ノルアのパーティ
◇◆
エスタリカにはギルドと呼ばれる組織あり、それは大きく分けて二種類ある。
一つ目は商業ギルドである。エスタリカで商売をする者の殆どはここに所属している。場所代としていくらか払わなければいけないが、有事の際には多少のことなら保証してくれる。
もう一つは冒険者ギルドである。薬草採取から護送任務、凶暴な魔物の討伐と言ったことまで幅広い依頼を受け。それを冒険者と呼ばれる者たちに施錠するのだ。その仲介料金を利潤として運営している組織である。
そんな冒険者ギルドの受付嬢、リリム=コインスは今日も笑顔で仕事をこなしていた。
「はい。 幻惑草の採取クエストを受けるということでよろしいですね。 幻惑草は其の名の通り、胞子を吸ったものに幻惑を見せるものです。気を付けてくださいね」
リリムは優しげな笑みを浮かべ、依頼の受諾印を羊皮紙に押した。受付場所はいくつかあるが、彼女の前には順番待ちの列ができていた。他の受付嬢達の眼には嫉妬の色が浮かんでいる。人がなかなか来ない彼女たちは、愚痴を言い合っていた。
「ねえ、最近リリムの奴調子のってない?」
「ほんとよ。 ちょっとかわいくてちょっと頭がいいだけなのに」
「私たちから仕事奪うなんて、こんなの上に見られたらまた給料減らされるわ」
彼女たちの言っていることはただのやっかみである。しかし彼女たちの中では、リリムのせいで自分たちは苦労ということになっていた。
受付嬢言うのは世間の男たちの憧れである。ただそれは残念ながらただの幻想でしかなった。
そんな中で、ひときわ綺麗な受付嬢がポツリと呟いた。ルージュにより美しく飾り立てれた唇から紡がれる言葉に、周りの受付嬢は気を向けた
「あいつにいっぺん痛い目を合わせてあげましょう」
しばしの沈黙。そして受付嬢は互いに顔を見合わせると、意地の悪い笑みを浮かべた。
──バタン
突如入口の扉を強引に押し開き、誰かが入ってきた。黒い服装をし、不気味な仮面をつけた人物。中にいた者は数人を除き、皆顔をしかめる。そんなことに気付かない様子で、堂々と一つのテーブルへと向かっていった。
「待たせたな」
「待たせたな……じゃねーよ! なに後れて来てんだよノルア!」
不機嫌そうに座っていた小女がテーブルをバンと叩き、立ち上がった。皮鎧の内側にはチェーンメイ着ているが、身がるそうな格好をしていた。一つ気になるところがあるとすれば、それは彼女の背負っている武器だろう。彼女自身の背丈とほぼ同じで、剣先が地面に着きそうなほどである。革製の鞘に収まってはいるが、その威圧感は拭えない。
そんな様子に、同席していたもう一人の女が肩をすくめていた。怒鳴られた本人は、何事もなかったかのように椅子に座り、軽く手を挙げると
「悪い悪い。レオルだってよく遅刻するしいいだろ?」
謝った。
まったく悪いと思っていないことは誰の目にも分かる。レオルはそんなノルアを少し睨むと、はぁとため息をついた。
「今の(・)お前には何を言っても無駄か。……後できっちりお話ししような」
レオルは青筋の浮かんだ笑みを浮かべると、腰を下ろした。
「話は終わったかしら」
「今のところはな!」
今まで静観していた女性がレオルに話しかけた。
妙齢の女性で、顔立ちは麗しく、白磁のように白い肌をしている。頭には耳当てを被っており、絹のようになめらかな髪をふんわりと圧していた。髪を手ではらうと、花のような甘い香りが漂ってくる。椅子には木製の長弓が立てかけてあった。うねるように蔦がまきついている。
彼女はティナ=メディオラ。ノルアとレオル、そして彼女でパーティを組んでいる。
ティナがあやすと、レオルはむすっとしながらも、おとなしくなった。
「それじゃあ落ち着いたところで、今日の予定を確認するわね? 今日受けるのはギルド長直々に任された緊急依頼よ、内容は……」
レオルを含む三人は一同に息を飲んだ。
「エスタリカの同盟国であるバルドーナに向かい、紅蓮龍を討伐する……結構まずいことになってるらしいわ」
「盗賊なんて相手してる場合じゃなかったな」
「遅刻してきたお前には言われたくねーよ!」
再び言い争いを始めるノルアとレオル。
「時間がないって言ってるでしょ。ノルア、ギルドに緊急以来のこと伝えといて」
ノルアは了解すると、紅蓮竜討伐の意を伝えに受付へと向かった。
「緊急依頼を今からこなしに行く。ギルド長に伝えておいてくれ」
ノルアが受付嬢リリムに声をかける。リリムはそれにびくびくとしながらうなずく。わざわざ待ち人の列ができてる自分に言わなくてもいいのではないか。リリムは少しだけそう思った。
ノルア=スティグマにはあまりよい良い噂を聞かない。絡んできた冒険者を半殺しにした、お尋ねものの盗賊団を皆殺しにした、即席のパーティを組んだ者たちに殺すと脅した、聞く話はどれも物騒なものばかりだ。その風貌も相まって、彼を恐れる者は多い。
リリムが作業を終えると、ノルアは、仕事頑張れよ、そう言い残して去って行った。
流れる冷や汗を手巾で拭うリリム。
ノルアという人物が本当に悪い人なのかどうかは、受付嬢になったばかりのリリムにはまだわからない。だがたとえ彼が良い人だったとしてもこの緊張は薄れることはないだろう。
Sランク二名、Aランク一名の計三人で構成されるエスタリカ唯一のSランクパーティ【エクリプス】のS級の片割れ。【黒炎】の異名を持つ魔法使いである。
しがない受付嬢のリリムには、雲の上の存在だった。
冒険者というのはその実力によりS、A、B、C、D、Eの六段階に分類される。かけだしはEランクから始まり、一番上がSランクとなる。しかし、並みの者はどれほど努力してもBランクが限界だとされてる。一部の才能を持つ者だけがそこから先に進めるのだ。とはいってもBランクは熟練の冒険者とみなされるし、Aランク冒険者でもはピンからキリまでいる。Sランクに限りなく近い者もいれば、Bランクとあまり変わらない者もいる。
そしてSランクは────人の領域を超えた者である。アルミーン大陸でもっとも大きい国、エスタリカ王国でもSランク冒険者は四人しかいない。他の国では違う呼び名の場合もある。
彼らには国から様々な援助や特権を与えられ、その権力は上流貴族と肩を並べるほどである。中にはそれを断る変わり者もいるが。
国がそこまでするのはなぜか。
それは彼らがその国の切り札──守護者となるからである。強大で危険な魔物がはびこるこの世界、一匹の魔物のせいで滅びた国も少なくない。そういう国にはたいていの場合、Sランク冒険者のような圧倒的強者がいない。
例えば、エスタリカ王国が緊急にSランク冒険者の派遣を、同盟国に求められれば、自国に危険がない範囲内であればその要求に応える。しかし、救援が間に合わないことも多いのだ。
だからこそ各国は自国に強い者を置きたがり、自国に住んでくれるように様々な待遇を与える。
四人という数字は、決して少ないものではない。四人も(・)いるのだ。
「お待たせしました。次の方どうぞ」
心を入れ替え、リリムは後ろに控えていた人に声をかけた。その後ろにもまだ人はおり、忙しくなりそうだ。