2.5次元の女
高音のソを出すのは難しい。40前の手習いで、フルートを習い始めた。音楽は苦手だった、いや嫌いだったといっても過言ではない。そんな幸子が楽器を習い始めたことに深い意味はない.
大学を24で卒業してから、仕事以外はこれといったこともせずに生きてきた。仕事の終わる時間も不規則だから、友人と時間をあわせるのが難しかったということもあり、一人でできる趣味を色々してきた。よくあるフィットネスも何年も加入していたし、月並みに英会話も断続的に3~4回試みた。ウォーキングをしてみたり、年1回は海外旅行にいってみたりした時期もあるし、旅行先でスキューバダイビングもそれなりにやってきた。はてには乗馬やホットヨガなど、そろそろ気軽にできる趣味の選択肢がなくなってきたなというようなものを選び始めた自分を感じたのは30台中盤。全て、時間とお金をそれほどかけず、日常生活に支障が出ない程度、趣味というより暇つぶしに近い取り組みだったから、どれもこれも対して身になってはいない。
いまだ未婚、子なし、というのは遊ぶ友達に不便する。次は、着物かお茶か、お華か、あるいは歌舞伎やミュージカルなどの観劇か。ただ、それらをするには時間とお金がちょっとかかりすぎる。というところで、何となく見つけたのがフルート教室だった。しかも家の近くにある。すぐにやめても構わないし、とりあえずはじめてみた趣味だった。
今日は、いい音が出ている。ならば、次の音もきれいに出したい。暇つぶしの気持ちではこういう欲はなかなか出ない。幸子は久しぶりに自分の知らない自分をみたような気がした。
もともと、学校の音楽もあまり得意ではなかったし、Jpopもほとんど聞いてこなかった、幸子が歌を聴くときは歌詞にひかれた場合だけだった。言葉がなければ、何も伝わらない。それは幸子の中に潜んでいる、一種哲学に近い信念なのだった。だから、音の羅列に過ぎない、楽器の演奏というのは全くの興味の外だった。
そんな幸子が働いて、不惑近くまで家庭も持たず取り組んでいる仕事、それは言葉を持たない動物相手の医療。獣医学部を卒業して以来、何度か勤務先は変えたものの、一貫して動物の臨床つまり動物のお医者さんを続けている。
大学を卒業したとき、幸子には恋人がいた。結婚したいと口に出していってくれるようなロマンチックな彼で、今振り返ればとてもいい人だったなと思う。いい人に愛されていたあの時期に、幸子は一段優しく成れたような気がしていた。その思い出を幸子は、人は愛されていると優しく成れるという言葉で心のアルバムに整理している。そんな彼だったが、当時幸子は結婚するなんて言いう選択肢は全然頭になく、バリバリ仕事をこなし、少しでも早く一人前の獣医師に成れることだけを考えていた。考えていたというより、夢見ていたという方が近い、なぜなら全く具体性はなかったのだから。
馬鹿な子だったね、と15年後の幸子は自分を振り返る。卒業後ほどなくして、その彼とは別れてしまった。月並みだが、別れて初めて彼がどれだけ幸子を大事にしてくれていたのか感じて、さすがにしばらくは喪失感に襲われた。それでも、完全に墜落しなかったのは、幸子はまだおめでたく、『仕事』というものが、結婚相手になってくれると信じて疑わなかったからだ。
自分で選んでなりたくてついた仕事。獣医師という職業は、束縛の多い彼氏に近い。毎日彼のことを考える、一緒に同じ物事について語れるように自分を高めていく、急な呼び出しや予想外の事柄をともに乗り越えて絆ができる、そしていつかは求婚され幸子なしでは生きていけないといわれる。この感情は、決して院長に対して持つ疑似恋愛ではなく、あくまで獣医療という仕事を擬人化しての疑似恋愛だ。人でないもの、国や艦船などを擬人化するような、サブカル文化のある日本だが、ちょっと先駆けていたのじゃないかと幸子は思っている。しかし、その恋愛も臨床10年の頃についに失恋する。
つまり、幸子は普通の獣医師にしかなれなかったのだ。ただ毎日頑張っていれば、いずれは仕事が自身を愛してくれると思っていた。でも、仕事という文字が幸子を愛するということはなかった、というか少なくとも幸子は愛を受け取れなかった。それはそうだろう、仕事とは概念であり、実体を持つものでも、ましてや心を持つものでもないのだから。けれど、存在しないものを愛するとはどういうことかなど考えもせず、ただただ愛をささげ続けた幸子としては、その片思が成就しないというは成就しないという失恋は、強烈な現実に他ならなかった。
そうであるから、その後の幸子の気持ちは通常の失恋に近い動きを見せた。まずは呆然とするとともに悲しんだ、その後、怒りが湧いてくる。あんなに尽くしてきたのに、束縛されても愛だと信じていたのに、いつかは愛してくれると信じていたのに。布団の中で悔し涙をさめざめと流すことも少なくなかった。それでいて、もと恋人、獣医療から離れることもできず、その後も臨床獣医師であり続けたから、未練を感じる相手と一緒にいるもどかしさのある複雑な心境で仕事を続けた。
仕事との失恋直後の幸子には、時間がすべてを解決してくれるなどという都合のいい言葉が自分にも当てはまると到底思えなかったが、残念ながら1年経るごとに気持ちが丸くなっているという自覚があった。その気持ちの言語化を試みたところ、虚無、諦め、悟り、失望、無駄、投げやり、魂の自殺、などの言葉が羅列できた。しかし、どうもしっくりこない。これらのネガティブな言葉が年々強くなる割には、この5年間、新しい技術も習得したし、動物への接し方も飼い主との話し方も上達した、時にやりがいや、幸せすら感じてしまっている。それでいて、再生、復活、充実、吹っ切れた、などというポジティブな言葉もなんだか違うような気がする。
そんな折に出会ったのが、フルート教室だった。今まで、曲ではなく歌の歌詞のみに価値を感じていた幸子にとって、まったく歌詞のない音楽は興味の外だった。音楽は国境を超えるという言葉も白々しいと思っていた。そんな幸子だか、ら当初はたぶんフルートで曲を奏でるというよりも、昨日出せなかった音が今日は出る。不安定にしか保持できなかったフルートをちょっと力を抜いても保持できるようになった、などの自身の技術の亢進に魅力を感じたのだという自覚があった。インターネットなどを通じて、プロの演奏する無料動画を視聴したりもしたが、それは、自身で楽器を触ってみたことで、プロの演奏家の速さやテンポの正確さ、音色がぶれないことや、まるでフレンチキスのような柔らかな口元の当て方など、あくまで技術を鑑賞しており、CDなどではなく動画でのみ楽しめるものだった。
しかしある時、音色に気を取られている自分に気が付いた。演奏家の姿を見ず、音源だけでも、澄んだ高音が延髄が痺れるように感じたり、軽やかなリズムで自身の頭を軽く振りたくなったり、細く消えていく演奏の最後を聴いてため息がつきたくなったり、音そのものを楽しんでいた。そして柄にもなく、思った。音楽は国境を超えるかもしれないと。言語がつかわれていないからこそ伝わることもあるのかもしれない、もしかしたら。
言語というものを信じてきた。言葉だけでは伝わらないことも多いといわれているのは知っているけれど、それはあくまで自己啓発的な意味合いでしかとらえてこなかった。自身は言葉を発さない動物達を半分相手に仕事をしているにもかかわらず(あとの半分は、言葉を発する、飼い主を相手にしている)、言葉だけを信じてきた。だから言語を介さない音楽は苦手だったのに。こんなに惹かれるとは。
人はいつでも変われる、どんなことも始めるのに遅すぎることはない、頑張れば何にでもなれる、などという耳触りのいい言葉はとうに信じていないけれど、音楽を避けてきた幸子が、音を楽しんでいるという現状は認めるしかない。それは言語以外の世界に何かを感じているということだろう。だから、人はいつでも変われる、わけはないだろ! という世知辛い気持ちに、小さな修正を加えてみた。人はいつでも小さくなら変わることができる、と。
この小さな、によって何かもっと大きなものに到達できれば、と、また幸子は2.5次元の世界で遊び始めそうになる。しっかり手触りのある3次元は苦手だけれど、そこに居続けなければいけないのだ。