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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
8/90

第7話:愛されて、愛されて、愛されて

 スト子である和奏に付きまとわれてしまった。

 本当に不幸な八雲だった。

 バス停を降りて学園までの道を歩くのに、後ろをついてくる。


「おい、スト子」

「和奏でお願いします。スト子だなんて、誰か他の人に聞かれると、まるでこの私が先輩にストーカーをしているように聞こえるじゃありませんか」

「思いっきりしてるだろうが!?」


 その自覚ないとは言わせない。

 八雲は「学校でもそんな態度をするつもりか」と警戒心を抱く。


「いえいえ。先輩の学園生活を邪魔するつもりはありません。私にとっての先輩は見ているだけで良い存在なのです」

「……」

「貴方だけを見つめています。ずっと、ずっと、遠くから」

「普通に怖いわ」


 これまでこんな風にストーキング行為を受けていたこと自体、知らなかった。

 自分が鈍感だというべきか、気付かせなかった和奏がすごいのか。

 和奏は八雲に好意を抱き、諦める様子はない。

 学園の校門を抜けると、あることに彼は気づいた。


「……おい、スト子。お前、いつものこの時間に学校に来てたのか」

「ですね。先輩が朝早く、学校に来るので仕方ありません。私もそれに合わせていますよ。ですが、あの時間帯のバスは先輩の事をじっくりとみられるので何も苦ではありません。ずっと先輩の横顔を見ていられる至福の時です」


 完全にやばい人の目だった。

 心底うっとりしている和奏にドン引きする八雲は、


「本を読んでいるのは?」

「ただのフェイクです。ちなみに読んでいたのはお兄ちゃんの持ってるえっちぃ小説です。あれくらいのサイズの本を私は持っていなくて。小説とか読みませんし」

「すぐに返してあげて!? それじゃ、マスク姿は変装か?」

「いえ、先輩の方を見ていると、にやけてしまうので。口元を隠すためです。さすがに周囲から変態扱いされるのは私の本意ではありません」


 どっちにしても、やばい子だった。


――浩太、お前の妹はかなりの問題児だぞ。


 半ば呆れ果てる彼だが、ふとあることに気付く。

 八雲が学園に通う時間を把握し、それに合わせて毎日家を出ている。

 そして、彼に気付かれないように斜め後ろの席に座り続けていた。

 それは並大抵の努力ではない。


「……ある意味、すげぇな」

「褒めてもらってます? えへへ」

「全然、褒めてねぇよ!」


 ストーキングスキルが高いことを褒めることはない。

 校舎の中へと入ると、まだ学校内には朝練の生徒くらいしかおらず。

 朝の涼しい空気を肌で感じることができる。


「時間の使い道が難しいですよね。これだけ早いと無趣味な私は暇を持てあましてしまうんです。仕方ないので、ツイ●ターでひたすら先輩に対する思いをつぶやきまくることしか私にはできません」

「お前のアカウントを教えろ。そして、今すぐに削除しろ」


 彼女は「嫌です」と断ると、中庭のベンチを指さして、


「いつも、あそこで時間を潰すんです」

「教室に入らないのか?」

「いい場所なんですよ。ひなたぼっこには最適です」


 八雲は中庭の方へと足を向ける。

 鳥の鳴き声、朝練の生徒の声。

 聞こえてくるのはそんな小さな音ばかりで、静かな世界だ。

 人気のない中庭で、彼女はずっと一人で時間を潰していたのかと知る。


「スト子。お前は……」


――いつもここで一人なのか。


 そう言葉にすることを八雲は躊躇った。

 好きな男がいて、声もかけられずに遠くから見つめている。

 ただ顔を見ていたい。

 そのためならば、どんなに早い時間でも同じ時間に登校する。

 それは覚悟のいることなのではないか。


――普通、そんな面倒なことをできるか。

 

 ストーキングされるのはもちろん嫌だが、彼女を無暗に傷つけるのも躊躇われた。


――スト子のくせに。無駄に頑張りやがって。


 この二ヶ月間、彼女はどんな気持ちでこのベンチに座って時間を潰していたのか。

 それを考えると、なんといえばいいのか分からない。


「……紅茶でいいか。レモンティーかミルクティー、どちらが好きだ?」

「はい? ミルクティーの方が好きですけど」


 八雲は近くにある自販機で紙パックのミルクティーを購入する。

 自分の分はカフェオレにしておいた。

 彼はぶっきらぼうに、「ほらよ」とミルクティーを手渡す。


「え? せ、先輩が私にジュースをくれるんですか?」

「……俺が飲みたかっただけだ。ついでだよ」

「ありがとうございます。先輩が初めてくれたプレゼント。大事に家宝にします」

「そんなもの、するな。さっさと飲め」


 ベンチに座ると、少し離れて彼女も座った。

 この距離感が二人の距離感とも言える。

 恋人ではないし、友達でもない。

 一方的に好意を抱かれているだけの関係。


「……美味しいです。こういう甘いミルクティーの味はほっとします」

「そりゃよかった」

「先輩は優しいですね。苦手だと言いながらも、私に構ってくれる。その優しさは私に対する愛情だと勘違いしてもいいですか?」

「するな。間違ってもそれはない」


 カフェオレを飲みながら、朝の穏やかな太陽の日差しを浴びる。

 和奏はスト子には違いないが、話の分からない女ではないのではないか。

 一方的な感情を爆発させて、他人の迷惑など考えずに行動することも……。


――いや、昨日の件はえらい目にあわされたが。


 そうだった、忘れていたのだと八雲は考えを改めなおした。


――やっぱり、気を許せる相手ではないな。


 油断すればやられるのは違いない。

 

「合気道習ってたんだってな。お前、結構強いのか?」

「いえいえ。初歩的なレベルですよ。暴漢に襲われたら返り討ちにできる程度です」

「十分すぎると思うのだが……」


 少なくとも八雲の自由を奪い取るくらいは余裕だった。


「か弱い私には男の人に太刀打ちなんてできません」

「その割には余裕で俺を押し倒したが」

「あれは愛ゆえの行動です」


 愛ゆえに、で完全敗北させられた八雲である。


「人気のない場所、先輩がいいならここでも……脱ぎますか?」

「何もするな。一歩も動くな」

「冗談です。私だって人の目に触れる場所ではさすがに恥ずかしいですよ」


 頬を赤らめる彼女。

 そういう問題ではないのだと八雲は頭を抱えたくなる。


「そろそろ、教室に行くか。お前の自分の教室に戻れ」

「はい、そうしますね。……八雲先輩」


 彼女は小さく笑みを浮かべて、


「ミルクティー、ありがとうございました」

「……あぁ」

「同じ時間を過ごせて、夢みたいですごく嬉しいんです。また話をしてください」

「気が向いたらな」


 彼女は「えへへ」とご機嫌な様子でふわっと髪を風になびかせて歩いていく。

 その後姿を眺めながら、


「大倉和奏。根は悪いやつじゃなさそうだが……どうしたものか」


 とんでもない相手には違いないのに、完全無視もできない。

 不思議な気持ちにさせられた。

 迫りくる夏の気配を感じる季節。


「ったく、スト子の扱いなんて俺には分かんねぇよ」


 八雲は誰もいなくなった中庭で静かに悪態をつくしかできなかった。

 

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