第22話「TV出演」
少し、春めいてきたころ。
日本橋の路地裏にも、冬の張りつめた匂いが残らなくなってきていた。
夜の風が、少しだけ軽い。
Atelier Étoileは、来週から一か月の休みになる。
改装のための休業。
リニューアル準備は一段落して、店内の空気もどこか落ち着いていた。
カウンターでグラスを拭きながら、みらいはふと手を止める。
キャストになって、もうすぐ一年。
この一年、忙しかった。
大学の課題と、店のシフト。
慣れないことも多かったのに、気づけば「いつもの場所」になっていた。
……一か月か。
長い。
長い休みなんて、いつぶりだろう。
何しよう。
――直人さんとも、時間合わせやすくなるけど。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけざわつく。
うれしいはずなのに、予定が空くと、逆に「どう過ごせばいいのか」が分からなくなる。
そのときだった。
「みらい、ちょっとちょっと」
ひかりの声。
「はい」
みらいはすぐにカウンターへ向かう。
ひかりは腕を組んだまま、こちらを見ていた。仕事の顔だけど、どこか楽しそうな目。
「みらい、TV出てみーひん」
「えっ」
言葉が、思った以上に大きく出た。
自分でも驚く。
「また事務所から話あってな。リニューアル終わった後やけど、ここに取材に来る企画が通ったらしいんよ」
みらいは瞬きをする。
取材。TV。
店が映る。自分も映る。
「レポーターはひなたちゃんやで」
その名前が出た瞬間、少しだけ呼吸が戻る。
「みらいがいい感じにやってくれたおかげやわ。ありがとう」
「……本当ですか」
「うん。まあ関西ローカル番組の5分枠やけどな」
ひかりはさらっと言う。
でも、「5分」って意外と長い。
「ひなたちゃんもTVにはあんま出たことないみたいやし、経験積ませたいんちゃうかな」
「で、それやったら、うちはみらいに出てもらうほかないやろ」
言い方は軽い。
でも、みらいには、ちゃんと決まっている感じがした。
「やってみたいですけど……」
口に出した瞬間、胸の奥がきゅっとなる。
やってみたい。でも。
配信は、見たい人が見に来る。
でもTVは、たまたま目に入る。
そこが、少し怖い。
「大丈夫ですかね」
ひかりは、迷わず言った。
「いけるいける」
「いつものみらいでええわ」
それだけ。
その言葉が、妙に効いた。
「上手くやれ」ではなく、「いつもと同じ」。
みらいは小さく息を吸って、うなずいた。
「はい……それじゃ、やってみます」
ひかりは、ほんの少しだけ口元を緩める。
「決まりやな」
――その日の夜。
メイクを落として、部屋着に着替えて、ベッドに座る。
スマホが震えた。
ひなたから。
『みらいちゃん、TVの話聞いた?』
みらいは少し考えてから、打ち込む。
『うん。初挑戦で不安だけど、やってみる』
それだけだと硬い気がして、続ける。
『ひなたちゃんがお店来てくれるの、楽しみにしてるね』
すぐに返ってくる。
『私も楽しみ!』
その一文だけで、胸が少し軽くなる。
さらに続けて、ひなた。
『レポーターのお仕事、初めてだけど』
『みらいちゃんと一緒だったら大丈夫な気がする!』
みらいは、思わず小さく笑った。
同じだ。
ひなたちゃんも、不安なんだ。
あんなに現場慣れして見えるのに。
『それじゃ、一緒に頑張ろうね』
送信して、スマホを伏せる。
不安は、消えていない。
でも、ひなたちゃんと一緒なら。
ひかりさんが「いつものみらいでええ」と言ってくれたなら。
大丈夫な気がした。
カーテンの隙間から、夜の街灯の光が床に落ちている。
静かな部屋の中で、みらいは一度だけ深呼吸をした。
――やってみよう。
胸の奥に、そんな小さな決意が残った。




