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一枚の布から  作者: 松田
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ほどなくして、私は人事部から経理課に移動が決まった。緑が裏で何をしたのかわからないけど多分それが大きいんだろう。1年目なのに意見が通っちゃう辺り緑が優秀なんだって事を思い知らされる。

お礼をしなきゃと思って『今日経理課に配属が決まったよ』と送ると、2分後位遅れて『おめでとう』と返ってきた。

なんだか胸がホクホクする。

『緑ってさ』

聞くべきじゃないかもしれない。

『私が移動したのって緑が動いてくれたからだよね』

それでも気になってしまう。

『私のために何をしてくれたの?』

心臓の音がやけにうるさい。既読がついて、返ってくるまでの間が苦しい。長ければ長いほど聞かなきゃ良かったと思えてくる。

『いや、とくになにも。上に日下部さんの事、紹介しただけだよ』

私の発言と彼の発言。時間を見てみると1分もたっていなかったことに、奇妙なずれを感じずにはいられない。

『それだけ!?結構あっさり昇格できるもんなんだね』

悟られないようにと、なるべく明るく返した。

『まあ、今人事部に居ない人ってそーやって上がった人結構いるらしいからね。仕事の出来より上司のご機嫌取る方が出世しやすいのかも』

『なるほど。とにかくありがと、移動は明後日からだけどおかげで明日は忙しいからもう寝るね』

『わかった。おやすみ』

『おやすみ』

久しぶりに気持ち良く寝て起きて、会社に行くと早速移動の準備に追われた。

移動先の裕子が準備を手伝ってくれて、それでも終わったのは午後四時だった。

「朝からやってもこんなに時間かかっちゃうんだね」

「何言ってんの、こんなんましな方だよ八千代さんなんか移動しても準備終わらなくて人事部に通い続けたそうじゃん」

「ああ、そう言えばそうだね」

「八千代さん、どこに配属されたか知ってる?」

「いや、あんまり仲いいわけじゃなかったし」

「開発部だってさ」

「遠いねー」

「そうだよ、だから八千代さんひぃひぃ言って、可哀想だったー」

そう言いながら崩れた裕子の顔がちょっと面白かった。

「じゃあ、私達は経理課と人事部離れてなくてラッキーなのか」

「そうだよ、総務部も割と近めだしね」

「なんで総務部?」

「緑君好きなんでしょ?」

「いや?」

やっぱりきたか。

「あれ?違うの?仕事できるし結構イケメンだし、いい物件だと思うけどな」

「そんな人を家みたいに・・・」

「そっかー真里が興味無いならあたしがもらっちゃおっかなー。この前からちょっといい雰囲気だし」

かるく殺意が湧いた。

「裕子最近緑のことよくしゃべるね」

緑のことを考えちゃうのは絶対にそのせいだ。と、思うけど言わない。

「なになに?真里もしかして緑君のこと気になってる?」

「なってない」

「あいた!」

軽くチョップしてやった。

するとあれだけやかましく話していた裕子が急にだまった。もしかしたらまずいとこに入ったかな?

「ねえ、真里・・・」

ようやく裕子が口を開く。

すると場が一瞬で入れ替わったみたいに裕子に支配された気がした。

「あたし・・・・・・緑君のこと・・・・・・好きになっちゃったかも・・・・・・」






経理課に配属されてから一週間。驚いた。

仕事の多さが人事部と比べてまるで違う。

おまけにもうなれたというふうに仕事を終えてもピンピンしている裕子のテンションにもかなり厄介なものがある。

私は大分疲れきっていた。

『それでも、もう一人ぼっちになる心配はないでしょ?』

『まあ、それはあるけど』

『最初のうちだし、しょうがないよ。俺も初めは死ぬかと思ってたし』

『総務部だもんね』

ほんと、緑は私よりきついとこで1年目からだからより大変だよね。

『うん、私人事部に甘えてたかも』

『だね、もう少し頑張ってみよ?』

『うん、そーする。ありがと。それじゃあ寝るね』

『おやすみ』

『おやすみ』

私は本当に甘ったれてるんだな。

あと一週間もあればきっと、裕子みたいにさくっと仕事終えられるスタミナつくんだろーな。

・・・・・・つくかな。

ごちゃごちゃとものを考えてしまうけれど、それでも時間は待ってくれるわけもなく。

日にちだけが過ぎていくが、私が仕事になれる気配は一切ない。

裕子と飲みに行く約束をしたんだけど「るんるんるー」とずっとループしている裕子になんでそこまで元気なのか聞きたい。

「あ、ここだここ」といって裕子は寿司屋のドアをがらっと開けて「たのもー」と言ったもんだからびっくりした。

今日はたまたま他に客が居なかったからいいものの、恥ずかしいから今度の見に行く時は治してもらおう。

「おっちゃん!ブリとイクラね」

「あいよっ!そっちの嬢ちゃんはどーするね!」

「私!?えっと・・・じゃあマグロで」

「あいーマグロ1丁ねー!」

「よっ!ほっ!」と凄い握ってるとき言ってるけどここの板前は声出さないと握れないんだろーか。

「裕子、なにここ?」

「寿司屋だよ?」

そんなことはわかってるよ。

「じゃなくて、なんでこんなにうるさいの?私ちょっと苦手かも」

聞こえちゃまずいからぼそっと聞こえない様に喋った。けど裕子は通常より少し大きめの声で「ここすっごい美味しいんだよ。食べたらなれるよ」というのだ。

「へいっマグロ1丁あがりっ!」と言ってマグロがだされる。

箸で崩れないように掴んで、醤油に浸し、口に入れる。

すると普段食べてる回転寿司では比較にならないくらい美味しかった。

口の中でひんやりしたマグロが舌の上をヌルヌルっとまるで生きているかのようにうごいたかとおもうとサッと溶けて気づけばなくなっていた。

もっと味わいたいと思わされる。こんなに美味しいのが東京で食べれるとは思わなかった。

「よくこんな店知ってたね」

「美味しいでしょ」

「うん。びっくりした」

裕子と話しているとそれを聞いた板前さんが「嬉しいこと言ってくれるねぇ」と言ってコハダをサービスしてくれた。

「あたしさ、緑君に教えてもらってから何かある度にこのお店来てんの」

また、緑だ。

「このお寿司屋さんすごく美味しいでしょ?だから、食べたら嬉しい気持ちになってまた頑張れるの」

「馬鹿みたいでしょ」と言って微笑んだ裕子はすごく可愛かった。こんなのに・・・・・・勝てる筈ない。そう思うとストレスになって、私の脱ぎ癖はつぎの日から再発した。






なんでだろう。裕子が緑と仲良くしてるのがすごく鼻につく。

甘えてることには気がついた。けど、それじゃ飽き足らず、いつの間にか好きになっていたんだ。

いつからなのかわからない。

認めるのが嫌で、わざとわからない振りしてた。

でも、もう無理。緑を好きって気持ちが止まらない。なんで!なんでよ!!

口がかってにうごいていた。「緑ってさ」

「ん?」

「裕子のこと、どう思ってるの?」

やや困った様子になって「ただの友達だけど?」

もうそれだけじゃ安心できなかった。

なにか決定的なものが欲しかった。

だから、この時自分が何を考えていたのかは全くわからない。

「裕子とお寿司屋さんいったよ。緑が勧めたんだってね」

「ああ、あそこ?いいところだったろ。うまくて」

「うん、あんな店あったの知らなかった」

楽しそうに笑いながら「だろ、あそこ初めて見つけたときは驚いたよ」

すごく、その笑顔が腹立たしい。

「なんで私には教えてくれなかったの?」






それから程なくして、私達はその場から別れた。

家に帰り、扉を開けると急に手持ち無沙汰な気になったので、ちかくの雑誌を拾って読んでみた。けど、全く頭に入ってこない。

腹がたってきたので全力で放り投げた。

グシャッと音を立てて落下した。私が投げたせいで途中で折れて、ページもぐにゃぐにゃに、変形した雑誌を見て更に腹が立つ。

あえて近くを通る時に踏みつけるも音と足で味わう質感が私を更に不快にさせる。

これ以上関わっちゃダメだと思ってなるべ見ないように風呂場へと向かう。

服を脱ぎ。スカートを脱ぎ。ストッキングを脱ぐ。

ワイシャツとストッキングを洗濯機に入れる。

スカートのポケットの中に入れていたパンツも忘れずに洗濯機に入れた。

風呂は沸かしていなかったしそんな気もなかったのでシャワーを浴びるだけになる。

体を洗い終わって、かれこれ二十分以上シャワーを無駄に浴びていた。

体を拭いて、部屋着のズボンをはいて、部屋着の上を着る。

スカートのもう一つのポケットに入れておいたケータイを出してみると通知ランプが光っている。緑からラインの通知が来てた。

3件のうち1件に『こんどうまいとこ紹介する』と書いてあったことにホッとした。

急にパンツが履きたくなって、ズボンを脱いでパンツを棚からとり、履いて、またズボンを履いた。

通知の内容にウキウキしながらリビングに向かって歩いた。すると、さっき散々に扱って放置した雑誌を、私はまた踏んでしまった。

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