第23話「輝ける場所」
夜の空気が落ち着いていた。
風もなく、窓に触れるカーテンがかすかに揺れている。
白石ひかりは、自宅のリビングでソファに腰を沈め、膝の上に置いたノートPCの画面を眺めていた。
画面には、今日撮ったばかりの集合写真。
Atelier Étoile──リニューアル前、最後の営業日。
夕方には店を閉め、みんなでささやかな打ち上げをしたあと、店先で撮った一枚だった。
ひかり、みらいをはじめ、キャスト全員。
最終日だからと顔を出したオーナーの誠司。
スケジュールの打ち合わせで立ち寄っていた三浦直人の姿もある。
自然に並んで立つ、みらいと直人。
気負いのない距離感が、写真の中にそのまま映っていた。
ひかりは、ほんの少しだけ微笑んだ。
そこへ、風呂上がりの誠司が静かにリビングへ入ってくる。
「おつかれさん」
柔らかい声。ひかりは顔を上げる。
「いよいよ、これからやな」
「そやな」
バスタオルで髪を拭きながら、誠司がソファの背にもたれかかる。
「ようやく、思ってた感じの店できるしな」
ひかりは画面に視線を戻す。
にこやかに写るキャストたち。その中心に、自然と色が灯る。
三年前。
閉店したメイドカフェに、最低限の改装だけして始めた店。
コンセプト作り、キャスト選び、空気づくり。
積み上げてきた時間は、写真の中の笑顔よりずっと長い。
「みんなが輝ける場所……作らんとな」
ひかりが小さく呟くと、誠司が目を細めてこちらを見る。
「なあ、せいちゃん」
その呼び方に、彼の表情が和らぐ。
「約束守ってくれて、ありがとう」
「……ん?」
「輝ける場所、作ってくれるって言うたやん」
「ああ、そうやな」
誠司は、ひかりの隣に腰を下ろした。
「俺は、場所用意しただけやで」
「輝かせるんは、ひかりと、みんなや」
ひかりは少し照れくさそうに笑う。
「これから、もっと輝いていかな、な」
「うん、頑張るわ」
まっすぐ返すひかりの声は、どこか晴れていた。
そして──写真の右側に映る二人の姿に、指先を向ける。
「あ、そやそや」
「みらいと三浦くん。なかなかええ感じやったやろ」
誠司は画面を覗き込み、
「ああ。お似合いやったな」
「な。ちょっと焼けるやろ」
「まあ……三浦くん、ちゃんと大事にしてる感じやしな。見守っとくわ」
ひかりは小さく笑い、ふっと肩を寄せる。
「……せいちゃん」
「ん?」
「ちょっと、甘えてええか」
誠司の表情が優しくゆるむ。
ひかりはその胸元に静かにもたれ、そっと顔を上げた。
触れるだけのキス。
長くはない。
けれど、確かめるような温度があった。
ふたりは肩を寄せ合ったまま立ち上がり、
ゆっくりと寝室の方へ歩いていった。
しばらくして──
月明かりの差す寝室。
ベッドの中で、ひかりは誠司の横顔を見つめていた。
静かな呼吸。落ち着いた体温。
ふと、写真の中の情景が浮かぶ。
楽しそうなキャストたち。
まっすぐ不器用で、真面目で。
それでもちゃんと想い合っている、みらいと直人。
——大丈夫やな。
胸の奥で、そっと思う。
「輝ける場所は、ちゃんと続いていく」
目を閉じると、安心がゆるやかに降りてきた。
これからも、守る場所がある。
そのことを誇りに思いながら──
ひかりは静かに眠りについた。




