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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
23/90

第22話:恋する乙女はどんな瞳をしている?

 悪女である那智と言い争いを続ける八雲。

 その間に入った和奏は牽制の意味を込めて、


「那智先輩は浮気はされた方が悪いと言いましたが、それは自らも含めてですか?」

「……そうよ。実体験を含めて、そう感じてるわぁ」

「つまり貴方には女性として一人の男すら繋ぎ止めておけない魅力ない、と?」


 あからさまな挑発に那智は顔を強張らせた。

 先ほどまでの嫌味ったらしい笑顔は浮かんでいない。

 

「魅力のない女性は捨てられてもしょうがないですねぇ?」

「……っ……」

「自業自得だと言わざるを得ません。だって自分には魅力がないのですから?」


 和奏は那智に対して真顔で責めたてる。


「仕方ない事ですね。他人に対して歪んだ感情を持ってるようですし。そういう心の汚れた人間は、隠していても雰囲気に滲み出してしまうものです」

「アンタの兄よりはマシでしょう?」

「確かに。あの人は最低です。自分の欲望のままに行動する男の人。ですが、あの人に裏切られたくらいで、愛を信じられなくなった哀れな人です」


 彼女は八雲の方を振り向くと、彼にも辛辣な言葉を告げる。


「八雲先輩も少しは反省してください」

「何をだよ」

「この程度の人に負けて、大切な人を奪われた事実をです。貴方が優しいのは美徳ですが、それも弱点ですねぇ。戦う前に諦める。それは恋愛においては最低なことだと思いますよ。恋愛に必要なのは執念です」


 びしっと指を差されて彼は沈黙する。


――お前に言われると説得力が無駄にあるな。


 その執念さに押し負けそうになっている八雲でもある。


「でも、いいんですよ。愛する人の弱さもまた魅力的なものですから。私はそういう先輩の弱さを受け止めてあげられるだけの度量もあります。」

「おい、好き勝手に言いすぎだ」

「くすっ。そうですね。今日はこれくらいにしておきましょうか」


 そう言って微笑を浮かべた和奏は高らかに宣言するように、


「那智先輩、私は貴方を嫌悪しています。人の感情を弄び、人の恋路を邪魔して、人の尊厳を踏みにじるのを楽しんでいる。私、そういう嫌いな人が大嫌いなんですよ」

「そうなのぉ?」

「意地悪な人間ほど、自分がされて嫌なことをされるのを嫌がりますよね」


 淡々とした口調ながらも和奏は真っすぐと那智の目を見た。


「――なので、次に会うときは先輩と同じ目に合わせてさしあげましょう」


 ふたりの視線が交錯しあう。

 どちらも目線をそらさずに、お互いを睨みあう。


「ふふふっ。面白い事を言う子だわぁ」

「貴方の心をこれでもかとボキボキに折って差し上げます。泣いてわめいても許されない、貴方の罪を裁きます。後悔しても遅いんですよ。八雲先輩の敵は私が討ちますので、その覚悟だけをしておいてくださいね?」

「ホント、面白いじゃない。大倉和奏ぁ?」


 和奏の挑発に乗った那智はどこかそれを楽しむ様子。

 部室に二人の少女の笑い声だけが響き渡る。


――これが修羅場ってやつか。女の陰湿な戦いか。


 悪女対決にドン引きする八雲をよそに、


「せいぜい、心の準備をしておいてくださいね、先輩」

「やれるものならやってごらん、後輩ちゃん」


 バチバチとした火花を散らす、静かなる女の戦い。

 どちらも近づきたくない威圧感を放つ。


――俺、あいつらに巻き込まれたくねぇ。


 素直な本音を漏らす八雲だった。

 女の闘いに巻き込まれて、ろくな目にあった話を聞かないものである。





 家庭科室を出た後の八雲はぐったりと疲れ切った様子だった。

 そんな八雲を見かねた和奏は抱きついて支えるように、


「可哀想な先輩。あんなひどい悪女に好き放題に言われて何も言い返せない現実に相当なショックを受けている様子ですね」

「お前は言いづらいことをはっきり言うな!?」

「私、正直者ですから。オブラートに包むなんて真似はしません」

「……ちくしょうめ。人の心の傷をえぐりやがって」


 ズキズキと痛む心の傷跡。

 何も言い返せなかった。

 それは事実であり、彼にとっての現実だ。


――何も言い返せない自分が恥ずかしい。


 必死さも執着心も、八雲には足りていなかった。

 自分の足りていないものを指摘されてしまった敗北感と屈辱感。

 己の弱さを責められて失意に沈む。


――今回は俺の敗北だ。那智に完敗させられたぜ。


 放課後の廊下にたたずみながら、和奏は改めて彼に言う。


「先輩は見苦しい真似をすることが苦手なんですよねぇ」

「……そうかもしれないな」

「恋愛ってもっとみっともなく足掻いてもいいと思うんですよ。例え、終わるとしても綺麗に終わらせたいと思う先輩の考えも分からなくはないですが。私ならば、大好きな人が離れていくのを黙ってみてるつもりはありません。納得もしません」


 彼女は闘志に溢れた強い意志を見せつけるように、


「私ならば、泥沼になろうが、修羅場になろうが、最後の最後まで大好きな人を諦めたりしませんよ? 最終的に私の勝利になるならば泥仕合は大いに結構。望むところだと言わせてもらいます」

「恋愛の泥沼って最悪、死亡フラグたつような事件になるからやめて」


 歪みきって病んだ愛に殺されたくはない。

 恋愛の泥仕合ほど醜く巻き込まれたくないものはない。


「良い思い出で終わらせるために、綺麗に終わりたいと思っているさ」

「そんな中途半端な愛は捨ててください。そんな先輩の恋愛は綺麗に終わった過去はありますか? 己の行動が中途半端ならば、未練の残った愛しかないのでは?」

「うぐっ……そ、それは……」

「何事も全力を尽くさないと消化不良なんですよ。恋愛は情熱です。自分の全部を出し切って、それでもダメならようやく諦められるものです。必死にならない恋に何の意味がありますか」


 言われたい放題の八雲は反論する気力も奪われる。


「とにかく、那智先輩の非道さと邪悪さはよく理解できました。あんな本性を隠してたなんて驚きですね? 人って見た目によりません」

「……那智は前からああいうタイプだよ。想像以上ではあったけども」

「愛に裏切られて、愛を信じられずに悪女に堕ちた哀れな女性です。兄がきっかけとするのなら罪悪感程度は感じざるを得ませんが。あぁ、兄はあとでトドメを刺します」

「止めはしないさ。好きにやってあげてくれ」


 あっさりと親友を見限って、ゴーサインを出す。

 それだけの業を重ねてきた浩太には罪に似合うお仕置きが必要だった。


「那智先輩に言ったように、八雲先輩の敵は私が取りますので」

「取らなくてもいいっての」

「いいえ。そういうわけにはいきません。好きな人を傷つけられて黙っているなんて真似は私にはできません。心を粉塵になるまで砕いてあげないと私の気も収まりません」

「粉々って……お前、意外と気が強いよな。昔の大人しい印象はどこに消えた?」

「えへへっ。先輩への愛が私を強くしてくれました」


 満面の笑顔で返されて「そうか」としか言い返せなかった。


――スト子の一途すぎる愛が怖いぜ。


 何事も一途ゆえに、やることも過激なのである。

 八雲は校門を出るとバス停に向かい始めていた。

 だが、その行き先に和奏は疑問を抱いたようで、


「ところで、先輩? 次はどこへ向かうつもりなんですか? こちらのバス乗り場は駅前に行く方向ですよね。家に帰るのではないんですか?」

「一応、彩萌に会いに行こうかなって。駅方面にいるって話だろ。アイツは那智の本性を知らない。騙されているんだから、忠告くらいはしておいてやろうかって……」


 バス乗り場の方へと足を向ける彼に和奏は、


「無駄だと思いますよ? だって恋は盲目。都合の悪い意見など耳には入りません」


 大抵の恋する乙女の瞳は曇ってるものだ。

 悲しいかな、それが恋というものだから。

 

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