第一章-side_A- 2 会敵
「えっと……ど、どうしたの? ココから降りられなくなっちゃった、って所かな?」
「それも、ありますけど……」
違うらしい。それ以外に困っている要因など思いつかないのだが。
見たところ十代前半、中学生くらいの年齢か。おまけにどこの学校なのか知らないが制服まで着用済みである。間違いない。
薄茶色に色あせたショートボブの髪は所々が埃や炭にまみれており、それは頬や制服も同じだった。まるでつい先ほどまで、どこか汗臭い機関室か倉庫にでも居たかのような。
だが欣乃介が最も気を惹かれたところは、その汚れた頭に付いている左のつむじの上の――
(あれは何だろう…………お面?)
「あの……あたしを……」
思考を、目の前で必死そうな彼女が遮る。
「あたしを『あの人』から――助けてください!」
突如として、ゴン、と鉄の天板を叩く足音が響き――列車の上という誰もが近寄らないような舞台に一人の男が登場した。
「その子供から離れろ、少年」
ガタイの良い身体に警備服を纏い、帽子を目深に被っているその男は、開口一番にそう忠告した。
きゃっ、というか細い声を上げ、少女が欣乃介の背後に隠れる。風と列車の揺れに煽られ倒れそうになるが、彼にしがみついてなんとか持ちこたえる。
欣乃介もそうだが、この警備服の男も突風と列車の揺れのなか平然とその場で直立している。よほど慣れているのか、鍛えているのか。
欣乃介は少女に問いかける。
「この人のこと?」
「は……はい……」
すぐに男の方へ向き直る。少年はつい反抗的な目をしてしまい、目深に被った帽子の奥の瞳が少しだけ大きく見開いた。
「ふん。見極めるのが早すぎるな、まだろくに情報も得ていないはずだろうに。君が味方すべきなのはどちらか熟考したほうがいい」
煙草の煙を吐くように息をすると、男は落ち着いた態度で話を進める。
「その娘をこちらに誘導してほしい。元々こっちの人間でね……ちょいといたずらが過ぎるんだ」
「……でもこの子は、あなたを怖がっている。一体何をしたんですか?」
「おっと、そう対立しようとしないでくれ。私はなにも暴力で解決しようとしているわけでは――」
「嘘をつけ。その左手の中にあるものはなんですか」
欣乃介の鋭い一言に男は押し黙る。
やがて、口元に笑みを浮かべた。
「ふん、よく気付いたな。やはり私は騙すのは得意ではない……」
ゆっくりと男が開いて見せた左手の上には、銀色の筒状の何かがあった。
「貴様、何者だ?」
「旅行者ですよ。ただちょっと、こういうのは放っておけないタチで」
「調子に乗るな。――貴様、やはりこの列車がどういうものか知らないな?」
「……なんだって?」
「……無関係者が。関わってしまったならば仕方ない。上の命令では消してもよいと言われている」
――やっぱり暴力で解決しようとしてるじゃないか!
少女が何者なのかもまだ知らない。男の事情も分からない。男は欣乃介に敵意を向け、欣乃介にしがみつく少女はただ震えるだけ。
しかし少年は、そんな理不尽な状況でも落ち着いていた。
こういうのは――慣れている。