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冒険者ノルアは仮面をかぶる  作者: 火橋ルスィ
◇第一章◆ 紅蓮龍
1/22

裏と表

 ◇◆




「誰だおめぇら。ここがカーマセ盗賊団のアジトだと分かってんのか?」


 薄暗い廃墟。街の裏道を通り、さらに奥に進んだ場所。そこを、カーマセ盗賊団が根城にしていた。入り口の見張りは男が一人。男は怪しい2人組を見つけ、声をかけた。

 二人のうち片方は、黒い外套を着ていて顔を奇妙な模様の入った仮面で覆っていた。不気味な雰囲気を放っており、見るものを不安にさせる。

 もう片方の人物は、大きな剣を背中に担いだ少女だった。髪は鮮血を浴びたかのような赤色。意志の強そうな瞳を爛々とさせ、どこか気品のようなものも薄っすらと感じさせる。

 見張りの男は頭を掻く。2人組に対してある程度の見当はついていた。

 ──冒険者。冒険者というのは魔物を討伐したり、護衛任務をしたり、あまり強くない者なら薬草摘みなどをする。そしてその中には盗賊などの賞金首を狙う者もいる。二人組はそれの類だろう。

 かくいう男も、昔は冒険者をしていた。Cランク止まりだったが、今はBランクにも劣らない実力を持つと自負していた。カーマセ盗賊団でも屈指の実力者だ。


「死にたくなけりゃ、さっさとお家に帰ることだな。今ならまだ見逃してやってもいい」


 男は下品に笑う。目に映るのは強者としての自信だ。今まで数え切れないほどの弱者を辱めてきた彼には、負けることなど考えられなかった。


 赤髪の小女が、仮面の男に尋ねた


「どうする?」


 見張りの男はその様子を楽しげに観察する。怖気づいた様子の冒険者二人に嗜虐心が暴れようとする。だが今は耐える。二人が完全に諦めた時。その時に言ってやるのだ。『気が変わった。やっぱり殺すわ』と。二人組の絶望した様子を思い浮かべ、男はいやらしい笑みをこぼす。


 仮面の人物が、赤髪の小女に答えた。


「お前に譲る」


 男にはすぐにその言葉の意味がわからなかった。その小さな脳みそをフルに回転させ、やっと意味がわかった。

 男は顔を紅潮させ、額には青筋を浮かべる。

 つまりは──二人組にとって男は単なる獲物でしかなく、仮面の人物が赤髪の小女に獲物を譲ったのだ。


「ふざけやがって……殺す!」


 男は腰に差したあったカットラスを素早く抜き、赤髪の小女に切りかかった。男の気迫は凄まじい。並の者なら、恐怖に体を縮めることしかできないだろう。身体強化の魔法をかけた男の一撃は風を切り裂き、小女に襲いかかる。


 しかし──


「そんな馬鹿な……」


 勝負は一瞬。


 金属同士がぶつかるような金属音とともに男の必殺の一撃はたやすく防がれた。いつの間に抜いていたのか、小女は背中にあったはずの大剣を振り上げ、男のカットラスをたやすく弾き飛ばしたのだ。

 遠方で地面に落ちるカットラスの音が、静かに響く。

 振り上げられたその大剣に、男は見覚えがあった。無機物であるはずの剣は、静かに脈打ち。血管のような紋様がその刀身に流れていた。柄と刃の間あたりに半球状の赫い石のようなものが埋め込まれていた。


「魔剣グラト……ってことはお前らは──」


「さっさと終わらせろレオル」


「わかってるって。せかすなよ」


 レオルと呼ばれた小女は、振り上げていた剣を振り下ろした。

 男は見た。切られた自分の体から何かが抜け出て行くのを。そして悟った。自分は死ぬのだと。

 レオルは剣についた血を払うと、再び背に差した。


「では行くか」


 仮面の人物は男の死体に目もくれず、歩き出した。レオルが続いて歩を進める。


「さっさと済ませようぜ。明日からは大仕事だろうからな。緊急依頼ってのが何か、楽しみだぜ」


 レオルは肩を回すと、獰猛な笑みを浮かべた。数分後、廃墟に誰かの悲鳴が何度も上がった。近くを通り過ぎた浮浪者や住人は、何事もなかったかのように振舞っていた。

 それがここでの普通だった。




 ◇




 アルミーン大陸にある三大国家のひとつエスタリカ王国。大陸中央を覆うエルメルナ大森林東に位置し、その気候は穏やかで適度な雨は降るものの一年を通して晴れが多い。そこには様々な職種の人々がいる。貴族、商人、運び屋、宿屋、さらには──冒険と呼ばれる者たちもいる。

 そんなエスタリカのごく一般的な宿屋の一室に、大きな声をあげる者がいた。


「まずい、急がないと間に合わない!」


 僕は慌てて寝床から飛び起きた。部屋の壁には魔法により正確な時刻を示す時計が備え付けてある。それに目をやると、待ち合わせの時間をすでに少し過ぎていた。一階に降りると、宿屋の女将がこちらに気付いた。


「おはよう。今日はやけに朝が早いじゃないか」


「あ、メリアさん。おはようございます。 ちょっと大きな仕事があるんです」


 彼女はこの宿の女将である。夫と娘を持つ妙齢の女性で、客からの人気は高い。その美貌は幾人もの男たちが骨抜きにされてきたらしい。

 いつも通り今日の朝食はどうするかを聞いてきた。慌てていて気づかなかったけど、調理中の食欲をそそる匂いが漂っていた。


「今日はいらないです。 の仲間を待たせちゃってるんで。それと数日……もっとかな?帰らないので飯は当分用意してもらわなくて大丈夫です」


 僕は丁寧に朝食を断った。メリアさんの作る料理はとても美味しいと近所でも評判である。だから食べれないことはすこし残念だと思った。帰ってきたらたくさん食べることにしよう。


「まあ、がんばりな。あんたはわたしの息子みたいなもんさ。やる時にはやる男だ」


 そう言って彼女は僕の肩を叩いた。僕は照れ臭くなり頬を掻く。娘さんがいるじゃないですか、と言い返す。それはそれと笑っていた。


「それじゃあ行ってきます」


「ああ、行ってらっしゃい。くれぐれも怪我には気をつけるんだよ……ノルア」


 なんだか本当の親子みたいだと思ってしまったのも仕方ないだろう。胸に何かあったかい物を、僕は感じた。


 宿を出た後は少し離れた裏路地に入った。そこは一般道とは違い、少し寂れている。地面の石畳にはひび割れや剥がれかけているところがあり、人影は少ない。そこで少し周囲を見渡す。あまり人がいないことを確認すると、ポーチから黒い外套と今はもう見慣れた奇妙な模様の入った仮面を取り出した。


「みんな待ってくれてるかな、置いていかれたら困るな……。まあ、"俺"の仲間はそんな薄情じゃないか」


 黒い外套に身を包み、今はもう見慣れた仮面をつけて見る世界は、少し狭く暗かった。そして急いで目的地──冒険者ギルドに向かった。





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