第20話「再会」
天満宮からほど近い、北区天神橋。
商店街の喧騒を抜けた先に、芸能事務所「Aurora」の入るビルはあった。
エレベーターを降りると、廊下の奥に小さな収録スタジオのプレートが見える。
「星野さん、こちらです」
穏やかな声で案内したのは、マネジメント部の新人マネージャー、瀬川翔太だった。
すらりとした体格に、きちんと整えられたスーツ姿。物腰はやわらかいが、どこか緊張も感じさせる。
「ありがとうございます」
みらいは軽く頭を下げ、後に続いた。
スタジオは、思っていたよりもこじんまりとしていた。
簡単なパーティションで区切られた空間の奥には、画面映えするような可愛らしい家具やぬいぐるみが並べられている。
トーク用のテーブルの前には、カメラが数台。小さなマイク、照明。
――配信って、こんな感じなんだ。
今まで経験したことのない雰囲気に、みらいは思わず視線を巡らせた。
「すぐひなたとメイクさん来ますんで、お待ちください」
「あちらに楽屋がありますので、ごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」
案内された楽屋に入り、椅子に腰を下ろす。
静かな部屋。鏡の前にライト。
急に、鼓動が少しだけ速くなった。
――大丈夫、大丈夫。
そう自分に言い聞かせていると、廊下の方が少し騒がしくなる。
ドアが開き、ゆっくりと顔を覗かせたのは――
「みらいちゃん」
「あ、おひさしぶりです。ひなたさん」
次の瞬間、ひなたがぱっと中に入り、みらいの前まで駆け寄ってくる。
「タメ口でいいよ。同い年だし」
「え、あ……」
「ほら、前も言ったでしょ?」
ひなたは、いたずらっぽく笑う。
「あ、それじゃ……ひなたちゃんで」
「うん、それで!」
その一言で、張りつめていた空気が一瞬でほどけた。
二人が再会を喜び合っていると、後ろから続々と人が入ってくる。
メイク担当、先ほどの瀬川翔太。そして、その後ろからグレーのスーツ姿の女性。
「星野さん、先日は簡単なご挨拶のみでしたが」
静かな声が、部屋の空気をすっと整える。
「ひなたのマネージャーの大橋希望です。改めましてよろしくお願いします」
「星野みらいです。よろしくお願いします」
「今日の収録、よろしくお願いいたします」
大橋希望。
黒縁メガネに、後ろでまとめた黒髪。地味な装い。
けれど、この人が入ってきた瞬間、楽屋の空気がぴりっと引き締まった。
ひなたの背筋も、ほんの少し伸びたように見える。
――なるほど。
この人が、ひなたちゃんを支えているマネージャー。
みらいは、ふと店でのひかりの姿を思い浮かべた。
違う。
でも、どこか似ている。
前に立つ人を、ちゃんと立たせる人。
みらいは、いつもの店の制服に着替え、楽屋を出る。
先にスタジオで待っていたひなたが、初めて見るみらいの制服姿を見て、目を丸くした。
「みらいちゃん……」
「めっちゃ可愛い……!」
少し照れるみらい。
「お店以外で着るのって、ちょっと緊張するけど」
テーブルに並んで座るみらいとひなた。
みらいが、隣に座るひなたをちらっと見た。
カメラの前に出ると、スイッチが切り替わっている。
やっぱり凄いな、と思った。
「それでは、スタートです」
今日は、初出演ということで、店の紹介やみらい自身の紹介がメイン。
最初は、台本通りにひなたが聞き手に回る。
「Atelier Étoileって、どんなお店なんですか?」
「昼は“アトリエ”がテーマで、落ち着いた空間なんです。夜はちょっと雰囲気が変わって……」
最初は慎重に言葉を選んでいたみらいだったが、次第に自然と自分から話し出していた。
「最初の頃、ドリンクこぼしちゃって……」
「え、それは焦るね」
「めちゃくちゃ焦りました。でも、ひかりさんが――」
失敗談。
お店で気をつけていること。
“過ごしてもらう”空間を意識していること。
ひなたは、真剣に、そして楽しそうに聞いている。
そこから、いろいろと話が広がっていく。
カメラの外。
希望と翔太が、小声で言葉を交わす。
「二人、めっちゃ相性良さそうなんですけど……どすかね」
「はい、いい流れで話せていると思います」
「星野さん、トークはだいぶ慣れてそうですね」
いつもは台本通り進めることが多いひなたが、今日は自由に話している。
希望は画面を見つめながら、ほんの一瞬、別の顔を思い浮かべた。
――白石ひかり。
あの人も、こうして誰かの話を引き出していた。
トークは弾み、15分ほどの配信を3本録り。
気づけば、あっという間だった。
「おつかれさまでした」
収録終わり、希望が声をかける。
「お二人とも、いい流れでトークできていたと思います」
「星野さん、またぜひお願いします」
「ありがとうございます」
みらいとひなたが目を合わせる。
ひなたは、小さく「やったね」という表情。
そのペアの空気に、希望はわずかに笑みを見せた。
楽屋に戻り、メイクを落としながら。
「今日はありがとう。またメッセするね」
「うん、忙しそうだけど、迷惑じゃない?」
「全然全然」
ひなたは少し照れながら続ける。
「私、あんま業界にお友達いなくて。人見知りなんだ」
「え、意外かも」
「みらいちゃん、話しやすかったからさ」
その言葉に、胸が少し温かくなる。
「また、よろしくね」
「うん、それじゃ。私もメッセするね」
手を振り合い、みらいは楽屋を出た。
事務所の外は、夕暮れ。
天神橋筋商店街は、相変わらず賑やかだ。
焼き鳥の匂い。行きかう人たちの話し声。自転車のベル。
その中を歩いていると、スマホが震えた。
ひなたから。
『今日はありがとう』
『トーク苦手だけど、みらいちゃんのおかげでめっちゃ話せた!』
みらいは、思わず微笑む。
『こちらこそありがとう』
『また次楽しみにしてるね』
送信してから、画面を閉じる。
――次は、どんな話しようかな。
今日のトークを思い返しながら、駅へ向かう。
ひなたと並んで座った時間。
カメラの前で、自然に笑えた瞬間。
胸の奥に、小さな自信が芽生えていた。
年明けの冷たい空気の中で、
みらいの歩幅は、ほんの少し軽くなっていた。




