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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
18/90

第17話:悪は滅ぶのが世の常。正義は我にあり!

「先輩のために私にできることはありませんか?」


 揺れるバスの車内。

 朝っぱらから、八雲は斜め後ろのいつもの席に座る和奏に声をかけられた。


「できることってなんだよ? 大人しくしておいてくれよ」

「そうではありません。あの、お隣に座っても?」

「いちいち確認を取るお前は律儀だよな」

「私、空気を読むのは得意なのです」


 絶対に嘘だと八雲は内心、悪態をついた。

 彼の隣に座ると小声で彼女は、


「私、考えました。先輩の元恋人の件、どう考えても兄が悪いのだと」

「まだその話をするのか」

「だって、何気にショックでしたから。先輩の失恋は私にとっての好機ではありますが、そのことで先輩はひどく傷ついたことでしょう」

「まぁ、それなりにはな」


 彩萌との交際は順調そのものだったし、突然の別れに動揺もした。

 彼女が裏切って別の相手、那智と関係を深めていたとは思わなかった。


「心の傷を癒すのは新しい恋。その役目は私が引き受けます」

「……あー、そう。で、何を企んでいる?」

「企んでいるのではありませんが、先輩って那智先輩と会うのを避け続けているのでしょう? やはり、自分の恋人を寝取った相手とは会えませんか?」

「会う必要もないだろうに。あのなぁ、彩萌との関係はもう一ヶ月も前に終わった話だ。それ以上、蒸し返すつもりはないし、会う気もない」


 そもそも、こういう事を考えるのが嫌で相手の名前を知ろうとしなかった。

 人は意識すると止めることができない。

 耳と目を閉じ、知らぬふりでいる方が幸せなこともあるのだ。


「那智は中学の同級生で、顔見知りだからな。名前すら意識したくなかった」

「ですが、この件で先輩は前に進めていないような気がするんです。後顧の憂いなく、私との恋に発展するためには過去の清算は必要です」

「過去の清算?」


 和奏は自分の胸元に手をやり、やる気満々と言った風に、


「大丈夫です。私が先輩のかたきを取りますから!」

「待ちなさい。何をするつもりだ、何を!?」

「ですから敵ですよ? 先輩のためになら私は修羅になります」

「ならなくていいっ!」


 いきなりぶっそうな事を言い出すのですぐさま止めた。

 八雲としては今の現状を混乱させる展開を望んでいない。

 

「先輩が望むのならば相手にどんな嫌がらせでも……」

「しなくていいっての」

「では、彼女たちが秘密にしてる関係の暴露でもしましょうか?」

「もういいって言ってるだろう? あんまり彩萌を困らせる真似はするな」


 その発言に彼自身は「あっ」と口をふさぎたくなる。


――別れた後でも未練あるっぽいと思われたか?


 実際、口ではどう言おうとも、彩萌に対して八雲は困らせたくないのだ。

 そのような想いなど見抜いていた和奏は静かに確信していた様子で、


「八雲先輩がこの件に関して何も言わなかったのは、彩萌先輩のためですよね」

「何でそうなる?」

「彩萌先輩を愛していたからです。先輩はとても優しい人です。那智先輩と対立すれば、必然的に彩萌先輩を傷つけるかもしれない。それはとても悲しい事です」

「彩萌の事はもう吹っ切ってるし、過去の清算なんてしなくても人は生きていける。忘れてしまうことで前にだって進めるんだぜ」

「それはただ逃げているだけです。現実を直視せずに、前には進めません」


――ぐっ。正論で論破されてしまった。


 それは八雲に対して初めて見せる、和奏の真面目な表情だった。

 恋愛に関しては覚悟の意味でも彼女には敵わない。

 

「過去の話ですが私は先輩に救ってもらったことがあります。壊れそうだった心を癒し、救ってくれたのは貴方だった。先輩のおかげで今の私があるんです」

「……スト子」

「先輩には何の未練もなく、私だけを愛してほしい。そのために必要なことです。さぁ、前へ進んでください。そして、私の胸に思う存分に飛び込んできてください」

「って、結局はお前のためじゃないか!」

「えー、ダメですか!?」


 八雲を思う一途な愛がこういう行動もさせるのか。

 だが、過去と向き合い、清算をするというのは心の整理でもある。

 今の八雲には必要なことではあるような気がした。


「一度だけ、話をするくらいならいいかもしれんな」

「ホントですか?」

「ただし、この件でお前を好きになるためとかではない」

「もうすでに私の事を愛してるからですね? えへへ」

「……お前のポジティブ思考には呆れるしかないな」


 八雲にとっては逃げ続けていたという自覚のある事だった。

 そこをつかれて痛いと思ったのは事実だ。


――自分の中の気持ちを整理するためなら、こういう機会もいいかもしれない。


 あれから一ヶ月がすぎて、冷静に物事を考えられる。

 過去の恋愛をいつまでも引きずり続けてしまうのはよろしくない。

 

「そうだな。過去のケリをつけておくのは悪い話ではない、か」


 人はどんな時にも“けじめ”という区切りをつけることが大切なのだ。

 そう、それは例えば、好きだった想いに対しても――。






「……というわけで、お兄ちゃん。私は大変に憤慨しているの」

「う、腕!? 腕がきまってるんですが!?」


 放課後になり、昨日の空き教室で浩太は和奏に腕をひねられていた。

 帰る間際に拘束され、ここまで連れてこられたのである。


――俺、昨日はこんな風に捕まってたんだな。


 男が軽く女子に屈服されている姿。

 客観的にみると、ものすごく情けない光景だった。


「ちょ、ちょっと!? 何で俺が捕まってるの?」

「浩太。俺は悲しいよ、親友に裏切られてたなんてな?」

「な、なんだよ。お前ら、ふたりして!? 俺が何をしたっていうんだ!?」


 青い顔をする浩太は慌てふためき、何の事情も分からず困惑する。

 彼が拘束されたのはもちろん例の件である。


「なぁ、浩太。俺はお前には一発くらいぶん殴る権利はあると思うんだ」

「は? な、なにを物騒なことを……どうした、八雲!?」

「お兄ちゃんの過去がひどいせいで、先輩が悲しむ結果になった事を後悔させてあげるから。大丈夫だよ、私は本気で人を痛めつけることができる女だもの」

「妹が超怖いんですが!? い、いたた、やめて。折れちゃうから!?」


 空き教室で妹に折檻される兄の叫び声。

 実兄であろうと容赦なく片腕をひねる和奏は八雲に問う。


「先輩、どうします? このまま、やっちゃいますか?」

「まぁ、待て。浩太も何も知らずにフルボッコにされるのはかわいそうだな」

「なるほど。では、事情説明をしましょう」


 そこで彼らは先日知った真実を話した。


「順を追って説明してあげる。お兄ちゃん、中学3年生の冬、貴方は人間として最も低い真似をしたよねぇ? そう、浮気行為だよ」

「ひっ。あ、あれは……」

「言い訳無用。大倉家の恥さらし。女好きの薄汚い欲望の持ち主が私の兄であることを大変に遺憾に思うわ。被害女性には家族として謝罪したい気分」

「お、俺が悪かった。でも、あれはもう終わった話だろ?」


 そう、一年も前の話で全ては過去のはずだった。


「ところがそうも行かないの。被害者の名前は?」

「……水瀬那智と畑山祥子」

「その片方、那智先輩は同じ学校だよね?」

「アイツなぁ。俺の事を相当に恨んでいたようで、いまだにすれ違うと足を平気で踏んでいくひどい女だよ。女って執着心が強い……う、うぎゃぁ! マジで痛いっす!?」


 口は災いの元、反省の色がないという事で、浩太をお仕置きする和奏だった。


――スト子、俺には手加減していたわけか。これは怒らせるとどうにもならんな。


 痛めつけられる浩太を眺めながら八雲は自分に置き換えると怖くなる。


「お、折れるかと思った。マジで痛い。兄に容赦なさすぎだろ!」


 ようやく腕を離されて、痛む箇所を抑えて悶絶する。


「まだお仕置きが足りてないみたい。次はどうしてくれよう」

「もうやめれ! お兄ちゃん、死んじゃうから!? ごめんなさい、悪かった!?」


 ずきずきとする痛みに顔をしかめる浩太に和奏は妹として呆れた顔をする。

 まったくもって情けないとしか言いようがない。


「女癖も悪く、品位も最低。私の兄は相当に悪人だったみたい」

「ぐぬぬ。俺の過去を掘り返して何のつもりだ?」

「その那智先輩が今、誰と付き合ってるか知ってる?」

「知らん。というか、話すらしていないし。というか、あの件で俺も相当にひどい目にあってるんだからな? もう話は済んでるんだよ」


 そうは言うが、和奏は納得できるはずもない。


「二股は重罪。一途ではない想いをする人間の末路は哀れだわ」

「……その結果、俺がどんな目に合ったか。二人に囲まれて修羅場という名の恐怖体験だぜ。人生であれだけの修羅場に出会うとは思わなかった」

「お兄ちゃんが痛い目にあったのは自業自得だからどうでもいい。その結果が大切なの。今、那智先輩が付き合っているのは……」


 そして、和奏は目配せで八雲に促す。


「俺の元恋人、彩萌だよ」

「……な、ナンデスト?」


 浩太は状況が理解できず、固まった。


「だから、彩萌を奪った相手が那智らしい。何度も言わせるな」

「お兄ちゃんが那智先輩の心にトラウマを与えたせいで、男嫌いになった。その結果、女に目覚めた彼女は先輩の恋人にちょっかいを出して今に至るの」

「えっと、マジか? ホントに?」


 親友の恋愛を結果的に邪魔をしたことに浩太はうなだれた。


「冗談ではなく?」

「真実は残酷だ。冗談の類ならどれだけマシか」


 長い付き合いのある八雲の恋路を潰したという現実に苛まれる。

 彼としても、こうなるとは想像もしておらず。


「……どうもすみませんでした」


 素直に謝罪するが八雲にとって「けじめはつけさせろ」と拳を振り上げる。

 浩太に対しての怒りはないがこれも仕方ない事だ。


「わ、悪かったってば。俺が原因なのは理解した。八雲の怒りも理解できよう。親友としてはとても悪いことをした。だけど、顔はやめてください」

「ではお尻を蹴る程度でどうでしょう? 私ならもっと痛めつけてあげられますが」

「和奏は本気でやったらやばいレベルだからな! 仕方ない、それで八雲の気が済むのなら思う存分にやってくれ。だが、ちょっと心の準備をさせ……」


 言葉を言い終わる前に、八雲はサッカー選手並みに鋭い蹴りをかます。


「――成敗!!」

「あ゛ーッ!?」


 放課後の教室にダメ男の情けない声が響き渡るのだった――。

 因果応報、自業自得。

 人とは忘れた頃に自らの行いを悔いることになるのである。

 

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