第12話 薬師
遅くなりました。
少し内容を書き足しています。
あの場に留まってもしょうがないので、私達は街へと戻る事にした。
サンゴのお店も第一の街にあって、第二の街からポータルを使って第一の街へと帰る。
この部分にPKに狙われた理由を書き足しています。
8/22 ある一部分を書き直してます。
そう言えば、ブレイブも鋼鉱石が出てきたって言っていたっけ。
↓
そう言えば、ブレイブもようやく鋼製の武器が出回ってきたって言っていたっけ。上鉄鉱石から鋼の精練に成功したんだね。
茜色に染まる紅、赤、朱、それはどうしようもない記憶だ。
幼い私と勇気、暴れる男、それを取り抑える二人の男性、周囲を囲む野次馬達。けたたましい音。
『お前が━━━━』
うるさい。
『お前の━━━━』
違う!!
あの日、私の全てが消えた日見た光景が未だに脳裏から離れない。
『お前がいたから━━』
「やめろぉぉぉぉぉぉお!!」
最悪だ。なんて最悪の夢だろうか、酷く息が乱れて、ゲームだというのに寝汗でびしょびしょ。
「はぁ、はぁ、最悪」
ゲームの中で夢をみる事があるのは勇気から聞いていたけど、まさかこんな夢みるとは思わなかった。
寒くもないのに身体が震え、涙で視界が滲み、耳朶にはあの言葉がこびり付いているように離れない。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、私はいつも通りの私だから……」
身を小さくしてシーツを頭から被り、自分に言い聞かせるように呟き続けた。
震えが止まったのは一時間が過ぎた頃で、今日はゼペットさんのところに行こうとは思えなかった。
かといって鍛冶をやる気にもならず、胸中には苛立ちと寂寥感のみが渦巻いている。
誰かと話せば気も紛れるかもしれないけど、生憎と今日は平日でフレンドは誰もインしていなかった。
……狩りにでも行こう。mob相手に斧を振るっていれば気が晴れるかもしれない。そう思い立って、身支度を整えて逃げるように工房から出ていく。
擦れ違う人が私の事を見るのを感じるけど無視だ。ブレイブから掲示板で私の事が書かれていたと聞いてるから、それが原因かもしれないし赤ゴスも人目を引く。
ポータルから第二の街へと転移して街の東門から外へと出る。
東側のエリアは森林地帯が多くなっていて身を隠すのに丁度よく、また毛皮系の素材を落とすmobが多いらしい。ついでだからリズへのお見上げにでもしようと思い東側を選んだ。
……おかしい。森に入ってから結構歩いたけど、一向に敵に遭わず、気配を探っても何も感じない。
誰か他のプレイヤーが通った後かもしれない。
【潜伏】のスキルを持っているプレイヤーや、同じ能力を持っているmobもいるみたいだけど、今まで何も感じないなんて事はなかったから、本当に何もいない可能性の方が高い。
けど、念の為に気配を消して行動しよう。
気配を消すなんて女子高生らしくない特技を持っているのは、勇気のお母さん、詰まりは叔母さんが教えてくれたからなんだけど、というよりも女子高生らしくない特技の全ては、基本叔母さん直伝だったりする。
気配の消し方、気配の探り方、鍵開け、罠の仕掛け方、尾行の仕方、読唇術、パルクール、各種武器の使い方から格闘術、他エトセトラ、幼い頃から叔母さんが私に教えてくれた事である。
女の子なんだから自衛は出来なきゃ駄目よ。とは叔母さんが常々私に言う言葉である。
昔、気になって何でこんな事が出来るのか聞いた事があったけど、やんちゃな頃があったのよとはぐらかされてお仕舞いだった。
これらの技術をやんちゃの一言で片付ける叔母さんの謎は深い。そんな叔母さんを射止めた叔父さんも謎だけど……
しばらく歩くと複数の足跡があった。私が進もうとしてる方へ延びている。
まだ新しい、それに逃げてる足跡とそれを追っている足跡の二つがある。
脳裏にPK(ゲーム内で同じプレイヤーを倒すプレイヤーの事らしい)という単語が過る。
もしそうなら丁度いい、苛立ちを解消するどころか、mobがいなくて苛立っていたところだ。人の形をしていても、PKなら気を使う必要もない。
さて、狩りの時間だ。
足跡を辿り進むと、比較的広い場所に人の姿があった。一人の女性を複数の男達が囲んでいる。
男達はとてもゲームらしい金属鎧や革鎧等してるのに対して女性の方は場違いな感じがする出で立ちである。
後ろから見ているので、女性の顔は分からないけど、腰まで伸びた菫色のフルユワな髪、そして白衣が特徴的だ。
「さて、僕としてはそろそろ追いかけっこは終わりにしたいのだが、道を開けてはくれないかね?」
よく通る声をした女性だ。だけど男達は聞こえていないかのように女性を囲んだままだ。
「はは、聞いたかよ。道を開けろだってさ」
「今の状況を分かって言ってんのかねぇ」
「道を開けてもいいけどよぉ、開けて欲しがったら誠意つう物が重要だよな」
取って付けたかのような小物感を出してる。ゲームのロールなのか元からなのかは知らないけど、頭はよくなさそうだ。
「やれやれ、僕は荒事はあまり得意ではないのだけれどね。どうだろう。そんな僕を助けてはくれないかね? 銀髪の君」
気付かれた!?
「まさか、気付かれるなんて思わなかった」
気付かれたのならしょうがない。素直に出ていく、元からPKを狩るつもりでいたのだ。誰かと共闘するだけで、目的は変わらない。
「ふふ、僕も鋭敏薬を服用していなかったら危なかったがね。随分と潜伏のスキルが高いようだ」
そんな薬もあるんだ。潜伏スキルの持主だと勘違いされているみたいだけど、都合がいいのでそのままにしておこう。
男達は私が出ていくと一瞬身を強張らせたけど、私のなりを見るなりニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべる。大方獲物が増えたとしか思っていないのだろう。
「さて、僕はサンゴ、よろしく頼むよメロディア」
何で私の名前を!? その疑問の答えを聞く前に、サンゴからのパーティ申請が届いたので承認する。
先ずはサンゴの包囲を解くことが重要だ。なのでパーティ登録が終わり速攻で駆け出す。目標は一番近い金属鎧の男。
「死ね」
冷たい宣告とともに長柄斧を真横に振るう。
目の前の男は私の速度に反応出来ず、間抜けな顔をして鎧ごと両断された。
両断した男の脇をサンゴが抜けていく。どうやら私の意図を理解してくれていたようだ。
「助かったよ。メロディア、リズの言う通りの腕前だね」
なるほど、リズの知り合いだったのか。リズとは一回しか狩りに行ってないのに、誇張して言ってないか心配なんだけど……
「まだ敵は残ってるから、話しは後で」
そう言い残して駆け出すと、同時に私のいた場所を火の玉が通り過ぎた。
火魔法の基本マギア、ファイヤーボールだね。
最初のファイヤーボールを皮切りに、次々と魔法が飛んでくるけど、それを尽く躱して走る。
ステータスで強化された状態なら魔法を躱す事も容易だった。
躱し続けて次の獲物へと肉薄し走った速度を乗せて長柄斧を袈裟に振るう。
革鎧の男が肩口からバッサリと真っ二つになり、近くにいたもう一人の男の片足も切れた、体勢を崩した男の腰に返しの柄を叩き込む。
金属鎧はひしゃげ、骨の砕ける感触が柄から手に伝わり男が吹き飛んだ。
ここの時点で男達は気圧されたように後退り始めた。
「お、おい、コイツヤぺ‼」
「な!?」
投げナイフが脳天に刺さってる。恐らくサンゴが投げたんだろう。
「ダーツだったらブルと言ったところかね」
それが後押しになったんだろう生き残った男達は逃げ始める。
だけどそれをサンゴの投げナイフが彼等の脚を穿ち動きを止める。後は作業でしかなかった。
脚を抑えて蹲る相手の脳天目掛けて長柄斧を振り下ろすだけである。
ふぅ、血振りをして長柄斧をインベントリに戻す。
「ありがとう。本当に助かったよ」
改めて見ると、サンゴは美人だった。眠そうに目が細められているけど、仕事が出来そうな美人って感じのする女性だ。
白衣の下がブラウスとタイトスカート、黒のストッキングにブーツなのは、恐らくリズの好みに違いない。
こんな逸材を見て、あの変態が暴走しない訳がない。
「ううん。リズの知り合いなら構わないよ。どっちにしろ狩りに出てきてたから、敵がmobからプレイヤーに変わっただけ」
より詳しく言うなら苛立ちを解消しに来てたんだけど、余計な事は言わなくていい。
「改めて僕はサンゴ、リズのフレンドでね。一応生産の調薬と農業を取っているよ」
僕ってあまり使われない、そも女性が使う一人称じゃない筈なんだけど……ロールなのかな。
それにしても調薬かぁ、魔導薬の調合出来るかな?
「知ってるみたいだけど私はメロディア、メルって呼んでもらって構わない」
「そうかい。ならメルと呼ばしてもらうよ。僕の事も呼び捨てで構わない」
「うん。サンゴよろしく」
あの場に留まってもしょうがないので、私達は街へと戻る事にした。
街に戻る途中、何故襲われていたのかを聞いたところ、薬草の採取に来ていたら突如襲われ、アイテムを渡すように言われたらしい。何でも一人や少人数のパーティーを狙って、消費アイテムや武器等を盗ろうするPK集団だったようだ。
例え断られてもデスペナルティでの武器、もしくは素材、消耗品のランダムドロップ+キル経験値とPK専用のスキルのレベル上げにもなるので丁度良いらしい。
私達もあの集団の武器と素材がインベントリに入っていたけど、私は武器は鋳潰し、素材は売り払う予定である。
サンゴのお店も第一の街にあって、第二の街からポータルを使って第一の街へと帰る。
「メルこの後時間はあるかな? 助けてもらったお礼にお茶を振る舞いたいのだが」
晩御飯の下準備はしてあるので特に問題ない。それに、私も[薬師]であるサンゴには聞きたい事があったし丁度良かった。
「無問題」
「良かった。では僕の城に案内しよう」
連れてかれたのは私の工房から反対側にある街の外周部で、畑とかある場所だった。
農業もやるって言ってたから、この立地を選んだんだろう。
「ここが僕の城だ」
サンゴが両手を広げて言う。彼女の後ろにある建物を一言で言うなら、御伽噺に出てくる魔女の家? 少なくとも街にある変哲のない家とは呼べない事だけは確かである。
中に案内されると、店の部分で多くの棚にいろんな色の薬品が置いてあって、薬臭さとほのかに草の匂いが鼻孔を擽る。
そこから更に奥へと進み、テラスに置いてある椅子へ座りサンゴを待つ事になる。
サンゴはすぐに戻って来た。その手には急須と湯呑みを二つ乗せたお盆を持っている。
「待たせたね」
彼女も椅子に掛けると、湯呑みにお茶を注いでいく、薬湯というやつだろう。注がれているお茶から芳香な草の香りが漂ってくる。
「薬湯というやつでね。料理のスキルを持たない僕はこれしか淹れる事が出来ないのだよ」
実際料理はからきしなのだがねと、頬を掻く。
お礼を言ってから薬湯を飲むと、薬草の風味が口に広がって心地好い気分にしてくる。PKを蹴散らした時よりも気分が良くなる。
しばらく静寂がこの場を支配した。街の喧騒もこの辺りでは届かず、何もない西のフィールドに行くプレイヤーは少ない為、本当に静かなものだ。
サンゴに聞きたい事があったけど、この時間を壊すのを躊躇ってしまう。
「さて、ここなら誰も聞いていないからね。メル話しがあるのだけれど、いいかな?」
その静寂を崩したのはサンゴであった。
「何?」
「リズから聞いていてね。君は鍛冶師なんだってね」
「そうだよ」
「勿論、この事を誰かに言うつもりはないよ。僕自身、他のプレイヤー達には辟易としていてね。リズも五人目がいたよと僕に教えてくれただけなんだ。同時に君の愛らしさを二時間も聞かされたけれどね」
なんと言えばいいんだろうか、サンゴからすればいい迷惑だったろうに。後五人目って?
「サンゴ、五人目って何?」
「おや、リズから聞いていないのかい? メル、リズ、僕を含めた☆6のアイテムを作った事のある生産者の事だよ。まぁ、君の事は烈剣とリズが秘匿してるからね。一般プレイヤーは四人しか知らない訳だがね」
「☆6の生産者って五人しかいないんだ……」
プレイヤーの総数から考えてもっといるかと思っていた。
「裁縫師リズ、木工師ぱるぷんて、彫金師ゴードン、薬師サンゴ、そして君が五人目、鍛冶師のメロディア、まぁ、僕達が確認出来ている中での話しだけれどね」
リズはその辺の事、私に言わないからまったく知らなかった。私が聞いていないって言うのもあるんだけど。
「君がお店をやるつもりがないのも知っているからね。僕は黙っているつもりだよ。オンラインゲーマーは嫉妬や執着が凄いからね」
「それはブレイブやテッタ達から聞いてる」
「その事を知っていて頼むのもどうかしているとは思うんだがね、武器の製作を頼みたいんだよ」
武器の製作依頼?
「いいよ」
「え、随分と軽く了承してくれたけど、いいのかね?」
え、だってリズの知り合いだし、私の事黙っていてくれたみたいだし、それに私も頼み事をするつもりだったからね。ギブアンドテイクってやつだ。
「うん。私もサンゴに頼みたい事あるから」
「ああ、なるほどギブアンドテイクというやつだね。しかし、君の腕前ならポーション等、殆ど必要ないだろうに」
「そんな事ないよ。ただ今回は頼みたい薬が複数あって」
「言ってみたまえ」
「魔導薬、麻痺薬、過敏薬の三種類を結構な数欲しいの」
「ほう、麻痺薬はともかく、魔導薬と過敏薬を知っているとはね」
サンゴが感嘆といった様子でため息を吐いた。
「結構な数とはどれくらいかね?」
「できれば多い方がいいんだけど」
アレの製作にどれくらい導魔線が必要になるかわからない、失敗する事も考えると、やっぱり沢山欲しいのが本音だ。
「わかった。魔導薬の調合は少し難しいのだけど、三種類とも1スタックずつ用意しよう」
えっと、1スタックって事は99個かなりの数だ。これだけあれば足りる筈。
「サンゴ、その良いの? 調合大変何でしょう?」
「まぁ、僕も下心くらいはあるさ、僕はナイフ一本と投げナイフを三十本程作って欲しい」
それくらいなら、今ある材料で何とかなるし問題ない。
「私は大丈夫だけど、私の方が貰い過ぎじゃ……」
そんな事を言ったら、サンゴが露骨にため息を吐いた。何故?
「メル、君はもう少し自分の武器がどれ程の価値があるかを理解した方が良い。最新の鍛冶状況だと、鉄製が☆4の普通、鋼製が☆2の良なんだよ」
そう言えば、ブレイブもようやく鋼製の武器が出回ってきたって言っていたっけ。上鉄鉱石から鋼の精練に成功したんだね。
「魔導薬が高いから1スタックずつで釣り合うと思うがね。麻痺薬と過敏薬だけだったら2スタックずつでも足りないくらいさ」
そうなんだ。
「えっと、じゃあ、それでいいかな?」
「逆に僕が聞く立場だと思うんだがね。メルに問題がなければお願いしたいんだが」
うん。じゃあ商談成立で、じゃないと余計な薮を突っつきそうで怖い。
「私は大丈夫、期限はどれくらい?」
「そうだね。今日からこっちの時間で一週間でどうかな。魔導薬の材料が少ししかなくてね。採取に行かないといけないのだよ」
一週間後なら私も問題ないかな。私もそれで大丈夫と返事をして、その後はフレンド登録をして他愛のない話しで盛り上がって、サンゴホームから出る時には、朝の苛立ちや寂寥感はすっかりと消えていた。
気付いたら寝落ちしてることってあるよね……
次回は勇気視点の話になります。