タイガーマスクは世界最強なのです
前回は、格闘技マンガについてけなすようなことを書きましたが……やはり、けなすだけというのはよくありません。感想欄でも、良い点と悪い点を書く欄があります。バランスを取る意味でも、名作格闘技マンガを紹介しなくてはならないのでは……と私は考えました。
そこで今回は『あしたのジョー』と並び、アニメ化もされて一大ブームを巻き起こした格闘技マンガ『タイガーマスク』を紹介させていただきます。今の若い人たちは、存在自体を知らないのかもしれませんが……このエッセイがきっかけで、タイガーマスクに興味を持っていただければ幸いです。
いきなりで申し訳ないですが……このタイガーマスク、リアリティーというものが欠片もありません。
タイガーマスクはプロレスのマンガですが……厳密に言うなら、プロレスはエンターテイメントであって格闘技とは違います。しかし、タイガーマスクではあたかも格闘技のように描かれていまして……しかも、あり得ないような技がバンバン登場しています。リアリティーという観点から見ると、うーん……と言わざるを得ません。
ちなみに言っておきますが、私はプロレスを馬鹿にしているわけではありません。どうも、なろうのプロレスファンの中には総合格闘技を嫌っている人もいるようで……「プロレスの方が総合格闘技よりずっと面白い」などという文を見たことがあります。なぜ、ジャンルの異なるものを比べて優劣を決めるのか、私にはその辺りは理解できないのですが……エンターテイメントとしての認知度は、プロレスは総合格闘技など比較になりませんし、岡見勇信(総合格闘技の選手です)よりも棚橋弘至の方が遥かに有名です。
にもかかわらず、プロレスと総合格闘技を比較して総合格闘技みたいなマイナーなものを叩く……どちらも好きな私としては、悲しいものを感じますね。プロレスファンの人には、私を嫌いになってもいいので総合格闘技を嫌いにならないでください……とお願いしたい気分です。
話を戻します。タイガーマスクはリアリティーという点は……まあ酷かったですね。敵の覆面レスラー、ブラックパイソンはチョップ一発で虎を殺しました(空港の檻から逃げ出した本物の虎です)。獣人ゴリラマンは子豚を生のまま貪り食い、一瞬で白骨に変えてしまいました。ウルサス・アポロンはデモンストレーションとしてナイフで自らの体を突いてナイフの刃を曲げてしまいましたし、スノーシンに至ってはUMAです。
しかし、そういったリアリティーのなさを補って余りあるのが……主人公・タイガーマスクこと伊達直人の生き方のカッコよさですね。
ご存知の方も多いでしょうが……伊達直人は虎の穴という組織の一員です。悪役レスラーとして大金を稼ぎ、虎の穴に上納金を納めなくてはならないという掟の下で生きていました。
ところが、孤児たちに金を送るために組織を裏切り、そして刺客を送られることとなります。伊達直人は虎の穴から送り込まれた刺客と闘いながら、孤児たちにお金を送るのですが……その寄付のほとんどが匿名なのです。
人は誰でも、自分の行為に見返りを求める……これは仕方ないことでしょう。自分の手柄や善行を人々に吹聴し、評価や称賛を期待する……これは決して悪いことではありません。
しかし同時に、名前や身分を隠して善行をする。人を助け「名乗るほどの者じゃありません」と言って去って行く……そうした行為に美学を感じるのも、また確かです。
タイガーマスクには、この美学があります。孤児たちに寄付をする……そのためだけに、虎の穴の送り込む刺客と命懸けで闘うのです(そのことを孤児たちに一切言わずに)。たった一人で全てを背負い闘うヒーロー……それこそがタイガーマスクなのです。恥ずかしながら、私は今も、そんな男でありたいと思っていたりします。まあ、タイガーマスクにはまだまだ遠い私ですが……。
さて、タイガーマスクはアニメとマンガで展開が異なります。マンガの方ですと……最終回では、伊達直人は何と交通事故で亡くなってしまうのです。しかし彼は最後の力を振り絞り、虎のマスクを川に投げ捨てます。自分がタイガーマスクであった、という事実を墓場まで持って行くのです……孤児たちにとって、伊達直人は最期まで、ただの気障な兄ちゃんでした。自分たちのヒーロー、タイガーマスクと伊達直人が同一人物であることを知らされぬまま……。
一方、アニメの方はといいますと……最後にラスボスであるタイガー・ザ・グレート(以下グレートとします)と闘うのですが、これがまた凄まじいのです。
グレートは力、技、そして反則の三つの能力において、これまでの敵を遥かに上回っていました。反則技で徹底的に痛めつけられ、自身の必殺技も破られ、絶体絶命の危機……その時、タイガーマスクの覆面が取れ、彼の素顔が晒されてしまうのです。
そこから始まる、タイガーマスクの反撃……それは、封印していたはずの反則攻撃でした。正々堂々と闘うことの素晴らしさを孤児たちに教えるため、反則はしないという誓いを立てていたのに……グレートに対し、目突き、急所打ち、さらには凶器攻撃という反則のオンパレードです。
「虎の穴からもらったものを叩き返してやる! そして俺は伊達直人に戻るんだ!」
封印していたはずの反則技。しかし、孤児たちの前で封印を解かねばならないほど、グレートは強敵だったのです。伊達直人は虎の穴から仕込まれた残虐な反則技で、グレートを徹底的に痛めつけます。
そして……グレートをリング上で処刑し、虎の穴を壊滅させた後、伊達直人は日本を去って行きます。正体を知られ、さらに反則をしないという誓いを破り黄色い悪魔の姿を見せてしまった以上、孤児たちの前に姿を現すことは出来ないということなのでしょうか……いろんな解釈が出来ると思いますが、アニメ版もまた、素晴らしいストーリーであったように思います。
今回はあえて、最終回の展開を書いてしまいましたが……タイガーマスクは格闘技マンガというより、伊達直人という男の生きざまを追う作品として読むのが正しいでしょうね。ただ、私の心の中では……タイガーマスクは今も世界最強のプロレスラーです。