紅蓮龍討伐
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ノルア達は紅蓮龍のものと思われる叫び声が聞こえた方向へと疾走していた。足には身体強化の魔法をかけており、すれ違う人々には突風が吹いたように感じただろう。
「ちょっと、あんたたち早すぎ……」
ノルアは背後から苦しげなティアの声を聞いた。
「お前は別に後から来ればいい。紅蓮龍は二体らしいからな。俺とレオルがいれば十分だ……いや過剰戦力だ」
「そうだぜ、ティアは戦闘は別に得意じゃないだろ? 俺たちにまかせろって!」
ティアは顔をしかめた。気遣うようなことを言っているが。結局待ってはくれないということだ。
レオルの顔はすでに戦うことでいっぱいという気持ちであふれているし、ノルアに至ってはオブラートにも包んでいない。
「わかったわよ。あとから行けばいいんでしょ!」
ティアは顔をむくれさせると、スピードを落とした。そんなティアにノルアは軽く手を振り、そのまま疾走し続けた。
「おい、ありゃなんだ?」
レオルの口から疑問げな声が出る。紅蓮龍がいると思われるあたりで、赤色の竜巻が天に伸びているのが見えた。
「火魔法……いや、火魔法と風魔法の二重魔法だな」
ノルアはその竜巻について冷静に分析した。
────二重魔法<デュアル・マジック>
それは高度な魔法技術だ。一般の魔法使いは基本的に一種類の属性の魔法しか使えない。複数の属性を使える者はそれだけで重宝される。しかし、複数の属性を使える者でも、二つの属性の魔法を同時に発動することができる者はほとんどいない。それは右を見ながら左を見るようなものであり、できない者には一生できないのだ。
ちなみに、誠に残念ながら、ノルアは二重魔法どころか火魔法しか使えない。Sランクとして若干の焦燥感を感じる時もあるのだった。
少しすると城壁が見始めた。門は固く閉じられている。
「どうする?」
「飛ぶぞ」
そのまま壁に近づいていくと勢いを殺さぬまま、地を大きく蹴る。二〇メートルはあるだろう城門を飛び越えた。門番とおぼしき者と眼があった気がした。その表情は驚愕に満ちており、何者かと騒いでいた。
門を越すとそこは戦場だった。数十もの者たちが二匹の龍相手ににらみ合っている。
戦場の中央付近に一人の少女がぽつりと立っていた。おそらく先ほどの魔法を使った者だろう。紅蓮龍は少女に向かい殺意を振りまきながら近づいていく。少女は逃げる気配がない。
ノルアは足もとで魔力を爆発させた。反動で放たれた矢のように少女に向かって飛んでいく。空気を切り裂く音の中に、少女の声が聞こえた。
「あたし……ここで死ぬの?」
ノルアは懐から杖を取り出し魔力を集中させると、漆黒の炎を具現化する。妖しく揺らめく黒炎は一点に収束していくと、大きな腕を形作った。
「いや、お前は死なない」
漆黒の巨腕を紅蓮龍の側頭部にたたきつけた。衝撃で龍の鱗がはがれ、宙に舞い散る。地面を削りながら吹き飛ばされると、紅蓮龍は体勢を立て直し、咆哮した。
「一応確認するが……」
崩れて膝を地につけた少女にノルアは声をかけた。
「お前がマリアナか?」
少女の顔には驚きと困惑が浮かぶ。無理もないことだろう。いきなり目の前に変な恰好の男が現れて、しかも自分の名前を知っているんだから。
マリアナと思しき少女は首をコクリと下げた。ノルアは心の中で少し安堵する。これで別人だったとしたら恥ずかしすぎる。
「お前の仲間から伝言だ。意地張ってないで逃げろ、とのことだ。ちゃんと伝えたからな。あと、さっきの魔法はなかなかのものだった。だが、上級龍種の魔法耐性を破るには魔力が全然足りない。かといって圧縮しているようにも見えなかったしな、何をしたかったんだ?」
マリアナは眼を丸くしている。それをノルアは説明不足だったせいだと思った。
「そうか、わからないか。なら見せてやろう。龍との戦い方を──」
「うおらぁああ! 翼切ったりー!」
楽しげな声が聞こえてきた。そちらに視線を傾けると、紅蓮龍の翼が本体と分かれているところだった。レオルが剣を振りぬき、龍の鮮血が飛び散る。真っ赤な液体に体を濡らして笑っているその姿は、女としてどうなのだろうか。
ノルアは視線を戻す。殴り飛ばされた紅蓮龍は今にも襲いかかってきそうだった。ノルアはどう倒すかを数瞬考える。答えは決まっていた、なるべく被害が出ないように倒すなら方法は一つ。殴り合いだ。
「先手必勝」
ノルアは飛び出した。頭上で黒く燃える巨腕を先ほどのようにたたきつける。しかし、そうはうまくいかない。紅蓮龍は翼を大きくはためかせ強風を発生させた。それによりノルアのスピードが落ちる。そこに紅蓮龍の腕が襲いかかる。
「ぐ!」
ノルアは片方の炎腕で防御し、もう片方の炎腕を地面に突き刺した。左方から衝撃。そして炎に焼かれた土の焦げ臭いにおいが、鼻につく。なんとか耐えると、そのまま攻撃に移る。ノルアは紅蓮龍の体に向けて、乱打した。体表の鱗が割れ、出血、さらには爪をたたき折った。
紅蓮龍は距離を取ろうとしたのか。尻尾を大きく振り回した。長く強靭な尾に遠心力が加わり、まさに必殺の一撃となる。ノルアは炎腕を利用しそれを防ぐが、大きく弾き飛ばされた。
「うおっと」
飛ばされる中、宙でで炎を噴出しバランスをとると、足から軽く着地する。紅蓮龍を見やると、最初の覇気は今では弱々しく、ただの獲物にしか見えなかった。
「上級龍種といっても、魔法耐性に比べれば物理耐性はそれでもない。まあ、それでも強力なことには変わりないが。そして……魔力を極限まで凝縮すれば、それは物理攻撃とほとんど変わらなくなる」
ノルアは誰にともなくつぶやく。
それをマリアナは聞いていた。真剣な面持ちで、今この戦いから学べるものはすべて学んでやろうという気迫を感じた。
さすがはAランク冒険者【暴風炎】のマリナといったところか。先ほど殺されかけたというのに、気持ちの切り替えが早い。
ノルアは彼女の話を聞いたことがあった。自分と同じ炎使いとして少し気になってたのだ。
まあ、実際に見るまで、本人だとは思わなかったが。
レオルの方はどうなったかと思い、見ると、自身の身の丈よりも大きな大剣を紅蓮龍の頭蓋に真上から突きさしているところだった。
「ノルアー、こっちは終わったぜー」
紅蓮龍は完全に停止していた。翼は二対とも無く、腕・足は一本づつ欠けていた。
屍体から青白い光がにじみ出てくる。だんだんと集まっていき、ゆっくりと大剣へと吸い込まれていった。
「向こうは片付いたみたいだし、こっちも終わらせるか」
ノルアが気合を入れなおすと、紅蓮龍は叫ぶ。それは魂を震わせるほどのものだった。
紅蓮龍は大地から飛び立つ。ある程度の高さまで来ると、空中で上下に浮遊し始めた。
「やばい、龍の息吹<ドラゴニック・ブレス>が来るぞ!」
後ろのほうから叫び声が聞こえた。それはノルアにはわかっている。紅蓮龍の体内で魔力が爆発的に増加しているのだ。
龍の息吹<ドラゴニック・ブレス>──それは超高魔力の砲撃である。その威力は絶大で、小さな町、都市が一撃で跡形もなく吹き飛ばされた例がある。
軍事都市バルドーナは大都市である。だからすべてが破壊つくされるということはないと思われるが、どこまでの被害が出るかは想像もできない。
だが──
「好都合だ」
ノルアは待つ、奴が必殺の一撃を放つのを。その時が奴の最後だ。
紅蓮龍は口から淡い光をこぼし始める。そして大きく顎を開くと、灼熱の塊が解き放たれる。それはまっすぐとノルアに向かってきた。
「お前の炎を……燃やし尽くす!」
炎の壁を展開する。黒々と盛るそれは、太陽の光を遮断し、大地に影ができる。しかし、大気を焦がしあふれんばかりのエネルギーを包するブレスを防ぐには頼りなく見えた。
しかし、二つの炎が衝突し、炎壁は一瞬押されているかのように見えたのもつかの間、黒き炎が勢いよく燃え広がり始めた。
「終わりだ」
瞬く間にブレスは黒く染まっていき、龍とノルアが黒い橋で繋がった。
────グギギアアァァァ
紅蓮龍は全身に燃え広がった炎に苦しみ、そのまま墜落していった。大きな地響きとともに揺れる大地。
紅蓮龍は何度か痙攣すると、そのまま動かなくなった。
「依頼完了だ」
ノルアは踵を返しその場を後にしようとする。そこにマリアナが立ちふさがった。
「待ってください!」
「なんだ」
ティアはどこにいるのか探そうと思ったノルアには、多少煩わしく感じた。
「【黒炎】のノルア……様で間違いありませんか?」
「そうだが」
適当に答えるとマリアナはグイと顔を近づけてきた。
「あ、あたしを……弟子にしてください!」
「断る」
「即答!? ど、どうしてですか?」
どうしてか。それは単純明快、めんどくさいからである。しかし、直接そう言うのもあれかと思ったノルアは誤魔化すことにした。
「お前のような小娘に教えることなど何もない。もっと強くなるまで出直してこい」
ここまで上から目線で言われれば彼女もノルアのことが嫌いになるに違いない。怒って帰ってくれればそれでいい。その若さでAランクにまで上り詰めた彼女に教えることなど今更ないだろう。
「わかりました。あたし強くなって出直してきます。その時はお願いしますノルア様!」
……対応を間違えたかもしれない。
ノルアの思惑とは裏腹に彼女からは強い尊敬の眼差しが帰ってきた。その眩しさにノルアは目を背けた。
ノルアは適当に彼女を言いくるめると、ティアを探し始める。見渡すと、傷ついた者を治療しているティアの姿が見えた。レオルもいっしょだ。
「お、俺の腕が治った!」「おい、ジェイクが息を吹き返したぞ!」「こんな……こんな回復ありえません……」
冒険者たちに駆け寄ると、そこには喜びの声を上げるも者たちがいた。ティアの回復魔法で治ったのだろう。
ティアは重症の人を見付けると、そのたび弓に矢をつがえ次々に打ち抜いていく。矢といっても普通の矢ではない。怪我を治すことのできる魔法の矢だ。棒状で緑色の光のように見える。
「どうだ、助かりそうか」
ノルアはティアに尋ねた。見る限り、死んでいる者も多いし、命があっても死にかけている者もちらほら見える。
「生きているなら何とかなりそうよ。……死んだ人は無理だけどね」
ティアの声はどこか沈んでいた。別にティアが悪いわけでもあるまいに。
人は死ぬ時は死ぬ。それが理だ。死者をよみがえらせるなんてできなくて当然なのだ。
今は多くの命が助かったことを喜ぶべきだろう。
「ノルア=スティグマ殿、レオル殿、ティア=メディオラ殿」
ノルアたち三人は声のした方に顔を向ける。そこには甲冑を身をまとった人物がいた。金色の髪を結いあげ、凛々しい顔立ちをした女性だ。後ろには幾人かの騎士たちが見えることから、バルドーナ騎士団の偉い人だということはノルアにはわかった。
「なにかしら」
ティアは回復魔法の手を止め話を聞く姿勢となる。
「いや、手は止めてもらう必要はない。一人でも多くバルドーナの民の命を救ってほしい」
女騎士はそう言うと再び話し始める。
「私の名前はイザベル=ヴェリスタ。バルドーナ騎士団の副団長を任せられている。我が愛国バルドーナを救っていただき誠に感謝する」
イザベルは深く頭を下げた。
騎士にはプライドの高い者が多い。冒険者に頭を下げることができる者がどれほどいるか。後ろに控えていた騎士達があわてている。まさか頭を下げるほど礼をするとは思わなかったのだろう。現にノルアも驚いていた。
「いや。俺たちは大したことはしていない。トカゲを二匹駆除しただけだ」
ノルアの言葉にレオルもうんうんとうなずいている。レオルの場合は本当に楽しんでいただけではなかという疑念がわく。ノルア自身もほんの少しは楽しんでいたというのは否定できなくもない。
「そうか……そう言ってもらえると助かる。ではトカゲ二匹の駆除ならば依頼料はそれ相応でよろしいかな?」
ノルアは口をあんぐりあける。仮面をかぶっているから相手には見えないだろうが。
「冗談だ。恩をあだで返すようなまねはしない。報酬はきっちりと払わせよう。……重ねてお礼を申し上げる」
イザベラは軽く会釈をすると、踵を返し、そのまま怪我人の元へと向かって言った。
手の足りない者はいるか、とイザベルが聞くと、俺の手がない、という返事が聞こえてた。意図したことと違う答えが返ってきたことにあたふたしている様子だった。
「あれが天然というやつか……」
「なんだ天然って?」
ノルアのつぶやきにレオルが食いついてくる。お前みたいなやつだよというと、よくわからんと返してきた。レオルの言うとおり天然というのはよくわからんやつのことだ。
あれが副団長で大丈夫なのかと、他国ではあるがノルアは心配に思うのであった。






