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親友の妹はなぜスト子なのか?  作者: 南条仁
第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?
10/90

第9話:俺は脅しには屈しない……な、何が望みだ?

 背中に抱きつく和奏は彩萌に対して自己紹介をする。


「私が先輩の新しい恋人なんですよ」


 そんな事実は一切なく、否定しようとする。

 だが、八雲の口から言葉が出る前に彼女は、


「もうっ、先輩ってば、私と一緒にお昼を取らずに、元恋人さんと一緒だなんて。まさか浮気ですか? それとも二股ですかぁ?」


 不満そうに彼女は八雲を手放したくないとばかりに、


「ダメですからね? 私は浮気を許さないタイプの人間です」


 有無を言わせず、和奏は八雲の背中にくっついて見せる。

 ふいに胸の膨らみが背中越しに感じられた。

 八雲は「こいつ、スタイルだけはいいな」と小さく呟いた。

 男としての当然の反応である。

 彩萌は修羅場になりそうな疑惑を抱かれていると察して、


「ち、違うよ。アヤは雑談をしていただけで、ヨリを戻す気とか全然ないから」

「……全然、ね?」

「当り前じゃない。アヤの心はもうあの子のものだし。今さら元カレと戻る気はない」


 その発言でも十分に八雲の心を傷つけるものだったが。


「先輩、ホントですか? 彩萌先輩とはもう切れてるんですか?」

「まぁ、それに関しては事実だよ」


 はっきりと言われてしまうと、何も言い返せない。


――そりゃ、俺たちの関係は終わってるんだけどさぁ。


 それなのに、微妙な心境になるのは男心というものだろう。


――こっちはフラれてる側だし、気持ちを立て直すので必死だぜ。


 男は女ほど早く心を切り替えることができない、そういうものだ。

 興味深そうに彩萌は和奏を見つめる。


「やっくん、新しい子と付き合ってたんだ?」

「はい、付き合ってますよ。と言っても付き合い始めたのは昨日からですが」


――スト子のやつ、何を考えてるんだ?


 どうにも、いつもの暴走というわけでもなさそうだった。


――こいつにも考えがあるとか? 話にのっておくか。


 とりあえずは様子を見るため、話を合わせておくことにした。


「昨日? そんな最近の話なの?」

「えぇ。彼は私の兄の友達なのです。そして、昨日は私の部屋にきて、いきなり乱暴に私を押し倒してくれました。胸ドキドキの展開でしたよ」

「ちょ、ちょっと待て!? お前、何を口走ってるんだよ」


 話を合わせようとした矢先に、彼女は思わぬことを暴露する。


――バスの中で俺とお前だけの秘密だって言ってただろうに。


 あっさりと暴露されて窮地に追い込まれる。


「あぁ、そうでした。これは私と先輩の秘密でしたね?」

「む、無理やり乱暴したの? 性的暴行疑惑? アヤは聞いちゃいけないことを……」

「ち、違うんだ、彩萌。あれは犯罪ではなくて」

「同意の上ですから問題はありません。突然すぎて心の準備ができていなかっただけですね。先輩ってば、意外とオオカミさんでしたよ」


 彼女は携帯電話を取り出すと、何かの写真を彩萌に見せる。


「ほら、こういう写真とか?」

「えぇー? ホントだ、やっくんが……」

「こういうのもあります。どうです?」

「お、オオカミさんだ。やっくんがオオカミさんになってる。アヤはびっくりだよ」


 赤裸々な告白に彩萌は顔を赤らめた。

 八雲の角度からは写真が見えない。


「おい、スト子。お前、何の写真を見せた?」

「秘密です。それよりも、彩萌先輩。彼は優しすぎて満足できないという発言がありましたが、それは完全否定します」


――なぬ?


「私の時は激しく愛してくれました。それこそ、昨日は疲れすぎて寝不足気味なくらいに。私、足腰が立たなくなるっていうのを身をもって実感させられたくらいです」

「ちょ、おまっ。何を言ってくれてるの!?」

「ホントの事でしょう? 事実ですよね?」


 押し倒した事実があるゆえに、強く否定できない。

 そんな素直すぎる八雲には和奏のつけいる隙がありすぎた。


「……そうなの、やっくん? どーして、アヤの時にはそんな荒々しさはなかったの? そういうプレイを望んでたのは知ってたでしょ!」

「突っ込むのはそっちかよ!」

「だって、そんな激しいプレイなんて……ものすごくアヤ好みだったのに。オオカミモードを隠してたなんて、そんなの知らなかった」


 残念そうに彩萌に言われると、いろんな意味で八雲は泣きたくなった。


「ひどいよ、やっくん。アヤはすごくがっかりだわ」

「……俺もがっかりだよ」


 元恋人からは無意味に攻められ、スト子からは意味もなく暴露される。


――しかも、俺が男として満足させられていればフラれることもなかったと?


 精神的ダメージを受けて、彼は立ち尽くす。


――俺よりも満足感を与えられるアイツの恋人って……。


 何もかも完敗で、敗北感しかない。

 神原八雲、どうしようもなく可哀想な男である。


「というわけで、八雲先輩は私のモノなので、もう先輩には返しませんよ」

「うわぁ、独占欲バリバリだねぇ」

「彩萌先輩が女の方に乗り換えたのは恋愛の自由なので否定はしません。ですが、逃した相手はとても大きいものだったと後悔する日が来ると私は断言しておきます」

「……そっか。そういうモノなのかもしれないね」


 彩萌は「愛されてるね、やっくん」と笑いながら、


「でも、少し安心したかも。裏切ったこと、アヤもずっと罪悪感だけはあったから」

「女とはいえ浮気しておいて、何を今さら?」

「だよね。うん、ひどいことをしました。ごめんなさい」


 小さく舌を出す真似をして、彩萌はもう一度だけ、


「ごめんね。新しい彼女とお幸せに。あっ、もう行かないと」


 そう言って、彩萌はトレイをもって席を立った。

 残された八雲はいまだに抱きつく和奏を引き離しながら、


「お前、何のつもりだよ?」

「はい?」

「人の会話に乱入して、あることないこと言いやがって……」


 疲れ切って力なく机に寝そべる。

 八雲にとって彩萌との対面は別れて以来、久しぶりの事だった。

 和奏はそんな彼に優しい声色で、


「だって、悔しかったんです」

「悔しい?」

「話を聞いていれば、彩萌先輩が八雲先輩に満足できなかったとか。そんなことを言われて黙っていられますか? ぜひ、私で試してみてください。レッツチャレンジ」

「するかっ。あと、満足感の件についてはノーコメントで」


 テクニック不足とかこ満足感できないとか、これ以上は男としての自信を無くしそうだ。


「それに、八雲先輩もあの人にまだ未練があるっぽいです」

「……」

「あんな風に今の恋人と惚気られて平気なはずがありません。ホントにひどい」


 恋人に裏切られて、辛い思いをしたのは事実だろう。

 八雲の事を思えば、放っておけるはずもなかった。

 だからこそ、わざと恋人宣言をして現場の雰囲気を変えたのだ。


「だからこそ、八雲先輩はもう貴方のことなんて吹っ切っていますよ、という意味で、私の登場です。新しい恋人がいると見せつけてあげたくなりました」

「スト子……」

「ああいう風にされると見返したくなるでしょう」


 全ては前に進むために。

 微妙な雰囲気をぶち壊すために、和奏が取った行動だった。


「……まぁな」


 次に会うときは気まずい雰囲気で会わずに済む。

 それを改善してくれたのは有り難かった。

 

――こいつ、意外と悪いやつではないのかもしれないな。


 本人を目の前に、感謝の言葉を口に出しては言えず。

 何だかんだ言いながらも、今回の件では助けられた気がした。


「女の子同士でラブラブなんて、私からすればありえないんですけど。そういうのは人の趣味なので、何とも言えませんね」

「ストーキング女子のお前には彩萌も言われたくないだろうさ」

「そんなことありません。私の愛はピュアラブです」


 世の中は広く、人の数だけ恋愛の形がある。

 間違っても、彩萌の恋は八雲には理解できない世界だろうが。


「……ちなみ、アイツに見せた写真はどんなものだ、見せやがれ」

「やんっ。いきなり手を握らないでください。もうっ、先輩も大胆なんですからぁ」

「ちげぇよ。携帯を奪おうとしただけだ!」

「写真もありますけど、動画の方が分かりやすいですよ」


 彼女が携帯電話で八雲に見せたのは昨日の動画だった。

 下着姿の和奏を乱暴に押し倒す光景。

 性犯罪、に見えなくもない光景の一部始終。

 生々しい光景が動画として撮影されている。


「お、お前、何でこんな動画が? いつ撮りやがった?」

「こっそりと携帯電話を起動させて撮影しておきました。よく撮れてるでしょ?」

「まさかこんなものを取るために、俺を押し倒したのか」


 あの押し倒したわずかな隙に、和奏は“証拠”となる映像を残していた。

 すべてが彼女の策だとしたら?


「何事もこういう映像に勝る証拠はありませんね」

「……そ、それをどうするつもりだ?」

「どうするとは? あぁ、公開されることを心配しているんですね?」


 そんな真似をされると八雲の人生が終わってしまう。

 窮地に追い込まれ、とてつもない危機感に背中が冷たくなる。


「ご心配なく。先輩との関係を世の中に広める真似をするはずがありません。でも、どうしても心配と言うのでしたら、私のお願いを聞いてください」

「お前、俺を脅す気か。脅しなどには屈さないぞ。……な、何が望みだ?」


 あっさりプライドを捨て、脅しに屈するのだった。

 悪化する事態を何とかしたい。


「脅すだなんて、そんなことは一言も言っていません。ただのお願いです」

「お願いだと?」


 可愛らしく微笑む彼女は八雲の耳元にあることを囁く。


「――先輩の時間を私にください」


 スト子に弱みを握られた八雲には断れるはずもなかった――。

 

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