オピオンの卵 その9
2060年5月29日
ファジー島沖上空
ブレーズ隊第3部隊アスラー・アスワド上級軍曹
ジゼルが雲の中に入ると、直ぐに雲内部から戦闘の閃光が見える。アスワドは自分の予測があっていることに自信を持つ。
「ちょ、アスワド! ふざけんな! 周り敵だらけじゃない!」
ジゼルの罵声が銃声と混じって聞こえる。
「おいおい、こんなんで弱音吐くなら最強のパイロットとか謳ってんじゃねーよ」
「は!? 何言ってんの。ただの愚痴よぐ、ち!」
ジゼルの声に爆発音が混じる。どうやら話している間にも撃墜させたようだった。
敵も味方がやられているのに気付くと瞬時にジゼルを取り囲み攻撃を開始する。それをアスワド達は上から見下ろし、フライアー隊長に合図し包囲網の穴を作るように攻撃をして、ジゼルに
「ここから逃げろ」と促す。
だが、天下のFCLパイロットはアスワドのお膳立てを受け取ろうとはせず、穴とは逆方向へ敵を撃破しながら包囲を逃れる。
「お前、俺らのアシストを無駄にすんなよ」
アスワドは自分ではかなり良いサポートをしたと思っているので、ジゼルがそれを無視したことに不満を覚える。
「目の前に部隊長っぽいのがいたら潰すに決まってんでしょ。それに敵でもわかるような行動をするのは二流よ」
ジゼルの言い分に「何の二流だよ」と突っ込みを入れる代わりに大きく舌打ちをする。
「おい! アスワド、味方が追っていた敵3機がこっちに向かって来てるぞ!」
フライアーが敵が向かって来る方角を示しながらアスワドに忠告する。
「うわ! も、勿論忘れてた訳じゃありませんよ!」
アスワドは完全に忘れていた味方が追っていた敵の存在を視認する。
「おいおい、そんな事聞きたくなかったな」
だが、見方を大きく変えると敵が俺達の部隊を脅威に感じたということだ。ということならば後、一押しだ。あと一押しでこの戦いの決定打を与えられる! いや、あと二押しかも。
「ジゼル! 隊長! あと少しで、この戦いを勝利に持っていける!」
「だから、何をすればいいんだ? 旗艦でも沈めてくればいいのか!?」
「いや、何もそこまでしなくてもいいんですけど・・・」
「だったら、どうすればいいのよ!」
フライアー隊長の冗談にアスワドははっきりとした回答を出せないでいると、ジゼルがしびれを切らして怒鳴り声をあげる。
「じゃあ、とりあえず。あの3機をどうにかしろ!」
「ふん、お安い御用で」
そう言って、雲からアスワド達の後方に出てきたジゼルは、いつの間にかもう1丁小銃を構えていて、2丁でアスワドに肉薄して来る敵に的確に当てていく。
小銃は未だどこの軍も高性能の物が開発されておらず、反動の激しいものばかりで、並みのパイロットなら1丁でもリコイル制御が難しいのだ。だが、彼女はそれを2丁でやってのける。これが彼女の力の一つでもあろう。
ジゼルの的確でしかも激しい銃撃により1機撃破する。アスワド達も銃撃をするも当たった気配は一発もない。敵はアスワド達よりジゼルを脅威の対象として2機がかりで向かう。弾切れになったのかジゼルは銃を両方とも捨てると、敵に接近を開始する。
それに応えるかのように敵も小銃から近接ナイフに持ち替えて、近接戦闘をする意思表示をする。敵のうち1機が先行すると、ナイフを突き刺し突撃をする。ジゼルは流れるように敵の腕を取り、体を使って後方に投げる。
いわゆる背負い投げのような形であった。だがこの武道の動きと違うところは、投げている間に背中にしまわれていた敵の小銃を奪いそのまま打ち込んだところだ。だが、ジゼルのすぐ後ろには突撃をしていた最後の1機がいた。
ジゼルはわざと左腕をナイフに突きさせ、敵の突撃の威力を殺すと、左腕を引き体勢を前かがみにさせる。間髪入れずに膝蹴りを三発加えて動きが鈍ったのを確認すると足で左手をナイフから引き、距離が開くと小銃を撃ち、最後の敵を撃破する。
「はあ、はあ、ご要望通りに司令官」
さすがにさっきの一連の動作はかなり消耗だったようで、ジゼルの息は荒くなっている。アスワドはジゼルの報告を受け取りながらも、彼女の才能的な動きに呆然とする。
確かに彼女の動きはかなり素晴らしいもので今まで養成所で教え込まされていた対FCL戦闘の動きを凌駕していてまさに戦いの天才による動きだと感じられた。
「海洋不法投棄反対」
「お前に拾わせに行こうか?」
アスワドは冗談が通じない相手だなと半ば呆れる。
「んで、これでどうなったら勝つのよ」
「それは俺も気になるな」
2人はアスワドの含みの言葉が気になっているらしく。なんとなくアスワドはもう少し焦らしてみることにした。
「まあ、それはおいといて隊長、警戒を怠ると敵の本隊にやられてしまいますよ?」
「ん? どうして分かるんだ?」
「そりゃあ、下に見ていた奴に部下を殺られまくったらキレますよ」
「それって、お前の考えじゃないのか?」
「いやいや、同じ人間なんだから考えることなんて一緒ですよ」
アスワドは最もらしい事を言い「フライアー隊長もそう思いません?」と補足する。フライアー隊長は「そういうものなのか」と受け取りながら、具体的な行動を聞く。
「断定はできませんけど、敵の本隊は俺たちより低い場所で戦闘の経過を見ていた思うんです」
「まあ! 天才軍師様のお考えの根拠となるのは一体どんなものなのかしら、ぜひお聞きかせ願いたいですわ」
アスワドには何かしら噛みついてくるジゼルにかまってやるほど、さすがに時間と心の余裕がないので「ありがたく拝聴するように」とだけ返して、真面目に根拠を述べる。
「最初に強襲しに来た奴とか、待ち伏せしてたのは最初から張ってたんだと思う。部隊長を殺ったあの3機は本隊から直接やって来たと思う。これが根拠かな」
「んじゃあ、敵は下からやって来るわけだ」
フライアー隊長に「その通りです」とアスワドは肯定する。そこで敵の情報を副部隊長に伝えようとする隊長を制止する。
「出来る限り、伝えないでください」
「お前、『ほうれんそう』を知らないのか?」
「いや、流石に知ってますけど。副部隊長達には囮になってもらいます」
「見殺しにするのか?」
「いや、最小限の犠牲で最大限の戦果を、ですよ」
アスワドはキメ顔でそう言った。だが、説得力のあることを言っても噛みついてくるのがジゼルであって今回も例外ではなかった。
「全く、被害が出ることを前提としているのがダメなのよ、出来る者は全てを救わなければいけないのよ」
ジゼルのヒーロー的思考は置いておくとしてアスワドは2人を従え敵とはち合わせないことを心底願いながら再び雲の中に入る。
副部隊長のスクアラはようやく乱れていた心情を落ち着かせる。隊の中心である第1部隊は自分1人になってしまい、各部隊の状況を確認すると、どこも同じように何機かやられていて全滅している部隊さえあった。
「こちらブレーズ1-2、司令部! 部隊長が殺られた指示をくれ」
「こちら司令部、何をいってるの1-2あなたが指揮を引き継ぐのよ」
当然予想した返答が来る。だが、スクアラにはどうしても隊を統率出来る自信がなかった。長年、ブレーズ隊の副部隊長を務めてきたがだからといってすぐに部隊長の代わりが出来るのとはまた別問題であった。
「1-2、大丈夫か? 答えなさい」
「・・・すまん司令部、だが、俺に出来るか不安で・・・」
「ふざけないで、私はカウンセラーではないのよ。あなたの気の迷いで部下は死ぬのよ。虚勢でもいいから胸を張りなさい!」
ターニャの言葉で自分の弱さが部下を殺してしまうことを気づかされる。「しっかりしなければ」とスクアラは自分の頭を叩き意識を切り替える。
「こちら1-2、皆心配かけたな、だがもう大丈夫だ。俺がブレーズ隊の指揮を執る。各隊、全方位警戒! 敵はかなりの強者だ、各隊ごとに連携を取りながら戦え!」
各隊は「了解」と返事をして、スクアラを中心に球状に広がっていく。ブレーズ隊の現在の戦力を頭に入れるため、再度各隊の状況を確認する。大多数の隊が数機やられており、もはや隊の統合を考えたほうがいいと思えたほどであった。
だが、1つだけ無傷な隊を見つける。第3部隊であった。確かに、隊長のフライアーは長らく戦場にいる中堅で、新人で話題となっているジゼルという女はかなり強いと聞いているので納得するが、昨日編入してきたド新人も生き残っているというのはかなりの驚きであった。
スクアラが隊の情報に気を取られていると、下側を警戒していた第6隊からの「敵の存在を確認した」との報告を受け意識が現実に戻される。
「全隊集まって横並びになれ! 上から迎撃するぞ!」
警戒に出ていた隊は再びスクアラのもとに集まると言葉通りに展開する。すると雲から3機姿を現す。それを展開している全機で攻撃し即刻撃ち落とす。だが次に彼らを待っていたのはかなり激しい銃撃であった。
「んな、回避行動! やみくもに撃っても当たらん、回避に集中しろ!」
スクアラは反撃の余裕がなく、何とか指揮を執るのが精一杯であった。回避行動を取っているとはいえ、1機また1機と味方の数が減っていく。
指揮を執っているものとしてスクアラは何かいい策はないのか、必死で頭を回そうとするも、目下の銃撃により上手く考えがまとまらない。しかし、ある疑問を持つ、それはだんだん銃撃の嵐が止んできたのであった。
ついには雲から姿の現した敵はたったの5機ほどで、一瞬にしてスクアラ達によって落とされる。次に姿を現したのはなんと第3部隊であった。