第24話「重なる想い」
Atelier Étoileが休業に入って、二週間ほど。
みらいは、大学生の「佐藤未来」としての生活に戻っていた。
朝、講義に向かう。
ノートを取り、課題に追われ、学食で友人と他愛ない話をする。
店に立たない日々は、思っていたより静かだった。
その分、直人のことを考える時間が増える。
——忙しくしてるかな。
朝に送ったメッセージは、まだ既読がついていない。
気にしないようにしても、休憩時間になるたび、画面を見てしまう。
講義が終わり、駅へ向かう途中。
スマホが震えた。
『今日、仕事早めに終われそうなんです』
『よかったら、会いませんか』
胸の奥が、ふっと明るくなる。
『嬉しいです。今から向かいます』
返信すると、自然と足が速くなった。
梅田。
待ち合わせ場所に着くと、直人はすでに立っていた。
「みらいさん、突然呼び出しちゃってごめんなさい」
「いえ、嬉しいです」
少し照れくさそうに視線を交わす。
「今日だったら、お店も休みですし。会えるかなと思って」
「ありがとうございます」
並んで歩き出す。
茶屋町のショーウィンドウに、春物の服が並んでいる。
自然と、手が触れ合う。
直人がそっと握り直す。
その温もりが、妙にくすぐったい。
路面のイタリアンに入ると、ほどよく落ち着いた灯りが迎えてくれた。
「ここ、何度か来たことあるんです。落ち着くので」
「ほんとに、どれも美味しそうですね」
席につき、料理を待つ間。
直人がふと、みらいを見つめた。
「今日のみらいさん、いつもとちょっと違いますね」
「え?」
「なんだか、素に近いのかなって」
どきっ、とする。
制服もない。
看板キャストとしての緊張もない。
今日は、ただの大学生。
「……そう見えますか?」
「うん。なんか、いいなって思って」
そう言われて、胸が静かに温かくなる。
料理が運ばれてくる。
みらいが注文したのは、季節限定の“桜えびと菜の花のペペロンチーノ”。
フォークで巻くと、桜えびの香りがふわりと立ちのぼる。
菜の花のほろ苦さが、春の匂いを運んでくる。
「美味しい……」
「よかった」
「そういえば、星のギャラリー。だいぶ形になってきましたよ」
「え、本当ですか」
「みらいさんの作品、置くの楽しみです」
「今、課題で静物画描いてて。前に描いたのも置いてみようかなって」
未来の話を、自然に共有できる。
それが、嬉しかった。
店を出ると、夜風が少し冷たい。
「まだ、少し時間早いですね」
人通りで賑わっている高架沿いを歩く。
そのとき、みらいの視界に赤い円が映った。
HEPの観覧車。
子供っぽいかな、と少し迷いつつ、口を開いた。
「……あれ、乗ってみませんか」
「乗ったことなくて。……デートなら、いいかなって」
「いいですよ。行きましょう」
エレベーターで上がり、列に並ぶ。
ほどなく順番がきて、ゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと街が遠ざかっていく。
「こんな感じなんだ」
「ほんとですね。僕も初めてで」
数分後、目の前に大阪市内の夜景が広がった。
「あれ、大阪城ですよね」
「うん。あっちはハルカスかな」
窓に顔を寄せ合い、指をさす。
やがて、最上部に近づき、街の灯りが少し遠くなる。
向かい合わせに座る二人。
上までいくと、街の音がすっと遠のいた。
暗いゴンドラの中は、驚くほど静かだった。
みらいは、ふと思った。
——そっか、二人きりなんだ。
「あの、隣……座っていいですか」
一瞬、直人が驚く。
けれど、すぐに微笑む。
「どうぞ」
隣へ移動する。
ゴンドラがわずかに揺れる。
みらいは、直人の手を握った。
一呼吸。
肩を寄せる。
「二人っきりって、初めてですね」
「……そうですね」
沈黙。
鼓動の音が、やけに大きい。
直人の方に顔を向ける。
瞳が、まっすぐに自分を見ていた。
「みらいさん……好きです」
胸が、きゅっと締めつけられる。
直人の息づかいが近づき、だんだん、唇が重なる距離になる。
みらいは、ゆっくり目を閉じた。
やわらかく、短いキス。
唇が離れた。
みらいは、直人の頬に手を寄せる。
「……直人さん。私も、好き」
目を閉じたまま、もう一度、そっと唇を重ねた。
ゴンドラが地上に戻る。
外に出ると、同じ夜景なのに、少し違って見えた。
駅へ向かう道。
「みらいさんと会えて、本当によかったです」
「偶然みたいな出会いだったけど」
「私も、そう思います」
手をつないだまま、歩く。
キャストでもなく、看板でもなく。
「星野みらい」ではない。ただの、佐藤未来として。
二人の想いが、確かに重なった夜だった。




