序章 ローレライの青年
雨が降る宵闇の中、私アドルフ=マイヤーは息を切らして路地を走り抜けています。
きっと私の顔は恐怖で引き攣っておられるでしょう。
本来なら今頃、我が家で安い葡萄酒でも嗜んでいたでしょうに、今私は迫りくる恐怖から必死に逃げているのです。
私は嘗て亡国の衛兵をしておりました。私はそこで戦争中に敵国の間者を手引きし、祖国を裏切ったのです。
結果、私は現在その敵国で首都の衛兵隊長を務めているのです。私は平民で剣の才も学もありませんでしたから、隊長職など就ける筈もございません。この職は、祖国を裏切ることで得たものなのです。
ですが、これは天罰なのでしょうか……。私は命を狙われ追われているのです。
それは夕刻の頃、偶々駆り出された仕事を終え、宿舎に帰ろうとしたところ雨が降り出し、急ごうと考えた時なのです。
視界の隅に黒のマントとフードの怪しい男が路地裏へ入って行くのを捕えました。
そこで何故か私の中のあるはずのない正義感が働き、その男の後を追いかけたのです。
私は薄暗い路地を気配を殺しながら進みました。その視界には黒い服に身を包んだ男を捕えて……。
どのくらい歩いたでしょうか、空はいつの間にか闇に包まれ、とうとう私は男を見失ってしまったのです。曲がり角を曲がった途端にふと消えてしまったのです。
私は肩を落とし踵を返しました。すると急に身体を引っ張られ、壁に押さえつけられたのです。首には金で装飾された柄のナイフを突きつけられました。相手はやはり先程の男で、透き通る様な魅力的な声で私に言ったのです。
「貴方は、裏切り者ブルーノですね」
私は驚愕しました。この呼び方をするのは滅びた国の兵士の中でもほんの一部だけの筈だからです。何故なら、ブルーノと言う名前は私の昔の名前であり、さらに間者を手引きしたことは、一般の者には知られてる筈が無いのです。
しかし、この男は言ったのです。私の昔の名前と所業を……。
「貴方に裏切りを持ち掛けた者の名を教えてください」
男はそう言うと続けて、「言わなければ殺します」とナイフの柄を強く握り直しました。
「わ、わかった……言う。その御方の名はヴェルンベルク公ゲーアノート様だ」
我ながら簡単に言ったと思いましたが、やはり自分の命が惜しいのです。ですが、これで助かると思い安堵の表情を浮かべましたが、男の次の発言が私を凍りつかせたのです。
「ありがとうございます……さようなら」
冷や汗が身体中から噴き出るのがわかりました。私は咄嗟に抵抗して、男から逃れたのです。
そして私は路地を走っているのです。もう息も絶え絶えですが、なんとか大通りを、宿舎を目指して走るのです。
それからさらに走り続けやっと通りが見えてきました。もうすぐそこに……。
何が起こったのか……私は両の手を地面に着いていました。
ああ……そうか私は転んでしまったのか……。
ああ……後ろを振り返れば男がいるではないか……。
ああ……私は死ぬのだろうか……。
ああ……彼の深紅の瞳が私を見ている……。
ああ……そうか……彼は----




