プロローグ
なんちゃってMMOです。
「はぁー」
酷く憂鬱だ。
自室のベッドに腰掛けて膝の上にある新品のヘッドギア型のゲーム機を手に取って、また溜め息をもらす。
手に取ったゲーム機は〔レーヴペイ〕今流行りのVRゲーム機の最新型だそうだ。
そんな流行りのゲーム機を手に、なぜ私が30分も憂鬱な気分で葛藤しているのかといえば、昨日の夕方まで時間を遡る。
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「響ゲームしようぜ‼」
帰って来るなりそうのたまったのは、私の幼馴染兼クラスメート兼私が居候している家の息子である剱崎勇気だ。
夕飯の仕度をしていた私に、大きな紙袋を手渡して、「明日サービス開始だから、約束な‼」そう言い去って行こうとした勇気の頭に近場にあったラップフィルムを投げつける。
ラップフィルムは狙い違わず勇気の後頭部に直撃し、体勢を崩した勇気は派手に壁へと激突した。
「痛たた、何すんだよ響」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
軽く頭を振って非難の目を向ける勇気を黙らすよう私は冷たく睨む。
「どこをどうすれば調理中の私にゲーム機を手渡そうと思うの? ねぇ? 結構重かったから体勢を崩しそうになったんだけど? もしも私が怪我したらどうするの? ご飯いらない? 疲れて帰ってきた叔母さんに作って貰う気? それとも碌に包丁も触った事のないあんたと叔父さんの二人で漢料理でもする気なのかな?」
「……えっと、響さん?」
「なぁに?」
「もしかしなくても、怒っていらっしゃいますか?」
「……怒ってない呆れてるだけ、邪魔だからコレ持ってアッチに行ってて、本当にご飯がいらないなら邪魔してもいいけど?」
そう言うや、驚きの速さで敬礼をしリビングの方に逃げていった。
すぐに仕度を終わらせて私もリビングに行くと、着替え終わった勇気がソファーに座っていたので向かい側のソファーに腰を下ろし、先程の件を訊ねる。
「で? さっきの件だけど、ゲームって何の話し?」
「おう、明日からサービス開始予定のVRMMOゲームエンドレスフロンティアをやろうぜ‼」
「なんで?」
「俺が響とやりたいから」
「っ……私ゲーム機持ってないけど?」
不意討ち気味の言葉に頬が赤くなりそうになる。なんとか堪えたが、目の前のバカは昔からふと心臓に悪い言葉を言う。
「ん? さっき渡したコレ響のだけど? 俺もう持ってるし」
「はぁ? 勇気コレどうしたの? 確かVRゲーム機って八万ぐらいした記憶があったんだけど?」
ゲームごときに八万とか頭がおかしいとしか思えないって感じたのを覚えているし、そんな物をバイトもしていない上に金遣いの荒い勇気が買ってこれる筈がない。
「ああ、父さんと母さんに響とゲームをやりたいって言ったら、二つ返事で金を貰えた」
「…………」
あ、頭痛い。そうだった。叔母さんは私が絡めば大半は二つ返事で了承する人だった。
ともすれば、実子の勇気よりも叔母さんは私に甘いのを忘れてた。
叔父さんも一緒に何やってるのか叔母さんを止めるのは叔父さんの役目でしょう。
「だからさ、響一緒にゲームしようぜ」
結局、私は勇気に丸め込まれた訳で、ゲーム機を持って自室に退散したのが昨日の話である。
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一夜が過ぎて、ふと冷静になった時勇気に丸め込まれた昨日の私を呪った。
むしろ膝からのワンツーを入れて止めのソバットを叩き込みたくてしょうがない。
いや、その後も帰ってきた叔母さん達に返す事も出来た筈が、ぎこちなくお礼を言う事しか出来なかった私も……いや、あれは無理、あそこでゲーム機を返そうものなら、叔母さんに泣き付かれる。
最終的には私が諸々の罪悪感に負けてゲーム機を受けとる事になったのは間違いない。
「駄目だ。気付いた時には詰んでた」
決して安い物じゃない筈なのに、ただでさえ居候させて貰って、不自由のない生活をさせてもらっているのに、その上こんな事まで……私は━━
「……あれ?」
気付けば、私はゲーム機を持ったまま震えていた。
視界が滲んで少し息苦しい、わかってるいつもの事だ。少し思考が悪い方に向かっていたらしい。
これ以上悪くなる前に無理矢理気分を変えなくちゃ。
目尻の涙を拭って、深呼吸を数回、よしもう大丈夫いつもの私だ。
どちらにせよ。もう返す事が出来ないならやるしかない。
それに普段こんなに強く推してこない勇気が推すゲームだ。少し気にもなる。
よし、そうと決まれば早速やろう。
レーヴペイを被ってベッドで横になって電源をつけ起動ワードを口にする。
「ダイブスタート」