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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第2シリーズ:恋を奏でて、愛を信じる
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第13話:トラブルは過去から来た


 ただいまの季節は秋、9月の半ばになった。

 園芸部の管理する中庭の花たちも、夏の花から秋の花へと変わる。

 夏の間から育てていた花を植え替えて、学園祭を迎えるころには中庭一面に秋の花の代表でありコスモスが咲き誇ることになる。


「ふぅ、一仕事を終えた後のジュースは美味しい」

「だねぇ。至福のひと時です」


 一息ついて、缶ジュースで喉の潤いを満たす。

 信愛はタオルで額ににじんだ汗をぬぐう。


「土いじりも楽しいけど、ヒマワリさんの残骸処分の方が大変でした」

「来年用の種を取るのも大変だ。そっちは他の子に任せるけど」

「ああいう細かい作業が得意な穂乃果ちゃんたちに任せましょう」

「とはいえ、この山のようなヒマワリから種を取り出すのは苦労するわよ」


 同じ園芸部員である梨奈は、目の前の山のようなヒマワリの残骸を前に苦笑い。

 先日の倦怠期問題はなんとか乗り越えたらしい。

 すっかりと持ち前の明るさを取り戻していた。

 ふたりは夏の花であったヒマワリを抜き、新しくコスモスの苗を並べて植えていたのだ。

 花の末路、枯れてしまうと綺麗な花もただの残骸になってしまうもの。

 寂しさを抱きつつも、新しく咲く花への期待もある。


「私たちの仕事は終わり。後はのんびりと水やりでもしてましょ」


 園芸部は季節ごとに花を飾るので、この時期が楽しくもあり、大変なのである。


「今年の夏は暑かったから、苗がダメになると思ってた」

「ちゃんと水やりをみんなで頑張った結果だね。はやく根がついてくれたらいいなぁ」

「信愛ちゃん、秋の花では何が好き?」

「シアはコスモスも好きだけど、ゼラニウムとかも好き」

「あー、なるほどなぁ。小さな可愛い花が咲くやつでしょ。可愛いの好きだもんね」


 ゼラニウムは赤やピンクなど、鮮やかな色彩も豊富で、育てやすい花である。


「家じゃ花を育てるにはベランダも狭いからなぁ。ひとつだけ植木鉢でプリムラの花を育ててるの。プリムラの花言葉は『青春の喜びと悲しみ』なんだって」

「それ、総司君との関係を表してるかも。悲しみの意味あいで」

「なんで? 総ちゃんは青春を楽しんでるよ。シアにたっぷりと愛されてるもん」


 例の事件の話を聞く限り、信愛に主導権を握られると大変そうである。

 梨奈は「あはは、彼の頑張り次第かなぁ」と陰ながら応援するのだった。


「――だからさぁ、こっちは迷惑だって言ってるじゃん!」


 そんなふたりに中庭の別の場所から女子の荒げる声が聞こえた。


「今の部長の声だよね。どうしたのかしら?」

「んー、なんか怒ってるような。あっ、シアがこっそりと、部室内に肥料をばらまいちゃったのがばれた? 掃除したけど、さすがに匂いで気づかれたかぁ。ぐぬぬ」

「それは素直に怒られてください。私たちを巻き込まないでね?」

「嫌だよ。部長、すっごく怖いもん。元ヤン先輩は恐ろしいの」


 園芸部の部長である、香月(かづき)は中学時代にやんちゃしていた時代があるために、元ヤンと陰で言われることが多い女子生徒である。

 しかし、花への愛情は誰よりも強い。

 また、花を愛する一方で、数少ない男子部員を尻に引く姉御肌の持ち主である。


「とりあえず、あっちに行ってみようか」

「えー。私はパス。怒ってる時の部長に近づくな。これ、園芸部の鉄則だから。気が付けば自分の方に火がついちゃってるのもよくあることだもん」

「うーん。確かに。でも、シアはすごく気になるんだよねぇ」


 しょうがないので、ひとりで、声のした方へと足を向ける。

 信愛が現場にたどり着くと、中庭の片隅で、困り果てた顔をする女子の姿がいた。

 金髪で目つきの鋭い香月に壁際に追い込まれて、恫喝されているようだ。

 どうみてもカツアゲにしか見られない。


「だ、だからぁ、あの件に関しては謝ってるじゃない」

「謝る? はっ、謝罪すればすべてチャラになると思ってるの?」

「こちらは誠意を見せてるつもりなの。先代部長がやらかした事件については深く反省して、再発防止を徹底いたします。なので、話だけでも聞いてくれない?」

「再発防止をするって言って、まともな対応をしている奴らをまず見たことがない」


 頼み込む女子が「そー言われるとつらいわぁ」と苦笑する。


「どうしたの、香月先輩? トラブルなのぉ?」

「水瀬か。あれだよ、こいつら奥村事件の関係者。お前も聞いたことはあるだろ」

「あー、奥村事件って、去年のアレ? ということは……映画部だっけ?」

「違うわよ。私たちは映像制作部です。去年のアレは本当に申し訳なかったわ。先代部長がしでかした事件は確かにひどかった」


 映像制作部と園芸部には一つの因縁がある。

 昨年、映像制作部は文化祭に発表する「学校案内」の映像を撮っていた。

 学校案内とは、来年度高校に入学予定の中学生を対象にした学校紹介の映像だ。

 オープンキャンパス代わりに、文化祭を利用して学校を訪れる生徒も少なくない。

 そのために必要なのが、その学校案内の映像だ。

 人気の生徒が学校内を紹介する映像を各所で流す。

 実際に、信愛もその映像を去年の文化祭に訪れた時に見ている。

 毎年、好評であり、映像制作部にとっては文化祭のメイン映像でもある。


「シアも映像は見たよ。素敵な先輩が学校案内して、分かりやすい映像だったよね」

「ありがと。今年もその作成を予定しているわ」

「だがな、あの件で園芸部はひどい被害を被ったんだ。忘れもしない、あの悲劇を」


 そう、部長である香月が怒ってるのはその時に起きた事件である。

 先代部長、奥村という男子生徒が引き起こした、通称、奥村事件。

 彼は映像の演出やアングルにとにかくこだわりを持つタイプであり、学校内の校舎の映像を魅力あふれる映像にするためにあらゆる個所から撮りまくった。

 悲劇の始まり、映像の撮影はとある休みの日に行われた。

 事前に撮影場所には中庭も含まれるという通知があっただけ。

 だが、翌日に登校してきた園芸部が見たのは見るも無残な中庭の光景である。

 撮影に邪魔だという理由で切られた、咲きかけのキンモクセイの枝葉。

 ここからのアングルがいいのだと、花壇の中に入り込み踏みつけられた花々。

 映像のためなら、他人の迷惑をかえりみない、どこぞの撮り鉄のごとく。

 撮影の邪魔になるという理由だけで、中庭は無残にも踏みにじられたのだ。

 荒らされた中庭に激怒した当時、1年生の香月は当然ながら猛抗議。

 その日のうちに、奥村を文字通りの鉄拳制裁を下した。

 学園側もその事態を重く受け止めて、映像制作部にはそれなりの処分が科された。

 しかし、その程度で園芸部が満足するはずもなく。

 その後も、損害賠償として奥村には毎月自費で肥料等の提供などをさせている。

 現在は3年生である奥村と、顔を合わすたびに、香月はジュースをおごらせるなどの制裁を科し、未だにお仕置きさせ続けているのである。


「ちなみにこの前の夏休みにホームセンターで偶然にあって、花の種と肥料を大量に買わせた。あと、草むしり用の器具も数セットもね。逃げ得は許さん」

「む、むしり取るだけむしり取ってるの。怖いわぁ」

「そりゃそうでしょ。あの程度で許されるわけもないけど。アイツの自己中で、私たち園芸部の苦労がどれだけ増えたと思ってるの? 踏みにじり、傷つけられた花の痛みを身をもって思い知らせてあげてるだけよ」


 元ヤン、香月部長の怒りを受けた奥村の哀れな自業自得な末路。

 早く卒業して香月から逃れたいと心底思っているであろう。

 今では金髪姿の女子を見るだけでおびえすくむありさまである、合掌。

 今年の夏前に部長が代替わりしたが、問題はその置き土産である。

 過去の負の遺産、決裂して深刻な溝を生んだ園芸部と映像制作部。

 この秋から新部長に任命された、大泉牧子(おおいずみ まきこ)は関係修復をしようと、こうして、まずは前年度の謝罪をしているのだ。


「先代部長の件については重ね重ねの謝罪をします。ねぇ、香月さん。あの怒りは本人にだけぶつけて、私たちとはうまくやっていきません? お互いにこの秋から部長になった者同士でしょう? 新しい世代、過去の遺恨は……」


 牧子は握手を求めようと手を差し出す。

 舌打ちをして、香月はその手をわざと強く握る。


「い、いひゃい。ち、力強すぎですよ!?」

「アンタら、ずいぶんと都合がいいわねぇ? ずっと被害者面し続ける気もないけど、あの悲劇を起こさない保証もない。この中庭は私たち、園芸部のテリトリーよ。入らないでくれる?」

「それはそうなんだけど。お願い、新作のPVの撮影にはこの場所が必要なの。協力してください。お願いしますからぁ」

「嫌だ。アンタらとは相互不干渉。何も関係を持ちたくない」


 必死に頼み込んでくる彼女に、香月は誠意と筋を通そうとすることは感じている。

 映像制作部が現在作成中の動画は、学校からの依頼でもあるだ。

 彼らは放送部や園芸部など、学校側に近い立場の部活である。

 なので予算もそれなりに上乗せされている分、依頼も少なくない。

 お互いに近い立場同士、協力し合うべきだ。

 また学校側に許可を取れば、中庭の使用も園芸部が口出すするものでもない。

 あえて、その手段を取らず、真正面から謝罪をして、遺恨をなくそうと努力する。

 そんな牧子の態度に好感は持てるが、あまりにも例の事件の傷跡が大きすぎた。

 悲劇を知る世代。

 どうしても素直に相容れないのが香月たち、二年生一同の意見であった。


「……なるほどなぁ。シアも先輩たちの気持ちがよく分かるよぉ。大切に育てていた花が勝手な理由で踏みにじられた理不尽さは悲しいね」

「ホントに悲しいのは撮影していた映像制作部の連中の誰一人も中庭を荒らしたことを反対しなかったことだわ。倫理観の欠如。人としての何かが欠けていると言わざるを得ない」

「うぐっ。あ、あの時は締め切りが近くて、あの……」


 止められなかった、といくら言い訳を並べてもやってしまった事実は変わらず。

 彼女たちにも事情があり、奥村の暴走にいちいち口出しはできなかった。

 結果として招いた悲劇の責任は、彼ひとりだけの問題ではない。

 両者の関係、どうしようもなく改善の道筋すら見えない。

 だが、その遺恨を話でしか知らない一年生の信愛は別だった。


「大泉が筋を通してきてるのは認める。だが、感情が許さない」

「ホント、申し訳ない。言い訳すらもできないわ」

「私らはどうしても、映像制作部の協力はできない。それが園芸部の結論だ」

「そんな!? そこを何とか、お願いっ。もう時間もないの」

「時間? そんなの去年の映像を使いまわせばいいでしょ?」

「それは、今回はコンセプトも違うから……」


 学校の映像を撮るためには、この中庭は欠かせない。

 それに、彼女たちが撮ろうとしているあるプロジェクトのためにも……。

 協議が決裂しかけた瞬間、声をあげたのは信愛だった。


「待ってよ、部長ぉ。映像制作部のマッキー先輩もちゃんと謝りにきてるんだし、許してあげるのも必要じゃない?」


 意外にも牧子に対して助け舟を出す。

 思わぬ援護にきょとんとした表情を牧子は浮かべながら、


「マッキー先輩か。せめて“いずみん”とか愛称で呼んでもらいたいなぁ」

「え? マッキー先輩でいいじゃん? 可愛いよ?」

「……まぁ、キミがそれでいいのなら受け入れるけど。私たちの話を聞いてもらえる? 私たちも時間がないの。だけど、映像を撮るのはここがいいわ。もうすぐコスモスの花が咲き乱れて、とても美しい絵が撮れるんだもの」

「その美しさを育てるのにどれだけかかると思ってる? 去年のお前たちは、簡単に踏みにじった過去を忘れるな。花は傷ついたら簡単に元通りにはならない。去年の文化祭に咲くはずだった花たちはひどかったわ」

「……まぁまぁ。部長も怒りを収めて」


 怒りがこみあげてくる香月をなだめる。

 

「そうだ、それならこの話は一年生で請け負ってもいい?」

「はぁ?」

「いいじゃない、シアも頑張るから。ねぇ、部長?」


 信愛はあっさりと二つ返事で提案を受け入れようとする。

 半ば呆れつつも、彼女らしいと香月は思った。


「おいおい。安請け合いするなよ、水瀬」

「だって、PVってすごくない? なんか面白そうだもの」

「はぁ、お前なぁ……。だが、これが最善か。私たちは関わる気がないし、放置するのも誠意に欠ける。仕方ない、この件、お前に一任する。一年生たちの説得を含めて、水瀬に任せるよ」

「はーい、お任せあれ。この水瀬信愛が2つの部活の架け橋になります」


 信愛が味方になるという予想していない展開に牧子は唖然とする。


「えっと、こちらとしては大助かりなんだけど……いいの?」

「もちろん。シアは頑張る人の応援する子だよ」

「ありがとう。お礼を言わせてもらうわ」

「えへへ。仲良くしましょう♪」

 

 誠意には誠意を。

 筋を通す態度には、こちらも筋を通してお返しするのが礼儀である。

 過去の因縁と確執を断ち切り、新しい関係を築き上げる。

 信愛は映像制作部と協力することになったのだった――。

 


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