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冒険者ノルアは仮面をかぶる  作者: 火橋ルスィ
◇第一章◆ 紅蓮龍
6/22

大切な人

 ◆




 依頼を達成したノルア達はバルドーナを少し観光した後、エスタリカへと帰った。おそらく連絡はいってると思うが、念のため緊急依頼を終わらせたことを伝えるため、そして報奨金を貰うために、ギルドへと訪れていた。


「じゃあ私たちは外で待ってるから、手早く済ませてきてね」


 ティアは背中にレオルを背負いながらそう言った。レオルはぐっすりと寝ており、起きる気配がない。だいぶお疲れのようだ。あたりもだいぶ暗くなってきてはいるが、まだ寝るには早いだろうに。


「了解した」


 ノルアは両扉のドアを押し、ギルドへと入った。中には談笑している者や、自分の武器を手入れしている者など、様々な者たちがいた。彼らはノルアを目に止めると、目をそらすか、何か悪いものでも見たかのような顔をする。

 フンと鼻を鳴らすと、気にせず受付へと向かった。もちろんリリムの所だ。


「緊急依頼達成の報告とその報酬を……リリム、その怪我はどうした?」


 リリムは左腕を包帯で吊るしており、何かがあったのは一目瞭然だった。


「ど、どうして私の名前を……ごほん。いえ大したことではございません。自分の注意不足が原因なので。お気遣い感謝します」


 ノルアがバルドーナに出立した時、彼女はなんともなかったはずだ。だから、その後に何かあったのだろう。


「教会で回復魔法はかけてもらわないのか?」


「治療院で見てもらったところ数ヶ月安静にしていれば治るということなので。それに、あそこで治療してもらうとなると私のお給料があっという間に吹き飛んでしまいますから」


 リリムの顔には笑みが浮かんでいる。ただ、ノルアにはその笑みに若干の影が差しているように見えた。彼女が大丈夫というなら大丈夫なのだろうが、片腕では仕事が大変だろう。そうノルアは思い、懐からワイバーン皮の財布を取り出し、その中から金貨を三枚つまんで出した。


「治療代は俺が出そう。なに、紅蓮龍討伐の報酬がたんまり入るはずだから気にしなくていい」


「き、気にします! それ三ヶ月分の 私の給料ですよ!」


 リリムはノルアの差し出した金貨を受け取ろうとしない。なかなかに誠実な女性である。


「ちょっとあなたたち、またリリムが男に貢がせているわよ」


 横から声が聞こえた。そちらを見ると、暇そうにしている受付嬢が何人かいた。声の主はその中心。

  ブロンドのウェーブ癖のある髪を肩まで伸ばし、とても上品そうな雰囲気を漂わせている女だった。受付嬢の服を着ているものの、髪には高そうな宝石の散りばめられたティアラを付けていて、その色白の首元には(きん)でできたネックレスを掛けていた。周りの者とは少し……いや、かなり違っていた。


「ち、違うんですこれはその……えと、あの……」


 急に慌て出すリリム。その様子をそいつは口をゆがめて笑って見ていた。


「俺がリリムに治療費を払ってやりたいだけだ。何か問題あるか?」


 そいつをノルアは睨みつける。顔が見えないとはいえ、ノルアの不機嫌を感じたのだろう、若干の動揺を見せた。


「も、問題あるわよ。ギルドは誰に対しても平等。そんな賄賂まがいなこと許されないのよ」


 語尾がわずかに震えてはいたが、ノルアに注意を呼びかけてきた。確かに言われてみればそんな気もする。

  賄賂を渡して条件の良い依頼を用意させる、そういう輩もいるかもしれない。

 ノルアが迷っていると、リリムが声を挟んできた。


「ノルア様、私は本当に大丈夫ですので」


 リリムに強く見つめられた。これ以上ノルアが無理を言っても彼女に負担をかけるだけかもしれない。そうノルアは思った。


「そうか、すまないな力になれなくて」


 ノルアは一言謝るとその場を後にしようとして──聞こえた。それはとても小さな呟き。仮面を被り、強化された聴力でなければ聞き逃していただろう。


 ──せっかく怪我までさせたのに、そう簡単に直させてたまるものですか──


 ノルアは扉に手をかけたところで足が止まる。それは先ほど邪魔をしてきた受付嬢の声だった。

  ノルアは再び引き返し受付嬢の元へと向う。もちろん奴の元だ。


「何あなた、まだ何かあ……い、痛!」


 ブロンドの髪を鷲掴みにし、受付のカウンターから引きづり出す。何事かと周りの者たちが騒ぎ始めた。

 だがそんなこと知ったことではない。


「ノルア様、何をしているのですか!」


 リリムは驚愕という顔とともに、大声を上げた。


「お前のその怪我……本当に自分のせいだと思っているのか?」


 ノルアは問う。リリムは口を開きかけるが、言葉を紡がない。彼女も本当は知っているのだろう。その怪我が仕組まれたことだと。

 ノルアは彼女のことをよく知っていた。彼女は優しく真面目で賢い誠実な人だ。そして何より


 この街で一番お世話になった人──メリアの娘だ。


  メリアはノルアが泊まっている宿の女将である。ノルアが無一文でこの国に放浪してきたときに金も受け取らず、宿に住まわせてくれ、ご飯を出してくれた人だ。彼女がいなかったら、ノルアは今こうして生きていなかったかもしれない。そんな大切な人だ。


「傷つけられたら傷つければいい。殺されかけたら……殺せばいい。リリム……お前が手を汚す必要はない。俺が償わせてやる」


 煩く抵抗してきたので、ノルアは腹に拳を入れる。ビクリと体が震えると抵抗が弱くなった。

 その長く細い髪を指に絡め、そのまま引っ張り、無理やり顔を上げさせる。

 そこに先ほどまでの優雅さは欠片もない。その綺麗な顔は醜く歪み、涙を流して、ごめんなさいという言葉が口からこぼれていた。


「なに、殺しはしない。いや……女としては殺すか」


 ノルアは彼女を掴んでいない方の手を彼女の前に持ってくる。そして手のひらを彼女の顔に向けた。


「教会での治癒にも限界がある。その美貌をどこまで治せるか……見ものだな」


 ノルアは手のひらから火の玉を出現させる。そして、それを彼女の顔面に押し付けようとしたところで──邪魔が入った。


「氷の礫<アイス・ブレッド>」


 突如飛来する無数の氷礫。ノルアはそれを避けるため、女を掴んでいた手を離し後ろに飛ぶ。

 ノルアは氷の飛んできた方を睨みつける。そこにはこちらに手を向けている一人の女がいた。格好からして冒険者、そして魔法使い。そして氷の属性の魔法を使う者といえばノルアは一人しか知らなかった。


 ネーヴェ=ティアリス


【溶けない氷】の二つ名を持つ魔法使いだ。

 氷のように透き通るような水色の髪、そして同じように氷のように冷たい目でノルアのことを注視していた。周囲には小さな氷の破片が舞っていて、一瞬怒りを忘れ、美しいと思ってしまった。


「受付嬢に……いえ、それ以前に女に手を挙げるなんて最低な男ね。頭を冷やしなさい、それとも私が冷やしてあげましょうか?」


 その声は体の芯まで凍らせるかのように冷たく、突き刺さる視線はつららのようだった。


「ネーヴェ=ティアリス……お前には関係ない。邪魔をするなら……殺す」


 ノルアは禍々しい杖を取り出す。そして魔力を込めた。漆黒の炎をネーヴェに向けて放とうとしたところで、背中に衝撃を感じた。


「俺の反応速度を上回るだと! いったい誰──レオル?」


 衝撃の正体はレオルだった。ノルアの背中に抱きついてきて動きを封じていた。


「ノルア何してんだよ! 騒がしくて目が覚めてみれば、ノルアの魔力があらぶってるしよ。わけわかんねえよ」


 ノルアは振りほどこうとするがその細腕からは想像もつかない万力のような力に身動きが取れなくなる。

 炎を使えばなんとかなるだろうが、そんなことをすればレオルを傷つけてしまう。

 レオルは暴れようとするノルアにさらに言葉をかけてくる。


「何があったかは知らなねえけど、とりあえず落ち着け、な? 俺は味方だから」


 ノルアは諦めた。魔法使いが戦士に腕力で勝てるわけがない。ノルアは普通の魔法使いとは違うが、レオル相手ならならそれと同じだ。


「わかった、わかったから離せ」


 レオルはゆっくりと拘束を外した。ノルアは杖をしまいネーヴェに向き直る。自分が少し冷静さを欠いていたことにようやく気付いた。


「止めてもらって助かった、少し頭に血が上りすぎていたようだ」


 ネーヴェは眉ひとつ動かさない。その冷ややかな目は変わらないが、明確な敵意は多少は薄れたように見えた。


「レオル……行くぞ」


 もう用はないとばかりにノルアはその場を後にする。レオルはやれやれだぜ、と言いながらついてきた。


「しまった……報奨金を貰いそびれた……」


 ノルアの声は暗闇の静寂へと虚しくこだました。




 ◇




「僕はなんてことをしてしまったんだ……」


 あの騒動の後、僕は宿に帰ってきていた。食堂でメリアさんのつくる晩御飯を待っていた。食卓に額をべったりとつけ、あの時のことを思い出す。


「女の人に……暴力を加えて、それを止めようとしてくれた人を……こ、殺そうとするなんて……」


 謝りたい。でも僕が謝っても、誰だかわからないだろうし。仮面を付けた状態じゃ余計状況が悪化するかもしれない。


 頭を強く、テーブルに叩きつける。

 痛い。でもあの人はもっと痛かったんだろうな……。手加減はしていたとはいえ、容赦はしていなかったし……。


「ちょっとノルアくん!? 何してるんですか!」


 顔を上げるとそこにはリリムさんがいた、仕事は終わったのかな?いや……あんなことがあったから帰らされたのかも……僕のせいだ。


「……ごめんなさいリリムさん。僕のせいで……」


「なんでノルアくん謝ってるの? というか本当に大丈夫?」


 リリムさんは慌てている。その様子を見ていると、先ほどのことをさらに思い出してしまう。


「さっきリリムさんの仕事場で何かあったでしょ? というか暴力男が問題を起こしてたでしょ?」


「よく知ってるわね。まあ、あんな凄惨なことががあったら情報が流れるのも早いのかもね」


 凄惨なこと……か。心がさらに締め付けらるような気がしてきた。


「その人……僕の知り合いなんだ」


 知り合いというか本人だけど。


「そうなの!? 接点なんて全くないんじゃ……そういえば名前が同じよね……ノルア同士」


 リリムさんは続ける。


「で、でもノルアくんが気にすることはないんじゃない? 性格もノルアくんとは真逆で、残酷で、暴力的で、何考えてるかわからないような人だし」


 もうやめてくれ! 僕のガラスのような心が砕けてしまう!


「でも──」


 リリムさんは笑っていた、その表情はとても優しげだった。


「それは全部……私のため……だったのよね。彼は本当は優しい人なんじゃないかと……私は思うの」


 僕はリリムさんを見つめる。その言葉は僕の心を少しだけ救ってくれたような気がした。


「私、同僚のひとに嫌われてたんだけどね、謝られたの。彼女たちは私にちょっと嫉妬してたんだって。別に私は嫉妬されるような優秀な人間じゃないんだけどね。でも仲直りできたの。そのきっかけを作ってくれたのはノルアさんなんだ」


 リリムは次々と言葉を紡いでいく。その顔はノルアを嫌うにしてはあまりにも清々しいものであった。

  ……僕は間違ってなかったのかな。そう思ってしまうのもしょうがない事だろう。

 だけど、とリリムさんは続ける。


「ノルアさんが暴力を振るった相手って貴族令嬢の方なのよね。受付嬢のみんなもそれで逆らえなかったって言ってたし。……大丈夫かしら?」


 マジで? 僕は貴族のお嬢様に腹パン決めちゃったの? 大丈夫か僕。

 どうりで高そうな髪飾りとかネックレスをつけていたわけだ。それになんか見下してくるような雰囲気だったし。

 なんでそんな人が受付嬢なんかにいたんだろうか。

  ……もしかしたら強い冒険者の男の人と懇意になりたかったのかもしれない。僕みたいなへんちくりんじゃなくて、屈強な高ランクの冒険者と。

 だけど、そうだとしたらそれは叶うはずもない望みだったんじゃないかな。熟練の冒険者は相手がどんな人なのかがなんとなくわかるからだ。あんな風に人を見下すような女性に好意を寄せるとは思えない。

 リリムさんのように素直な良い人を選ぶに決まってる。実際に、リリムさんにはいつも待ち人の行列ができてるし。


「お待ちどうさま。今日の晩御飯は豆と肉をじっくり煮込んだスープと山菜のソテーよ。あら、リリム、あんた帰ってきてたの。早いんじゃない?」


 メリアさんがほかほかの料理を盆に載せて持ってきてくれた。


「今日は色々あって仕事が早く終わったの。だから母さんの手伝いするわね」


 リリムさんはメリアさんと一緒に厨房に戻っていった。僕はできたてのご飯を口に入れた。


 それはとても温かかった。


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