第一章-side_A- 1 出会い
今まで浴びてきた風のなかで最も心地良かったものは、豪国のタスマニア島で体験した車窓越しの涼風であると、少年・渡欣乃介は断言できる。
あそこはそもそも空気が格別に綺麗だ。飛行場に降り立った時の何とも言えない感動は、未だに忘れることができない。
「あの時は車で移動してたけど、僕はやっぱり列車が一番かな」
呟けど、返事はあらず。それが現在、欣乃介が置かれている状況である。
一人旅。それも世界を回っている。
容姿はちょうど十七歳あたりの少年だ。これのおかげで面倒な誤解が旅中いくつもあったが、彼のリュックの中にはしっかりと成人であることを示す身分証明書が保管されている。
季節は夏。少年は半袖のTシャツに短パン、さらには運動靴とずいぶんラフな格好をしているが、寝転がる彼の隣にはパンパンに膨れ上がった破裂しかけの風船のようなリュックが置かれていた。気候の異なる地域に備えて、適した服装はこの中に押し込められている。
欣乃介は足を組み直し、閉じていたまぶたをゆっくりと持ち上げる。
視線を横にずらすと、緑に染まった山々がゆっくりと足元の方へ流れていくのを捉えた。絵の具で塗ったような青空に、綿菓子を連想させる雲。日照りもそれほど強くはなく、この季節にしては珍しく涼しい日だ。
「やっぱりこういう日は、列車の上で寝るのが一番だね」
ガタゴトと車体に響く振動も、昔はよく体のバランスを崩していたが、今では心地いい。
乗車前に欣乃介が確認した限りでは、この列車は星掛街行き『グリーンブリーズ号』というらしい。謳い文句は「未来の風に乗せてあなたを未知の街へと送り届けます」。なるほどさすがの乗り心地である。屋根の上にまで考慮が届いているとは思えないが。
「久しぶりの帰省だ。どれだけ街が成長しているか、楽しみだなあ」
楽しみだと口にするのと裏腹に、複雑な想いが頭の中を巡る。
霞がかった光景を思い出す。レンガの街、大きな城、その郊外にある小さな丘、その地下に造られた小さな家、儚げに振り返る少女――
「すみませんっ。……たっ、助けてくださいです!」
「……?」
不慣れな口調と高い声から、話しかけてきたのが女の子であることは理解できた。
その言葉の意味から、彼女が何か困っていることも理解できた。
だが、なぜ女の子が列車の上にいるのか、一瞬だけ欣乃介は理解できなかった。