第16話「勇気」
開店前の店内。
照明は半分だけ点いていて、カウンターの上に資料が広げられている。
リニューアルに向けた打ち合わせ。
ひかりと三浦直人は、カウンター越しに話していた。
配置や導線、細かい寸法など。
二人とも、言葉数は多くないが、要点だけを確かめ合うように進めている。
そこに、みらいがコーヒーを二つ持って近づいてきた。
「どうぞ」
直人の前にカップを置くとき、みらいは少しはにかみながら、顔を上げた。
目線を合わせて、そっと置く。
「ありがとうございます」
直人も、少し遠慮がちに視線を上げて答える。
ぎこちなさは残っているが、前よりはずっと自然だった。
その様子を、ひかりが横から見ている。
変わらないようで、少しずつ変わっている空気が、どこか面白い。
「――あ、そうや」
ふと思い出したように、ひかりが言った。
「このへんのスペースな、どうしよかなって思っててんけど」
「みらい、なんかアイデアある?」
急に話を振られ、みらいは一瞬きょとんとする。
それから、少しだけ視線を落として考えた。
「……そうですね」
間を置いてから、ゆっくり口を開く。
「お昼のコンセプトが“アトリエ”なので」
「小さなギャラリーみたいなのがあってもいいかなって思いました」
ひかりと直人が、同時にみらいを見る。
「私、大学で課題とか作品を作るんですけど」
「そういうのを展示できたら、面白いかなって……」
言い終えてから、少しだけ不安そうに二人の反応を待つ。
「いいですね、それ」
直人が、すぐに言った。
「うん、ええやん」
ひかりも頷く。
「よっしゃ、決まりやな」
軽く手を叩いてから、みらいを見る。
「ほな、そのギャラリー部分、打ち合わせ一緒に入って、ちょっと考えてみる?」
「え……いいんですか?」
みらいの声が、わずかに弾んだ。
「ええに決まってるやん」
ひかりは、やさしく笑った。
そのあと、資料を広げながら、三人で簡単な意見を出し合う。
みらいと直人のやりとりが、思いのほか噛み合っているのを見て、
ひかりは、ふと一歩引くことを思いつく。
「ちょっと在庫チェックしてくるわ。二人、休憩しといて」
そう言って、バックヤードへ向かう。
カウンターには、みらいと直人だけが残った。
一瞬の沈黙。
直人が、喉を鳴らしてから口を開く。
「……さっき、大学の課題って言ってましたけど」
「あ、はい」
「どちらの大学なんですか?」
「芸術系で……浪速芸大です」
「えっ」
直人の声が、少し上ずる。
「僕も、浪芸なんです」
「ええっ、本当ですか?」
みらいの表情が、ぱっと明るくなる。
同じ大学。
それだけで、会話は一気にほどけた。
学科の話、校舎の話、課題の大変さ。
短いやりとりなのに、笑顔が増えていく。
バックヤードのドアの隙間から、その様子をこっそり見ているひかり。
「……おー、ええ感じやわ」
会話が落ち着いた時。
直人は心臓の音を気にしながら、ひとつ深呼吸をした。
「あの……」
言葉を選びながら、続ける。
「よかったら、メッセージ……交換しませんか」
みらいは一瞬驚いたあと、すぐに頷いた。
「はい、いいですよ」
スマートフォンを取り出し、宛先を交換する二人。
それを見て、ひかりは小さく頷く。
「……三浦くん、思ったよりやるやん」
交換が終わり、場が落ち着いたのを確認してから、ひかりはバックヤードを出た。
「ほな、続きやろか」
資料を指しながら言う。
「次はテーブルやけど……」
みらいは、直人に小さく会釈して、カウンターの向こうへ戻った。
胸の奥が、ふわりと軽い。
理由は、まだうまく言葉にできない。
ただ、心は――
少し、はずんでいた。




