格闘家の凄いスキル
今から書くことは、格闘技をやっている人間には基本中の基本、基礎の基の部分です。しかし、これを知らない人があまりにも多いな……と感じたため、ここに書かせていただくことにしました。
格闘技の経験がない方にお聞きしたいのですが、皆さんは格闘技の試合を観ていて、格闘家の何が凄いと感じますか?
「あのボクサーのパンチ力は半端じゃない」
「あの空手家の蹴りの威力は凄そうだ」
「あの柔道家の投げ技は痛そう」
だいたい、こんな感じでしょうか。要は「技の威力」のみに目がいっているわけなんですよね。いわゆる目つきや金的、さらには発勁といった技が未経験者から評価されるのも、与えるダメージや見た目の凄さからでしょう。
実のところ、格闘家の凄さは「技の威力」よりも「技を当てるテクニック」の方が大きいのですよ。
プロのボクサーは、相手と向き合った時点で、自分のパンチの制空権を理解しています。どういうことかと言いますと「軽く一歩踏み込めば、俺の左ジャブが当たるな」「一歩深く踏み込めば、左フックがギリ当たるな」みたいなことが、パッと見で理解できているのですよ。
だからなんだ? と思われるかもしれませんが、闘いにおいて、これは非常に大きいのですよ。
一歩踏み込めば技が当たる、という状態は……例えるなら、弾丸を込めた拳銃で銃口を向けているのと同じ状態なわけです。
しかも、ボクサーのパンチは早いです。また、踏み込みの早さも想像以上です。相手が動く前に動き、一気にパンチの連打を叩きこむ……こうなったら、どうしようもないのですよ。
これは、ボクサーだけではありません。空手家やキックボクサーも同様です。相手との間合いを見て「深く踏み込めばミドルキックが当たる」「不用意に接近してきたから前蹴りで突き放す」みたいなことが一目でわかるのですよ。そして実行できます。
余談ですが、かつて某プロレスラーの蹴りを見た空手家は、こう言っていたそうです。
「体重は重いしパワーもある。だから威力はあるでしょう。でも、実際に闘いで使うとなると別問題ですね。彼の蹴りをもらう空手家はいないでしょう。逆に、彼にこちらの蹴りを入れるのは簡単ですね」
そう、相手の蹴りをもらわず、逆にこちらの蹴りを入れる……これが、打撃系格闘技をやってきた人の凄さなんですよね。
では、組み技系はどうかというと……柔道家やレスラーも、同様の能力を持っています。
柔道家だと「あと一歩で、腕つかんで引き込んで崩せる」レスラーなら「この距離ならタックル入れる」という判断を一目でしてしまえるのですよ。
こういった能力を養うには、まずスパーリングですね。それも、様々な相手とやらなくては駄目です。忖度なしに、自由に動き攻撃してくる相手に技を当てたり当てられたりする……そうした攻防を重ねていき、さらに本番の試合でガチの打撃や組み技を体験していくうちに、自然と身についていきます。
このスキルだけは、型の練習や、約束された攻防の練習だけで身につけることはできません。愚地独歩先生の「闘いとは、ままならぬもの。闘いとは、思い通りにならぬもの」ではありませんが、その思い通りにならぬ攻防を経て「思い通りにいかせるにはどうするか」を、自分の頭と体で学んでいくのですよ。こればかりは、教えられてできるものではありません。
このスキルを身につけている格闘家と、身につけていない人との闘いは……たとえるなら、弾丸を込めた拳銃を手に狙いを構えている人を前にして、必死で弾丸を込め安全装置を外し狙いをつけようとしている素人くらいの差があります。
私の体験ですが、未経験者の人と打撃のスパーリングをすると、大半がまっすぐ突っ込んできてパンチを当てようとしてくるのですよ。それも、まず動いてパンチの当たる間合いに移動してからパンチを打とうとしてきます。
ですから、簡単にカウンターの蹴りが入るのですよ。とりあえず前進するタイミングに合わせ左ミドルキックを打つと、ほぼ確実に入っていました。まあ、寸当ての打撃なのですが、ほとんどの人が「あ」という顔になります。
ところが、上手い人は移動と打撃とがほぼ同時なんですよね。それも、移動するタイミングを読ませません。さらに、移動のスピードも早いです。
あるいは、あえて蹴りを出させてカウンターパンチを打ってくる人もいます。こちらのカウンターの蹴りに、さらにカウンターのパンチを合わせてくるわけですね。私なんぞのレベルでは、こうした人たちにはいいように遊ばれてしまいます。
こうした攻防を体験していると、よく言われる「目つきや金的があれば」という言葉がいかに虚しいものであるか、よくわかりますね。目つきや金的は、確かに威力はあるかもしれません。が、格闘家からみれば、威力はあるが使えない武器を持っているだけ……という気がするのですよね。ロケットランチャーを持ってきたはいいが、使い方がわからずオタオタしてる間に拳銃で撃ち殺されて終わり……そんな気がしますね。
最後になりますが、ここでいくら私が力説しても、百パーセントは伝わらないでしょう。なので、一度は格闘技を体験してみてください。特に、スパーリングはぜひとも体験していただきたいです。まあ、素人相手に本気を出すプロはいませんが……それでも、実力の片鱗は肌で感じられると思います。




