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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
31/90

第30話:スト子VS悪女。因縁の対決!

 決戦の時である。

 そういえば大げさだが、昨日の敗北のリベンジに燃えている。

 放課後になり、屋上へと上がった八雲はすでに待ち構えていた那智と対峙する。


「あれぇ、おひとりだけ? 人を呼んでおいて、あの小生意気な子はどこに?」

「少し遅れるそうだ」

「大倉妹はあとでたっぷりと可愛がってあげたい。あの生意気な顔をどうにかしてやりたいわぁ。それで、アンタも私に何か文句でもあるわけぇ?」

「文句なら山ほどあるさ。なぁ、彩萌との付き合いをやめる気はないか?」


 彼にとっては彩萌のことだけが気がかりなのだ。

 元恋人を那智から救いたいと思う、その一心しかない。


「私が自ら手放すことを望んでいるのならそれはありえない。あの子は可愛いオモチャだもの。そして、私を裏切ることもないし」

「裏切りか。なぁ、那智。お前さ、浩太のことを本気で愛してたのか」


 愛した人間に裏切られた過去が消えない。

 那智の心の根っこにあるのはその悲しい記憶だろう。


「さぁね? そんな前のことは忘れちゃったぁ。ただ、あの件で私は人を信じるのをやめたの。人って言葉で愛してるっていうくせに、平気で浮気もするわ。人の言葉に意味なんてないと思い知らされた。愛してるって気持ちがなくても誰でも言えるものなんだって知ったの」

「浮気心なんて誰の心の中にもある。いくら相手を好きでも、満たされないこともある。その僅かな気持ちが隙となり、付け入る隙となる。お前はそう言ったな」

「実際にそうでしょう。果は神原もよく知ってるはず。愛って想像以上に脆くて壊れやすい。愛にロマンスなんてないものぉ」


 愛を信じられない人間が愛を語るのか。

 八雲はそう言葉にはしなかった。

 彼女自身がそれを分かっていると思ったからだ。


――いい恋愛をすれば、お前自身も救われるのに。


 八雲自身、和奏に惹かれつつある。

 人を好きになることを、幸せだと思えている。

 そして、自分も少しは変われた気がしている。

 

「本気で誰かを好きになれば、お前も変われるんじゃないか?」

「ふふっ。なぁに、それぇ? カッコつけちゃって。私は誰も本気で好きになったりしない。私はもう二度と誰も信じないし、愛さないって決めてるのぉ」


 彼女は嘲笑ともに言い放った。


――寂しいな。こういう生き方しかできないのも。


 同情の気持ちを抱くのは彼女には侮辱だろう。

 そんな同情、されたくもないに違いない。


「――それはそれで結構。貴方がどんな考えであっても関係ありません」


 遅れてきた和奏がようやく屋上にやってきた。

 夏のそよ風に長い髪を揺らしながら、


「お待たせしました。すべての準備は整いましたのでご心配なく。八雲先輩」


 相変わらず、何を企んでいるのか、最後まで八雲は聞かされていない。


――出たとこ勝負か。それもそれで面白い。お前に任せるぞ、和奏。


 彼女のやりたいようにやらせてみよう。


「那智先輩。昨日は先輩に好き放題言ってくれましたね。今日は私のターンです」

「いいわぁ。アンタのその小生意気な顔。苛めて歪めたくなる」

「私も同じ気持ちですよ。その心を折りまくって、無様に這いつくばる光景をみたいものですねぇ。負け犬っぷりを見せてくださいよ」


 どちらもお互いを嫌悪しあう者同士。

 スト子VS悪女、女の戦いが始まる。


「貴方の薄汚れている欲望はとても醜いものです。自分勝手に人を傷つけて何が楽しいのでしょうか。先輩から彩萌先輩を奪い取り、その彩萌先輩ですらも本心から愛そうともせずに傷つけて。貴方にはきっと人の心が分からないのでしょう」

「だからぁ、昨日も言ったじゃん? 私は別に奪い取ったつもりはないだってばぁ。神原と彩萌の付き合いの邪魔をした程度で別れた方が悪いと思わない?」

「貴方は恋に惚気る彩萌先輩が面白くないという理由で、二人の関係をかき乱した。それは罪です。面白がって他人の恋愛を弄ぶ悪女の所業です」


 にらみ合う双方だが、どちらも引く気配はない。

 重苦しい空気で屋上が淀む。


「そもそも、神原はあの子の本質に気づいてたわけ?」

「どういう意味だ?」

「意地悪されるのが好きなドMな性癖。相手に尽くしたいタイプの犬系女子。そういう彼女の本性に気づいてた? 気づいてなかったよねぇ?」


 彩萌がこうも簡単に八雲から那智になびいたのには理由がある。

 那智は彼女の本質にいち早く気づいて、そこを的確についたのだ。


「アンタはあの子を大切にしていた。でも、それだけだった。人間、相性の良しあしがあるものぉ。優しくされるだけじゃぁ、満足できないこともあるわぁ」

「……そうだな。ある意味で、俺は彩萌とちゃんと向き合ってなかった。知っているつもりでいただけで、本当の彼女を知らなかった」


 ただ好きでそばにいるだけで満足していた。

 相手のことを考えて、相手に合わせようと考えたこともなかった。


「まぁ、彩萌もおバカだからさぁ。天然だし、あんまり物事を深く考えたりもしない。だけど、アンタと付き合っているうちに、気づいちゃったのよぉ」


 那智は唇に指先を当てて、艶美に微笑む。


「神原では自分を満足させてはくれないって。心を満たしてくれない存在とはずっと一緒にはいたくない。子供でも分かる単純なことでしょ?」

「お前にはそれができたと?」

「だから、あの子は今も私から離れないんじゃないのぉ? そもそも、彩萌は誰でもいいから恋愛をしていたい。恋愛中毒気味なところがあるもの」


 恋愛中毒、恋愛依存ともいえる。

 彩萌は幼い頃から可愛らしい容姿と人懐っこい性格で周囲から愛されていた。

 人から愛されるのが当然だと思い込んでいた。


「誰でもいいから構ってほしい。愛されたくてしょうがない。あの子の欲望は自分勝手で我がままだわぁ。例え、相手が女でも、あの子は自分を愛してくれる存在がいるのなら、誰でものめり込んでしまうの」

「……なるほど。彩萌先輩の弱点とも言える他人に対する依存気味な性格をねらったわけですね。それゆえに、今も彼女は貴方から離れられずにいる」

「ペットと同じよ。適度に可愛がってあげれば満足する。私にのめり込んで、あとは好き放題にできるわけ。神原も同じように満足させてあげられたらよかったのにねぇ」

「那智、お前なぁ!」


 その物言いに再びイラッとする八雲だが、


「挑発に乗らないでください、八雲先輩。今日は私にお任せを」


 和奏は手で制して代わりに那智に立ちはだかる。

 戦う覚悟を決めた乙女は強いのだ。


「那智先輩のような考えも、人心掌握の意味ではアリなのでしょう。人の心を掴むのも才能のひとつ。すっかりと彩萌先輩の心を自分のものにしてしまっている」

「……それが悪だとでも? あの子は私に満足してるし、そんな彼女で遊んでいる私も満足している。いわゆるウィンウィンの関係じゃない?」


 そっと那智は背後のフェンスにもたれる。


「私はあの子を不幸にはしてないつもりよぉ?」

「貴方は他人を支配することが好きなだけです。相手を支配して自己満足を得る。他人を信じられず、誰も愛せず。なのに、他人への依存をやめられない。そうです、那智先輩は他人との“心の繋がり”が欲しいだけなんですよ」


 少女を歪ませているものは、やはり過去の恋愛。

 他人を拒絶するくせに、未だに他人との繋がりだけは求めている。


「私から見れば、先輩もただ強がっているだけの寂しい人にしか見えません」


 那智に対して憐れむようなまなざしを送る和奏だった。

 当然、和奏に対して那智も不愉快さを露わにする。


「その目、気に入らないわぁ。私を見下さないでくれるぅ?」


 ギシッという音を立て、後ろ手で金網を握る。

 苛立つ那智に和奏はため息をつきながら、


「……ふぅ。那智先輩が彩萌先輩をどうしていようと私には関係のないこと。外野がどうこう言う問題ではないのでしょう」

「分かってるんじゃない」

「ですが、結果的に、それで八雲先輩は傷ついた。彼は優しくて、純粋な方です。裏切られたのに、まだ彩萌先輩を救いたいと願っている。だから、私にできるのは彼の望みを叶えてあげることです」


 逆に言えば和奏が那智と戦う理由もそれだけでしかない。

 八雲の未練を断ち切ることで、自分への恋愛を加速させたい。

 そのために必要なのが、那智と彩萌の関係を終わらせることだからする。

 彼女も自らの欲望のために戦う、それだけなのだ。


「あははっ。私と彩萌を破局に追い込みたいと? できるのかしらぁ?」


 和奏は人差し指を立てると「簡単ですよ」と囁いた。


「依存している関係というのは一見、執着も強く、離れがたいように見えます。貴方も彩萌先輩の心を完全に支配している自負があるのでしょう」

「そうねぇ、あの子は私から離れられないわぁ」

「ですが、依存しあう関係は脆さもあるんです。それを教えてさしあげます。改めて、質問しましょう。彩萌先輩のことを心の底から愛していますか?」


 彼女の問いに那智は嘲笑うかのように、


「愛してるわけないじゃない。あの子はただのオモチャでしかないの」

「貴方にとって同性愛をしているつもりは一切ないと?」

「女同士で本気で愛しあえるほど、私は変態でもないわぁ。弄れば反応が可愛いのは認めるけども、それだけぇ。本気で愛してるわけないし、付き合ってるつもりもない」

「最初から、そうだったんですか? 貴方は彼女を想ったことは一度もないと?」

「何度も言わせないでよ。そうよぉ、最初からムカついてたの。神原に恋愛して惚気てるあの子が嫌いだった。恋愛に溺れる姿が幸せそうで、楽しそうで。そういう顔を見ていたら壊したいと思ったのぉ」


 やはり、愛なんて所詮は言葉だけのものだ。

 それを証明するために、他人の幸福を壊した。

 人の想いを踏みにじる行為を平然とやってのける。

 まさに悪女にふさわしい、那智は声を荒げながら、

 

「私が彩萌の心の隙間に入り込んで近づいた。そうしたら案の定、簡単に壊れちゃった。愛してるって言ってたのは結局、口ばっかりだった。好きな相手を裏切って、別れを告げて、今は私のモノになってる。くすっ。ホント、バカだよねぇ! 騙されて、弄ばれてることにも気づけない、バカなんだからさぁ!」


 人は他人の幸せを妬む生き物だ。

 恋人と楽しそうに幸せな時間を過ごす、誰もが憧れる青春そのもの。

 自分にはそんな甘い恋愛に縁がなかったのに、と嫉妬の炎に身を焦がす。

 だからこそ、那智はそれをぐちゃぐちゃに壊したくなったのだ。

 紛れもなく女としての嫉妬心から来る衝動。

 彩萌を篭絡した結果、呆気なく彼女は八雲を裏切り捨てた。

 愛なんて所詮はこんなものだと、那智の思い通りに進んで今に至る。


「教えてあげるわ。私が心の底から愛してるのは、可愛らしい私の妹だけなの。あんなおバカとの関係なんて、暇つぶしでしかないのよぉ」

「うふふっ。何ともゲスな言い方です。性格がにじみ出ていますよ。百合かと思えばただのシスコンですか。まったく変態さんですねぇ。……そういうことだそうですよ?」


 和奏の口元に不敵な笑みが浮かんでいた。

 違和感のような何かを那智は感じ取った。


「何をそんなに笑っているのかしらぁ?」

「那智先輩は“貴方”を本気で愛したことなどなかった。自らの恋愛に対して、失敗したゆえの嫉妬心。その哀れな復讐でしかなかった。そう、彼女は言いました」

「大倉妹! だから、アンタは何を言って……」

「残念ですが、これが真実です。これが現実なんですよ。これだけ言われても、まだ“貴方”は彼女を愛し続けていくおつもりですか? その価値があるとでも?」


 和奏は目の前の那智ではなく、誰かに向けて言葉を放っていた。

 気づいた時には既に時遅し――。


「そんな……まさか、アンタはッ!?」

「言ったでしょう。恋愛依存の関係は脆いもの。相手が自分に興味がないと知れば、それだけで瓦解する程度のものなんです。ねぇ、“彩萌先輩”――?」

 

 和奏の視線は屋上の扉の方へと向けられていた。

 ゆっくりと扉の陰から姿を現したのは、


「なっちゃん……。今の言葉、ホントなの?」


 真っ青な顔をして、ショックを受ける彩萌がそこにいた。

 人は自ら聞いた言葉しか信じられない。

 ならば、もう一度それを本人に聞かせてあげればいいだけのこと。

 愛とは信頼の上にこそ成立するもの、その瓦解こそ和奏の狙いだ。

 すべてはこの瞬間だけのために。

 和奏の秘策、その”一本目の矢”が那智に牙をむいた――。

 

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