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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
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第14話:出会いを間違えていただけなのかもしれない

 翌朝になり、通学途中のバスに乗ろうとすると、


「おはようございます、八雲先輩♪」


 明るい笑顔をふりまく和奏に声をかけられた。

 八雲は「おはよ」と挨拶を返す。


「どうした、スト子。マスクはどうした?」


 昨日までのマスク女子姿はそこにはなかった。


「先輩に顔を知られてしまった以上、今さら隠すのもアレでしょう?」

「確かに。だが、にやけ顔を見せるのはやめてくれ」

「努力はします」


 彼女はいつもと同じ八雲の斜め後ろの席に座ろうとする。


「おい、スト子」

「はい?」

「……こっちに座れ。ちょっと話したいことがある」


 これまでの彼ならば言うはずのなかったセリフ。

 自分の隣に座れなど、よほどのことがなければ八雲は言わない。

 

「いいんですか? それでは遠慮なく」


 八雲の隣に意気揚々と座ると、バスが発進しだした。

 長い坂道を登っていくバスの車内。


「お前、どこかに行きたいとかあるのか?」

「それって……」

「デートだよ。約束しただろうが」

「は、はい。先輩からそんな風に切り出されるなんて意外です。もしかして、私の想いが通じちゃったりして? ラブな関係に急展開しちゃうとか?」

「何もしねぇよ。一度っきりって話だろ」


 悪態をつく八雲に「ふふっ」と和奏は口元に手を当てて笑う。


「先輩も私のようにデートを楽しみにしてもらえているようで何よりです。私なんてドキドキしすぎて、昨日は一時間しか寝てません!」

「さっさと寝ろ!? まだ何日先の話だと思ってる」

「……正直、眠いです。でも、興奮しすぎて眠れなかったのです」

「お前って時々、すごくバカな子じゃないかと疑いそうになるな」


 和奏にとっては八雲と話す今の時間そのものがこれまでになかったことだ。

 好きな相手を見つめているだけで幸せだった。

 普通に会話をするだけでなく、デートの約束までしてしまったのだ。

 想いが溢れてしまうのも仕方のないことだった。


「デートの件ですが、私としては先輩にお任せします。私を楽しませてくださいね?」

「そういう事なら適当に考えておく」

「ただし、ひとつだけ。これを最後に入れておいてください」


 彼女は真面目をして八雲にこっそりと耳打ちした。


「ラブホテルは郊外にある『エンジェルハウス』でお願いします。友達の間で評判がいいようです。私はもちろん利用したことがないのですが」

「その予定はないっ!?」

「えー、ないんですか? デートの最後はホテルでしょう」

「驚いた顔をして言うな。ったく、お前ってやつは……」


 彼女の場合、冗談を冗談ではなく言うので怖い。

 

「デートには付き合ってやる。約束だからな」

「先輩……私のお願いを聞いてもらいありがとうございます」

「お願い、ね?」


 お願いと言うレベルではなかったような気がする八雲だった。


「デートが楽しみです。私としてはどんな時間でも先輩と過ごせるのならば幸せですから。もちろん、先輩が望むのならばホテルを最後にしてもらってもいいですよ」

「あのなぁ」

「八雲先輩の欲望を解放する時でしょう。私ならば……」


 彼女の口から次の言葉が呟かれることはなかった。

 ふいに和奏は黙り込んでしまった。


「スト子?」

「……」

「おーい、和奏?」


 いきなり沈黙した和奏を心配して八雲が声をかける。

 気付けば、彼女はいつのまにか瞳をつむっていた。


「寝てるし……そういや、睡眠が足りていないとか言ってたな」


 眠りに落ちるのは急なことが多い。

 これまで何とか眠気に負けじと頑張っていたのだろうか。


――デートひとつで心を浮かれて、睡眠不足とはこいつらしい。


 その気持ちを”乙女心”と呼ぶのだと八雲は知っている。


「すぅ」


 ぐっすりと眠ってしまっている彼女。

 起こすわけにもいかず、八雲は肩をすくめた。


「まったく、眠り姫め」


 無防備にさらす、その寝顔に視線を向ける。


「天使の寝顔とはよく言ったものだ」


 瞳をつむり、寝顔を見せる和奏に八雲はそう言い放った。


「容姿は無駄に可愛い奴だからな。黙っていれば美少女なのに」


 性格がスト子であるがゆえに、つい拒絶反応してしまう。

 だが、八雲から見ても和奏は可愛らしい女の子である。

 昔もそうだった。

 出会った頃に八雲が和奏を褒めたのはきっと本心から出た言葉だろう。


「出会い方が違ったら、俺たちの関係も変わってたのかもしれないな」


 そう自分の口から出た言葉に八雲自身が驚いた。

 その意味を分かっているのか、と。


「俺は何を言ってるのか」


 自分の本心と言うのは、自分で気づいていないことが多いもの。

 ふとした時に気付いてしまう。


「ったく、何だよ。俺はこいつが気に入ってるってことか」


 出会いは最悪だった。

 その後も散々な目にあった。

 なのにもかかわらず、自分はこの可愛らしい寝顔をさらす少女を気に入ってる。


「気付きたくなかった気持ちってやつだな」


 何とも言えない気恥ずかしさを感じさせられる。

 八雲は起こさないように、自分の肩に彼女を抱き寄せた。


「……スト子相手に気を許すなんてな」


 寝ている彼女を可愛いと思ってしまった。

 それが自分の本心である。

 肩に伝わる彼女の重みを感じながら、


「あと10分くらいは寝かせてやるか」


 バスがたどり着くまで、彼は彼女の寝顔を静かに見続けるのだった。






「……先輩っ。制服をよだれだらけにしてしまいませんでしたかぁ!?」


 起きてバスを降りるなり、和奏は意外にもかなり動揺していた。

 短時間とはいえ、眠気が取れたのか元気な様子だ。


「してないが?」

「よかったぁ。先輩の前で寝顔をさらすなんて恥ずかしい」

「お前の恥ずかしがるポイントは微妙だな」

「だって、寝顔ですよ? 女が男に寝顔をさらすのはベッドの中だけで、むぐっ」


 思わぬ言葉を放つので彼は強引に手で口をふさぐ。


「そういう発言は人前でやめろ。変な誤解はされたくない」

「ふわぁい」

「……はぁ。朝から俺を疲れさせるんじゃない」


 学校までの道のりを歩き始める八雲の後ろを和奏はついていく。


「でも、先輩が優しすぎてびっくりです。どうしちゃったんですか?」

「何がだよ?」

「お隣にもたれかかるなんて、昨日までの先輩ならありえませんでした。そんな真似をされたら、私は衣服を脱がされて強引に乱暴されていたことでしょう」

「するか!?」


 一体、和奏の頭の中の八雲はどういう人間なのだろうか。

 顔を引きつらせながら彼はわざとらしい大きなため息をつく。


「変な想像はするな。俺は元から女には優しいやつだ」

「そうですね。先輩の優しさは私が誰よりも知ってます」

「……」


 浩太の話を聞いてから、八雲の心境に変化があったのは事実だった。

 今までのように強く和奏を拒絶できずにいる。


――純情路線まっしぐら、そんな奴を嫌いになれるか。


 想いがいきすぎて歪み切っていたとしても。

 八雲にはそれだけ一途に誰かから思われた経験がなかった。

 その想いを向けられて、無視できない状況に陥っていた。


「八雲先輩?」

「なんでもない。さっさと学校に行くぞ」

「そうですね。先輩が私に優しくなったのは、私の愛が少しでも届いたのではないかと言う期待をしておきます。ふふっ。このまま私の愛を受け止めてください」

「……お前は本当に純愛女だな」

「あら、純愛で当然です。人は愛を求めて生きているんですから」


 人生とは愛のために生きる、と断言するのが彼女らしい。

 八雲の後をついてくる和奏は少しだけ距離をいつもとる。


「スト子。お前って男の傍に近づくとき、いつも後ろだよな?」

「いい女とは男の後ろを散歩下がって歩くものでは?」

「いつの時代の女だよ」

「それは冗談ですが。私、先輩の背中を見てるのが好きなんですよ。後ろからだと先輩のこともよく見れますし。細かい癖も知っています」

「……あぁ、そうね。お前はスト子だもんな」


 なんていうことはない、日頃からのストーキング行為の癖だった。

 相手の背後から見ていることで、八雲の視界には入らずに観察できる。

 つかず離れず、足音を消して忍び寄るのは和奏の得意技だ。


「先輩の隣を歩いてもいいと許可してもらえるのならば、腕を組んで、離さないようにしてから人気の少ない場所に連れてこんで……」

「俺の隣を歩くな。無意味に近づくな」

「……残念です。しくしく、拒否されると悲しいですね。せっかく、腕に胸を当てて先輩を楽しませてあげようと企んでいたのに」

「痴女行為もやめい。お前は本当に油断できない女だよ」


 呆れた口調でそういうと、八雲は和奏の長い髪にふと触れた。


「ひゃっ!? な、何ですか?」

「……何でもない」

「な、何でもないのに頭を撫でるんですか。先輩、どうしちゃったんです? 私は朝から困惑気味です。もしや、私に本気でラブですか? 歓迎ムードですよ」


 八雲は和奏を無視して、ただその髪を撫でまわした。

 困らせられて、呆れさせられて、いつも振り回されている。


――スト子のくせに。俺を翻弄ばかりしやがって……まったく。


 そんな彼女と過ごす時間。

 いつのまにか八雲の日常になりつつあるのだった――。


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