからエシスの単独行動を伝えられた部下達はしぶい顔をしながらも誰も反論はしなかった。
エシスが示してきた時間になると、彼は仲間を連れ艦隊からはぐれ、暗い海へ溶け込む。そして、オースティンの姿を最後に見たのはエシスの支援要請で向かったFCLのパイロットであった。
そこでパイロットは「アメリア共和国万歳」というオースティンの乗組員からの伝言を預かって艦隊に戻ってきた。
日の出の数時間前にテイクは偵察出して、オースティンの戦果を確認する。
偵察隊からは全ての敵艦が大きき破損し行動不能とのことで、オースティンは確認出来ず、ただアメリア国旗が海面に浮いていたと報告された。これを聞いたテイクは日の出と共に南へ向かって敬礼をしたのであった。
アスワドは定時通りに起き、寝ぼけ眼で食堂室に向かう時にエシス艦長の玉砕を周りが話しているのを耳にした。
食堂室には乗組員全員を収容するスペースはなく、FCLパイロットとその他乗組員とで利用時間が分けられているのだ。
また、所属する部隊ごとに座る席が決められており、長机に何席も椅子が並べられていた。彼は朝食のマーガリンとイチゴジャムのトーストとゆで卵、薄切り焼きベーコンが2切れのったプレートを受け取り、指定された椅子にどかりと座る。
「ちょ、何よあんた、朝から機嫌悪いわけ?」
隣のジゼルが食べようとしていたトーストを置き、顔をひきつらせ聞いてくる。
「ああ、さっきシエル艦長の事が耳に入ってな」
「昨夜に1隻だけで突撃したことだろ、俺も聞いたよ」
アスワドの言葉に向かい側に座っていたフライアー隊長が補足する。アスワドはベーコンを半分ほど食べると続ける。
「1隻だけなんて玉砕する気満々みたいなもんじゃないですか、自分だけの命ならまだしも部下も従えているんだから、ほかにもやりようはあっただろうに」
「無いから、優秀な人材が自ら動いたんでしょうが、あんた昨日の事で調子乗ってんじゃないの」
ジゼルはそう言って、マーガリンのトースターの最後の1切れを口の中に放り込む。アスワドはジゼルの挑発的な言葉になれてしまい特に何とも思わなくなっていた。そんな哀れな彼はゆで卵を持った右手でジゼルを膝を立てながら指して反論する。
「優秀な人材ならなおさら玉砕なんて手に取ったらダメだろ。模索もせずによー、考えるのやめたら人間じゃなくて猿だぜ」
ジゼルは指されたゆで卵を取ろうとするが、アスワドは手を引っ込める。
「それって誰の言葉よ?」
ゆで卵を半分ほどかじり飲み込んだアスワドがすました顔をする。
「聞きたい?」
「やっぱいい」
何かを察したジゼルは興味を失ったように自分のプレートに向き直りイチゴジャムのトースターに手を付ける。
「でもやっぱり、首脳部はそんな時間も惜しかったんだと思うよ。支援艦隊もいない中、基地の攻略とか敵の援軍が来るまでの時間勝負だろうし」
フライアー隊長が自分の水筒でのどを潤してから続けて言った。
「多分、誰も玉砕することを望んでいなかっただろうし、第三者からしたら愚かしいかと思うかもしれないけど、行った本人、いや本人達はそれ相応の覚悟だっただろうし。何もしなかった俺達はその行動に敬意を示すしかできることないでしょ」
何も言えなくなったアスワドはゆで卵を完食することしかできなかった。隣から「ざまあ」という嘲笑も聞こえたが聞き流した。フライアー隊長は食べ終わると席を立ちプレートを持つ。
「ま、こんなしみったれた話はなしとして、2人とも急ぎなよ、時間見てみ?」
アスワドは厨房の受け取り口にある電子時計を見ると利用時間はあと5分になっていた。
「うわ、馬鹿と話をしすぎたかしら」
と言って、ジゼルはベーコンを口の中に放り込みプレートを戻すため立ち上がる。アスワドも残っているトースターを口の中に押し込む。気づけばにぎわっていた食堂室も静かになっていた。
フライアー隊長とジゼルが部屋から出るころにアスワドもむせそうになりながらも食べ終わり、プレートを戻し急いで2人のもとへ向かう。
ブレーズ隊は昨日の戦闘の後、部隊を再編成し、隊長をスクアラとした。第3部隊の活躍は大いに評価するものだが、階級が1つ上がっただけであった。
食事の時間が終わると、すぐに第一種戦闘配備の司令が下りパイロット達はパイロットスーツに着替え、FCL内で待機し続けることになった。
この間は基本的にずっとコックピットにいなければいなく、トイレにも行くこともあまり許されていないのだが、1度待機が出されたら何時間もそのままの事がいつもなのでパイロットの集中力が試されるのだ。
そして、今回は4時間程で出撃命令が下ったのだった。
その理由は第9艦隊がとうとうファジー島に到着すると出迎えたのは陸地からの攻撃ではなく旧世代の戦闘機の数百機とFCL数十機の大軍であったのだ。
ひんやり寝具という1日中寝れてしまう道具、恐るべし