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冒険者ノルアは仮面をかぶる  作者: 火橋ルスィ
◇第二章◆ 表の世界と裏の世界
7/22

レオル……だよね?

 ◇




 一週間。

 僕はギルドへの出入りを禁止されていた。それは受付嬢に暴力を加えたことへのペナルティだ。受付嬢は貴族のご令嬢で、ギルドに上からの圧力がかかったゆえにだった。


「一週間……だけか……」


 そう。僕にかかったペナルティはそれだけ。他には何もない。もし傷つけていたのがただの受付嬢だったらおとがめなしだったんじゃないかな?

 それぐらいの好待遇だ。Sランクの肩書きはそれほどのものだということを僕は身を以て思い知らされた。これを使えば犯罪し放題なんじゃ……勿論やらないけど。


 することもなくぼうっとしていると、なにやらいい匂いが漂ってきた。何かを焼いている匂いだ。その匂いの元に眼を向けると屋台に人が並んでいるのが見えた。


 何の食べ物だろう。

僕は目を凝らす。屋台の上から垂れ幕のようなものが下がっており、それに何かの絵が書いてあった。人のような形をしているが、肌が青く棍棒のようなものを持っている。その絵の下には文字が書いてある。

 えーと……ゴブリンのから揚げ? ゴブリンってあのゴブリンだよね。よくあんなもの食べようとするもんだな。まあ、冒険者とかそういう職業じゃなきゃあまり目にす機会はないのかもしれない。実際に目にした人が食べたいと思うとは思えない。


……ん? なんかいま誰かに見られていたような。周りを見渡すけどぼくのことを見ている人特にいない。気のせい……かな。


 それにしても。

 サンサンと輝く太陽が目にまぶしい。今日はなんてすばらしい天気なんだろう。

 僕の心は晴れてないが。


「遅い! いったいどれだけ待たせるんだ!」


 周りの人が僕を変な人のように見てくる。子供ずれの母親が、見てはいけませんなんて子供に言ってるのが耳に入ってきた。

 肩を縮める。だけど僕は悪くないと思うんだ。悪いのは僕を一時間も待たせてるレオルとティアだと思うんだ。


「集合場所はここであってる……よね」


 大きな剣を構えている人の石像を見つめながら僕は呟く。確かレオン=ブラッディオ……とかいう英雄の石像だ。何をしたかは知らないけど。中央広場のレオン像の近くで集まることになってたはずなんだけどな……。


「ノルア待たせたな!」


 背後から望んでいた人の声が聞こえた。望んではいたけど、いざ聞こえるとムカついてきた。


「待たせたな……じゃないよ! どんだけ来るの遅いんだよ!」


 僕は勢いよく振り向くと、拳に渾身の力を込めて声の主──レオルにぶつけた。しかし、それはあっさりと片手で防がれた。


「え?」


 僕は驚きのあまり口を間抜けに開けてしまった。驚いたのはパンチを防がれたからではない。仮面を付けていない僕の腕力はレオルには到底及ばないからだ。

 驚いたのはレオルの格好だった。


「レオル……だよね?」


「それ以外に何に見えんだよ」


「女の子に見える」


「お前が普段、俺のことをどう見てるかがよくわかった」


 僕はレオルをじっくり見る。

 いつもは擦り切れた皮鎧を着てるのに、今はなんとも……女の子らしい格好をしていた。

 フリルのついたスカートを履き、上は可愛らしいチュニックを着ていた。普段は血を連想させるその(あか)い髪は、彼女を美しく飾り立てるルージュとなっていた。

 馬鹿でかい大剣という目立つものを持っているくせに、返り血を浴びて戦うその姿から【赫い少女】の二つ名を付けられた女だとわかる者はそういないだろう。背中からのぞく違和感の塊である大剣がなければレオルだとはわからないかもしれない。

 隣にはティアもおり、レオルだというのは間違いないはずだけど。


「どうしたのその格好」


 僕が尋ねるとレオルは顔を背けた。ティアが代わりに答えた。


「私が着飾ってみたのよ。可愛いでしょ?」


 ティアはとても自慢げな顔をしている。さすがティアだ。あんなレオルを女の子にかえるなんて。ティアは普段からおしゃれな耳当てを付けていたり、民族衣装っぽい服を着ていたりしていたから、そういうのが得意と言われても納得だ。


「ティアの言うとおりだ。俺が着たいって言ったわけじゃないからな! ティアがお願いしてきたからしょうがなく着ただけで。別に似合ってるわけでもないし、それに……」


 まるで土砂降りの雨のようにレオルが喋り出した。その姿はなんだか新鮮で、思わず笑ってしまった。


「おい何笑ってんだよ!」


 レオルは顔を真っ赤にして叫んでる。動くたびにスカートとその赫髪がふわふわと揺れる。ティアもそれを見て笑っていた。


「レオルいいじゃないの。きっとノルアはレオルが可愛すぎて笑ってしまったのよ」


 レオルは、そんなわけあるかー、とティアに突っ掛かり始めた。二人のその姿は本当の姉妹のようだった。

 ああいうのって憧れるなあ。僕にも兄妹とかいればよかったのに。そういえば僕のことをお兄ちゃんって呼んでくれた子がいたな……いや忘れよう。


「そういえば二人ってよく一緒にいるよね。今日だって二人で来たし。姉妹ってわけじゃないんでしょ?」


 僕は浮かんだ疑問を言ってみた。


「あら、言ってなかったかしら。私たち同棲してるのよ」


「ど、同棲!」


 なんということだ。まさか二人はそんな関係だったなんて! 女の子同士の関係か……いいのかなあ。


「ティア! そんな紛らわしい言い方するなよ。ノルアが誤解するだろ!」


 レオルが言うに二人は一緒に住んではいるが、別に深い関係ではないということだ。まあ、一緒に住んでる時点で相当仲はよろしいようだけど。


「というか、こんな話ししてないでさっさと向かおうぜ」


 レオルが話を無理やり終わらせた。僕としては新鮮な話が聞けて十分楽しめたのだが。


「それもそうだね。こうして依頼以外で会って何かするっていうのがほとんどないから、つい」


 レオルたちとこうして仮面を付けてない僕が私生活で会うことはあまりない。レオルたちと一緒にいるあの男は誰だ?となるからだ。もし名前がノルアだと分かれば、あのノルアか?、となる。全然違うから普通に同姓同名の別人だと思われるのがせいぜいだろうけど。


「よし、じゃあ行くか……『オークション会場』に! 皆俺についてこい!」


 そう大声を上げるとレオルは走り出す。その後ろ姿は瞬く間に見えなくなった。少しして、速すぎてついていけない僕に気づいたのか、バツの悪そうな顔をして戻ってきた。

 レオル……もう少し落ち着こうよ……。


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