第2話 拭えない違和感
木の向こうから、男が現れた。服が所々破けている。手足に人間の歯型がついていた。腕が特に酷い。皮膚が噛みちぎられて、中の赤黒い肉が見えている。
「なん、だ……」
男が口元を歪めた。口の端から血が垂れている。男はよろめきながら俺に近づいてくる。
「たのしい、たのしいなぁ」
小さな声で、呟いている。
男が走り出した。
歯をむき出しにして、口を開けながら走ってくる。
「君も楽しくなるんだ!!」
男が叫びながら、飛びかかってきた。
腰の剣を引き抜く。俺は容赦なく、男の胸元を切り裂いた。
ドサリと男が倒れた。地面に倒れた男を見下ろす。男の口元にはヨダレと血が混じりあっていた。
「気味が悪い……」
そのとき、ぱちぱちと拍手が聞こえてきた。
隣を見ると、リィンが地面を飛び跳ねて喜んでいた。俺は彼女の様子に目を見開いた。
「すごい! ノクスさんは強いんだね」
「リィン、この男は何だ? この国では、これが普通なのか?」
リィンは首を傾げる。彼女の目には、俺に対する恐怖も先程の男に対する嫌悪感も感じない。
「知らない〜」
「…………」
これ以上は聞いても無駄か。薄気味悪い国だ。
リィンを見る。彼女はニコニコと笑っている。初めて会った時から、彼女はずっと笑っている。
背筋が粟立つ。
俺は無意識に剣を握りしめていた。
街の景色を見ながら宿へ向かう。今度はじっくりと、街を歩く人々を観察する。
彼らは笑顔だ。ただ笑っているわけではない。心の底から楽しいと感じているに見える。
「ウォルテ様、凄く綺麗だったな〜」
リィンの方を見た。やはり、彼女も笑顔だ。
「あ、ウォルテ様だ!」
リィンの言葉で前を向く。そこには、アイクス騎士団の騎士と、ウォルテがいた。
そして――
壊れたように笑う女性がいた。
「いひ、ひひ、楽しい、楽しい?」
地面に倒れた女性は、2人組の騎士たちに体を押さえられている。女性の近くには、血のついたナイフが転がっていた。
女性は地面を引っ掻きながら、笑っている。彼女の爪は何本か割れており、剥がれた爪が近くに落ちている。
ウォルテが剣を振り上げる。彼女は目を瞑り、苦しげに唇を噛んだ。
「ごめんなさい……」
ウォルテは女性に剣を振り下ろした。女性の腕が力なく地面に倒れた。
「見て、ウォルテ様よ」
「あら、今日もお美しいわね」
周囲の人々は、ウォルテの美貌を褒め称える。倒れた女性の事など気にも留めていない。
「なあ、あんた。あの女性はどうしたんだ?」
近くにいた男性に話しかけた。男性はニコニコと笑いながら答える。
「あれはゼロ様の試練を乗り越えれなかった人だ」
「試練ってなんだ」
「それは答えられないな。まあ、君もこの国に住むなら、いずれ試練を受けることになるさ」
男性はずっと笑顔だった。話している最中も、倒れた女性を眺めていた時も。
「永久の安寧が約束された国、か」
とてもそんな風には思えないな。これが邪神教団と繋がった国の姿か。
「見てたのね……」
ウォルテが話しかけてきた。
「これがお前たちの言う平和な国か?」
「…………」
ウォルテは俯いた。彼女は何も言わない。
「まあ、どうでもいい。俺は邪神を殺す。その邪魔をするなら、お前らを斬る。それだけだ」
「正義のためには、時に残酷な決断をしなければならない」
ウォルテの手は震えている。
「私達の正義は間違っていない。そう、これは国民のためなの」
彼女は自分に言い聞かせているようだった。額に手を当て、苦しげに俺に問いかけた。
「お願い。この国に住むと言って……」
「…………」
「普通の人生が欲しいのでしょう?」
ウォルテが俺の右手を掴む。彼女の瞳は何かを迷うように揺れている。
「自分の言葉に自信が持てないやつを、信用出来るわけないだろ」
俺はウォルテの手を振り払った。彼女は視線を彷徨わせている。
「ノクスさん! 何を話しているの?」
「リィン、宿に帰るぞ」
俺はリィンの手を引いて、宿へ向かった。




