第4話 正義でも、大義でもない
懐かしい夢を見た。だが、それだけだ。夢は幻で、過去は単なる記録でしかない。俺を変えることはできない。
ベッドから起き上がる。扉へ向かおうとした。そのとき、気配を感じた。誰かがこちらへ向かってきている。扉から離れた。
「おはようなのだ!!」
赤髪の少女が扉を蹴破ってきた。
赤いボブヘアに獣の耳と尻尾。半ズボンにへそ出しファッション。明るく元気な笑みを見せている。
「君がノクスだな! 私はフォゼ、よろしく!」
剣に手を添える。前かがみで警戒しながら、少女を見つめた。彼女は俺に手を差し出している。握手を求めているのだろうが、その手を握る気はない。
「む! 警戒されているな」
「当たり前でしょう。あなたは色々と雑すぎるわ」
後ろから、ウォルテが顔を出した。蹴破られた扉を見て、ため息をついた。
「彼女はフォゼ。イコリティ教会の戦使徒よ」
「何しに来た」
俺はフォゼを睨みつける。だが、彼女は満面の笑みを浮かべている。フォゼは右手を前に出し、ピースサインを見せた。
「正義の味方、参上なのだ! 君にこの国の良さを教えてあげよう」
「いらない。帰れ」
フォゼの尻尾は左右に揺れている。彼女は警戒する俺に、遠慮なく近づいてきた。
「君はまだ、この国の素晴らしさに気づいていないのだ」
「負の感情を消した結果、国民が狂気に呑まれた国だろう」
フォゼの顔から笑顔が消えた。彼女の真剣な眼差しが突き刺さる。
「それは違う。この国こそが理想の国だ。国民は常に笑顔で、苦しみや悲しみもない」
「狂気に呑まれた者たちはどうなる」
フォゼが俺の手首を掴んだ。彼女に引っ張られる。
「もう一度、じっくり国民を見るんだ。そうすれば、分かるはずなのだ」
フォゼは俺を街に連れ出した。
街を歩く人々を、フォゼは指さす。
「あれを見るのだ」
大きな荷物を持った男性に、声をかけて手伝う人。辺りを見回す女性に、声をかけて道を教える人。フォゼは彼らを指さして、口を開いた。
「サンテス王国には、こういう小さな思いやりが溢れている。君もこの国に来て、そういう優しさに触れたことがあるはずだ」
フォゼの言葉で、リィンを思い出した。初めて会った時、彼女は俺に花をくれた。1輪の白い花。
街を歩く人々を見る。彼らは笑顔だった。
他人を思いやる心。それがこの街では、当たり前のように散りばめられていた。
「負の感情を消すと、痛みや苦しみも喜びに変わる。だから時々、自分を傷つけて恍惚に浸る人が出てきてしまうのだ」
フォゼは淡々と言い放つ。彼女の声から罪悪感や後ろめたさは感じられない。
「それがゼロ様の試練だ。自傷行為に走る人や悪意を消しても人を傷つけてしまう人。そういう人は処分される」
フォゼが俺を見つめる。俺の心を見透かすように、彼女の金色の瞳が俺を射抜く。
「君は分かるはずだ。綺麗事では世界は変えられない。少数の人を切り捨てることは、決して悪ではないのだ」
フォゼの目は真剣だった。少しの迷いもない。彼女は心の底から、自分の正義を信じているのだ。
「それが、お前の信じる正義か」
「私だけではない。ゼロ様に従う者たちは、ゼロ様の正義を信じているのだ」
小さく息を吐いた。思い出すのは、リィンの笑顔だ。花をくれた、あの時の彼女の笑顔。あれは本物の笑顔だった。歪められたものではない、純粋な笑顔。
俺の心はもう決まった。
「悪いな。フォゼ」
剣に手を添えた。握って……抜く。
血しぶきが舞った。
「な……」
俺はフォゼの胸元を切り裂いた。彼女は地面に手をついて倒れた。
「正義、そんなものはどうでもいい」
フォゼは唖然と俺を見ている。剣を突き付ける。
「どうせ、狙われているんだ。この国ごと邪神教団を潰す」
正義の為ではない。リィンの為でもない。俺は自分のために、イコリティ教会を潰す。
目を閉じる。剣を鞘に戻した。
「どうして……」
フォゼは息を荒らげている。呼吸の度に、彼女の肩が揺れていた。
街の人間は誰も彼女を気にしない。それが、このサンテス王国の異常性を表している。
俺はフォゼを無視して、イコリティ教会の方へ走り出した。
花を……くれたから。
だから、その恩の分だけ戦う。
それだけだ。




