自国を守るものたち
◇◆
「おい、早くこいつを治してやってくれ!」
「む、無理です! 回復魔法にも限度があります。その人はもう駄目です」
「そっちに向かったぞ!」
「ちくしょう! 喰らえ風刃<ウィンド・カッ……ッぐぁ!」
バルドーナ南門。そこでは二体の紅蓮龍を相手に、必死の戦闘を繰り広げる者たちの姿があった。数にして数十。全長にして三〇メートルほどもある二頭の龍と戦うには余りにも少ない。それには理由があった。
上級龍種に分類される紅蓮龍。並みの者では戦いにならないのだ。
だからこそ、そんな化物と直接戦うことができるのはBランク冒険者以上とされていた。それ以下の冒険者や兵士たちは別のことに人員を割かれていた。遠方から、バリスタや投石機を用いた攻撃をする者、住民の避難誘導などをする者。皆がバルドーナを守るため力を合わせていた。
「冒険者の者! 個人で挑もうとするな。パーティを組んでいる者は互いに連携し、ソロの者は他の者が作った隙を突け!」
戦う者たちの中に指揮をとっている者がいた。声質から女性だとわかるが、プレートメイルを着ており、放つ気はその場の誰にも負けていなかった。その胸部にはバルドーナ騎士団の紋章が刻まれている。ヘルムのスリットから碧色の瞳をきらめかせ、凛とした顔立ちをしており、片手には装飾の施された片手剣を握っていた。羽織っている藍色のマントには赤黒い染みが付いている。
「イザベル副隊長。 冒険者たちが我々のいうことを聞きません!」
全身鎧を身につけた者がイザベルに駆け寄ってくる。その顔には焦りといらだちが見える。
「彼らにはバルドーナを守るのに力を貸してもらっている。それには感謝しているが、どうやら我々はあまり好かれていないようだな」
冒険者の中にはイザベルの指令どうりに戦う者もいるが、全く耳を貸さない者たちが多い。それにはいくつか理由が考えられる。
まず、冒険者は基本的に自分たちのパーティの者としか一緒に戦わない。これは他パーティと一緒に依頼をこなしたりすると、その報酬の分け前などでいがみ合いになることが多いからだ。だからこそ、多人数による戦い方には慣れていない。
もう一つの理由としては、騎士団が嫌われているということだ。基本的に冒険者よりも騎士のほうが地位が高く、いざこざが起こるとたいていの場合冒険者側が処罰の対象となる。自由奔放な冒険者と、厳格なルールのもと働く騎士では、互いの思想が衝突することも少なくないのだ。バルドーナ騎士団最強の名を冠する団長が今この場にいず、王の護衛をしているというのも大きな原因だろう。
「仕方がない。我らは我らで我を通す。 陣形を整えろ、」
号令に従う部下たち。十数もの鎧が、イザベルを先頭にくさび型に広がる。その統率された動きは一種の芸術のようだった。
狙いは対応している者の少ないほうの紅蓮龍だ。
大地を疾走する。紅蓮龍がこちらに顔を向ける。憎悪の色に淀んだ瞳とイザベルの眼があった。紅蓮龍は翼をなぎ、風圧により周りの冒険者がよろめく。そして標的をイザベルたちに定めた。地を踏みしめ走り出す。
イザベルは紅蓮龍が目前に迫ると、左手を正面に向け広げる。中空に大きな水球が現れ、それを紅蓮龍へと射出した。
それを顔面に食らいよろめく紅蓮龍。そこに騎士たちが切り込む。陣形を左右に分け、すれ違いざまに足に向けて一太刀入れた。
「はぁあああッ!」
イザベルは跳躍すると、紅蓮龍の眼にめがけて刃を突きたてた。
────グルルアァアアアア
憤怒と苦痛の入り混じった声が大気を震わした。紅蓮龍は暴れまわり、手当たり次第に尾を振り回し、爪をたたきつけた。
もろに食らい数十メートル吹き飛ぶ者、鎧がひしゃげて見るも無残な姿になり果てる者。苦悶の声に満ちる。
「今のでうちの連中の半数がやられた。イザベル副隊長……もう無理だ!」
バルドーナ騎士団の精鋭を半数以上失い、紅蓮龍の片眼をつぶすのがやっと。強靭な鱗におおわれた体は、ほとんど傷らしい傷はない。片眼を失った紅蓮龍はいっそう暴れまわり、犠牲者は増える一方だった。
「みんな離れて! でかいのを一発お見舞いしてやるわ」
冒険者の中から一人の小女が前に出る。周りの者は言われたように距離をとる。その顔にはやってくれという気持ちが浮かんでいた。少女は手に持った杖を掲げた。
『火葬風華<フレイム・ソー>』
少女の叫びに応えるように、宙から炎が出現する。少女の周りを風が吹き荒れ、炎を巻きあげた。それはだんだんと収束していき、一つの竜巻となった。肌の水分が蒸発しそうな熱気を振りまきながら、竜巻は紅蓮龍に向かっていく。
あらぶる風に少女の髪は大きくたなびき、吹き飛ばされそうな帽子を押さえる。
少女の顔には笑みが浮かんでいた。
「ワイバーンを一撃で屠ったこの魔法。上級龍種だか何だか知らないけど、無事ではすまないわよ!」
天と地をつなぐ炎の螺旋が二体の龍を飲み込む。耳を覆いたくなるほどの風音が幾ばくか続く。
冒険者たちはそれをかたずをのんで見守った。倒したと喜ばないのは高ランク冒険者としての経験によるものだ。相手を倒したと確信心するまでは気を抜かない。それが冒険者稼業で長生きするのに必要なことだと知っているのだ。
風が止み、炎がおさまる。雲は竜巻に散らされ、まばゆいほどの太陽の光が大地を照らした。しばしの静寂。
そこには無傷の龍が二体いた。
「嘘……」
少女の口から小さな声がこぼれる。大きく目を見開き、その顔には先ほどまであった自信はかけらもなかった。
ただでさえ絶大な魔法耐性を備える上級龍種。その中でも火をつかさどる紅蓮龍を相手に、マリアナは相性が悪すぎた。
「マリアナ逃げろ!」
紅蓮龍はマリアナと呼ばれた少女に向けて突進している。攻撃してきたのがマリアナだとわかっているのだ。マリアナは呆然としていて動かない。遠くない未来にマリアナの華奢な体が弾き飛ばされる姿を誰もが脳裏に浮かべる。
大きな地響きを立て、目前に迫る巨体にマリアナは我を取り戻す。しかしその時にはもう遅かった。逃げられる距離ではない。
マリアナは気付くと声をこぼしていた。
「あたし……ここで死ぬの?」
紅蓮龍が視界を覆うほどの距離になる。
それは絶望的な距離。鋭い牙剥き出し、大き口を開けるとマリアナに躍りかかった。
──いや、お前は死なない
マリアナは自分のすぐそばから声を聞いた。
次の瞬間、黒い影が龍を──殴り飛ばした。