第13話「出会い」
振袖の袖を整える。
みらいは、自分でもはっきりわかるほど緊張を感じていた。
芸能事務所「Aurora」の年始向け宣材撮影当日。
今回は、事務所所属のタレントとペアでの撮影と聞いている。
スタジオに入り、スタッフに案内されて撮影場所に移動。
そこにいたのは、事務所所属のグラビアアイドル、朝倉ひなただった。
「はじめまして。朝倉ひなたです」
振袖姿のまま、軽く頭を下げる所作が自然で、声のトーンも落ち着いている。
「星野みらいです。よろしくお願いします」
短い挨拶だったが、その場の空気が、少しだけ和らいだ。
同い年だと聞いていたが、ひなたのほうが少しだけ大人びて見える。
背筋は伸びているのに、硬さがない。視線はまっすぐだが、力みがない。
撮影開始。
店の看板キャストと、事務所所属のグラビアアイドル。
立場の違う二人が、同じフレームに収まる。
照明の位置。
スタッフの声のトーン。
シャッターが切られるまでの、わずかな沈黙。
ここは、「店の延長」ではない。
宣材写真や取材対応の経験はある。
けれど今日は、個人として、芸能の現場に立っている。
隣のひなたは、こうした空気にすでに慣れている様子だった。
立ち方、目線の置きどころ、カメラに向ける表情。どれもが、考えすぎていない。
——現場慣れしている人だ。
みらいは、そう感じていた。
自分はまだ、「これで合っているのかな」と頭の中で何度も確認してしまう。
ペア撮影だからこそ、相手との距離感や、立ち方のバランスも気になる。
前に出すぎていないか。引きすぎていないか。
そんな迷いが、撮影の合間にも浮かんでは消える。
そのとき、ひなたがふっと視線を向け、ごく小さな声で言った。
「大丈夫だよ。今の感じ、すごくいい」
励まそうとした、というより、ただ見えたままを伝えたような声音だった。
その一言で、みらいの肩に無意識に入っていた力が、すっと抜ける。
——先輩だ。
年齢は同じでも、立ってきた場所と、積み重ねてきた時間が違う。
ひなたは前に出るタイプではない。それでも、ペアとして並んだ相手のことを、きちんと見ていた。
シャッターが切られるたび、みらいは、ひなたの立ち姿を少しだけ盗み見る。
表情を作る前の呼吸。
視線を置く一瞬の間。
相手との距離を詰めすぎない立ち方。
——覚えたい。
店とは違う場所でも、誰かと並んだときに、きちんと立てるようになりたい。
ひなたのように、静かでも、芯のある人に。
シャッター音の中で、みらいはそう感じていた。
——撮影終了。
楽屋に戻り、椅子に腰を下ろした瞬間、張りつめていた体の奥が、ようやく緩む。
撮影が終わると、さっきまで行き交っていたスタッフの足音も遠のき、空気が急に静かになった。
「……思ってたより、緊張しました」
みらいはそう口にしてから、自分でも少し驚いたように息を吐いた。
正直すぎたかもしれない、という思いが一瞬よぎる。
けれど、今日は嘘をつく気にはなれなかった。
ひなたが、くすっと小さく笑う。
「うん。でも、ちゃんと写ってたよ」
「最初より、後半のほうが表情よかった」
その言葉に、みらいの胸の奥が、ふっと軽くなる。
「ほんとですか……?」
思わず、確認するように聞き返していた。
「途中から、ひなたさんが隣にいるのが見えて」
「なんか、落ち着いたんです」
言い終えてから、少し踏み込みすぎたかもしれない、と感じる。
でも、それは確かに本心だった。
同い年でも、ひなたは現場の空気に自然に溶け込んでいて、立っているだけで安心感がある。
「え、わたし?」
「別に、何もしてないよ」
そう言いながら、メイクを落とす手が一瞬止まる。
鏡越しに、みらいはひなたを見た。
「立ち方とか、視線とか……」
「“あ、こうすればいいんだ”って」
「横で見てて思いました」
自分が思っていた以上に、ひなたのことをよく観察していたのだと、そのとき、みらいは気づいた。
「そっか」
「じゃあ、次は一緒に、もっと余裕で立てるね」
その言葉は自然で、教えるでもなく、導くでもなく、ただ未来を並べてみせるような響きだった。
「はい」
「また、ご一緒できたら嬉しいです」
みらいは、迷わずそう答えた。
「うん。たぶん、またあると思う」
その一言で、この先の景色が、ほんの少しだけ具体的になる。
楽屋を出る前、みらいは振り返って言った。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
短いやりとりだったが、確かに、何かが一歩進んだ感覚があった。
——また、やってみたいな。
そう思いながら、みらいはバッグを肩にかけた。




