目突きの話
昔、通っていたトレーニングジムには古武術を習っているトレーナーがいました。そのトレーナーと、トレーニングの合間に話していた時のことです。「目潰しの練習はやってるんですか? こういう奴ですよ」と言いながら、ピースサインで突く真似をして見せました。すると、トレーナーは笑いながら答えました。
「いやいや、あんなの実際には使えないですよ。あれは漫画の中だけですね」
えっ? と私は思いました。どういうことかと詳しく聞くと、トレーナーはこう言いました。
「目のような小さな標的に、二本の指を正確に突き入れる……これは、達人でもないかぎり無理でしょう。しかも、闘いの場では相手も動いています。ピースサイン突き出されたら、反射的に目をつぶり顔をそむけてしまうでしょう。さらに、こちらの指が相手の額にでも当たったら、指の方が折れる可能性ありますよ」
なるほどもっともな話だ、と一旦は思いました。が、そこで新たなる疑問が浮上します。漫画などに登場するピースでの目潰しは、どこから来たのでしょうか。その点について聞いたら、意外な答えが返って来ました。
「実は、空手や武術の流派によっては、型の中に二本指での目潰しの動きが入るものもあるらしいんですよ。ただ、先ほども言った通り実際には使えません」
ほうほう。では、その実際には使えない技がなにゆえに型として残っているのでしょうか? と聞いたところ「これはあくまで私の推察ですが」と前置きした上で、こんな意見を述べてくれました。
「自分の流派には、目を潰す技があるんだぞ……という、他流に対するアピールの一種として用いられていた可能性はあります。あるいは、相手を投げで倒して袈裟固めなどで押さえ込み、動きを封じた状態で二本指を相手の目に当てて、負けを認めないなら潰すぞ……という脅しの技として用いられていた可能性もありますね」
この意見が絶対に正しい、などと言うつもりはありません。が、二本指での目突きが非常に難しい……ということは認めざるを得ないでしょう。実際、武術には四本指を揃えた貫手のような形で目の周辺を突いたり、鞭のように手首をしならせて目の周辺を打つ技がありますが、そちらの方が遥かに有効でしょうね。
実際、ピースでの目突きというのは、腕でガードされたら終わりですからね。指が変な場所に当たれば、こちらの指を痛めます。しかも、他の三本指を握り二本の指をしっかりと伸ばした状態で放つ分、スピードも遅くなります。少なくとも、ボクシングの速い左ジャブに比べれば対処はしやすいですね。
わからない人のために説明します。ボクシングのジャブは、放つまではほとんど拳を握らないんですよ。拳を握らないことにより、腕の力みが抜けて速いパンチが打てます。ピースでの目突きなど、比較にならない速さなんですよ。
しかも、ボクシングやキックボクシング、総合格闘技といった打撃の攻防がある格闘技は、速いジャブを防ぐ練習もしています。首をスッと動かして避けたり、パーリングで払ったり、場合によっては額で受け止めそのまま前進したり……そういう人たちに、道場内の動かない相手に練習しているようなレベルの目突きを放ったらどうなるか……それは、私が書かなくてもわかるでしょう。
最後に……かつてK-1やPRIDEで活躍していた佐竹雅昭さんは、自身の著書『まっすぐに蹴る』の後書き……のような部分にて、こんなことを書いていました。
「総合格闘家には、目突きと金的ありなら勝てると思う」
正直、この言葉を見た時「佐竹ダセーな。ずっと競技の世界で生きてきたのに、今さら負け惜しみ言うなよ。見苦しいだろうが」などと思いました。
しかし、今になってみると、これは皮肉を込めたジョークだったのかもしれない……という見方も出てきました。なにせ、平成の時代(特に九〇年代)には「目突きと金的ありなら、佐竹にも八巻(当時の極真空手を代表する大型選手)にも勝てる」などと豪語していた自称・武術の達人はあちこちにいたそうですからね。そういう人たちに対するものだったのではないかと……深読みのしすぎかもしれませんが。
ちなみに、この本はオススメは出来ません。